第54話 族長は、バーサーカー化した遊び人を止める

 一方、そのころヤンたちはアッポリ族の集落を見下ろす丘にいた。すでに、辺りには夜のとばりが下りて真っ暗になっているが、すでに村を占領しているジャラール族の兵士たちが設置した松明によって、村の様子は窺い知ることができた。


「あいつら……よくも……」


「族長、落ち着いて!!」


 怒りに満ちた目で睨み、今にも駆け下りていきそうなヤンを、ジェロニモが宥める。その視線の先、村の広場にはヤンが見知った人々が引きずり出されて集められていた。その中には、族長であるサーリフとその家族の姿もあった。ついこないだ生まれたという孫も、容赦なく……。


「何とかならないのか!?」


 ヤンはジェロニモに言うが、彼は首を左右に振る。連中は見える限りでも1千はいる。それに比べて、ヤンの方はというと、200を少し超える程度しか集まっていない。


「ナール族とゲイン族は?」


「今だ、到着してはおりませぬ」


「他部族からの援軍は?」


「どうやら、反乱が発生してそれどころではないようです。それと、オランジバークにも盗賊団が攻め込んだと……」


「クソっ!!ダレルの野郎の仕業か!!」


 ヤンは足元の石を思いっきり蹴飛ばして憤慨した。……とは言いながらも、心の内では冷静に状況を整理する。このまま突撃しても勝ち目がないこと、そして、それはネポムク族の滅亡につながること、ゆえにアッポリ族を見捨てるという選択肢もあることを。


「ん?」


「あれは?」


 突然、ローブを来た男が広場に出現したのが見えて、周囲から言葉が零れた。


「あれは……レオナルド?」


 皆が訝しんでいる中、ヤンは的確にその男の正体を見抜いた。だが……。


 レオナルドは広場に着くなり、サーリフたちを囲んでいた兵士たちの首を一瞬で刎ね飛ばした。その数は10人余。噴水のように血を吹き出しながら倒れて行く兵士の姿が、遠目でも見えた。


「おい……行くぞ」


 どうみても、ただ事じゃない。


 次から次へといとも簡単に殺されていくジャラール族の兵士たちの姿を見て、ヤンは号令を下して、先頭を切って坂を下る。


 村に入ると、そこは地獄の様相を呈していた。すでに、千をはるかに超えるジャラール族の兵士が無残に殺害されており、消し炭になった者や氷の棘に串刺しとなった者も見受けられる。


「ジェロニモ!!おまえは、半数を率いてアッポリ族の人たちを保護して、一度村の外へ。後の者は俺についてこい。レオナルドを止めるぞ」


 そう言って、ヤンはジャラール族の死体を辿ってレオナルドを追いかけた。


「おい!?やめろ!!」


 武器を捨てて、首を地べたに擦り付けて、命乞いをする兵士。その兵士に向かって黒い霧が放たれようとしていた。ヤンが叫んだが、止める気配はない。仕方なく、馬を加速させて接近すると、ヤンは馬から飛び降りて、そのままの勢いでレオナルドに横から飛び掛かった。


 二人はそのままもつれ合うように地面に倒れた。だが、ヤンの方がいち早く体勢を立て直すことができた。起き上がって、なおも魔法を放とうとするレオナルドに、ヤンは馬乗りになってこれを抑えた。


「おい!!おまえら、何をボーっとしておるか!!こいつらをさっさと広場に連れていけ!!」


 ヤンが兵士たちに命じると、彼らは慌てて、その場にいたジャラール族の兵士たちを広場へと誘導する。彼らも、命の危険を感じたのか、抵抗することなく、寧ろ協力的にこの場を去って行った。


「……それで、何があった?命乞いをしている兵士を殺そうとするなんて……らしくないじゃないか?」


 周囲から人が去り、ヤンはレオナルドに問い質した。そのとき、レオナルドの瞳から涙がこぼれ落ちた。

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