第41話 参謀は、詐欺に引っ掛かる
夜のオランジバーク。村唯一の酒場に、一人の男がやってきた。
「いらっしゃい。何になさいますか?」
「エールを一つ」
「かしこまりました」
注文を受け取ったバーテンダーは、忙しく動き、エールを準備する。その間に男は周囲を見渡す。それらしい者は見当たらない。
「へい!おまち」
ゴトリという音に、男の意識はエールに向く。一口それを飲む。散々駆け回って喉が渇いていたせいか、いつもよりおいしく感じる。だが、心のうちは焦りで満ちていた。
(どこにいったのだ!!)
この男は、ジャラール族で参謀を務めるケトンであった。
彼は、主命を帯びて村長の婚約者と言われるレオナルドに接触しようと試みたが、今のところ成果はなかった。無類の女好きと噂されているのに、娼館とパフパフ屋、いずれにもおらず、それならば……とやってきたここでも空振りに終わり、途方に暮れていた。
(もしや……愛人宅か?)
事前の調べでは、ヤツの愛人と噂されているのは二人いる。
一人は、ネポムク族のミーシャ、もう一人はラモン族のシャーリーである。ただ、いずれもこのオランジパークから遠く離れたそれぞれの部族の集落に住んでいるということもあり、結婚を来月に控えた現在、そちらにいるとは考えづらい。
(……はあ、上手くいかない)
そう思いながら、ジョッキの残っていたエールを一気にあおると、隣の席に人影が差した。
「……それで、ジャラールの参謀様が、俺に何の御用で?」
少しほろ酔い気分になりかけていたせいか、ケトンは反応が遅れた。
「親父。俺にもエール、それとこちらの方にはお代わりを」
「かしこまりました」
レオナルドは、カウンター越しにバーテンダーにそう伝えると、そのまま空いている隣の席に腰を掛けた。主導権を握られてまずいと思ったケトンであったが、これは好機であると思い直した。
「実は……」
ケトンは、ジャラール国が【従魔石】の錬成に限定して使用するのであれば、【赤色魔力の水晶】を提供する用意があることを伝えた。無論、ネポムク族との戦争に介入しないという条件を付けて。
「だが、アリアは絶対頷かないよ。だって、本当はヤンのことが好きだからな」
レオナルドは寂しそうに答えて、エールを一気にあおり……
「まあ、無理やり襲って、孕ましちまったから結婚することになったけどな!」
そう言って、豪快に笑った。
「だいたい、俺、前村長の息子だよ?……まあ、うだつの上がらない『ダメ息子』って呼ばれちゃったりしてるけどさ。でも、俺だっていつかは……村長に……。なのに、いっつもアリアは馬鹿にするし……」
(これは……思った以上にすごいことになっている)
ケトンは心の中でほくそ笑んだ。すると、レオナルドがケトンの肩を抱き、息を吐いた。
(く……くさい……)
今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えて、レオナルドの話を聞いた。
「つまりは、【赤色魔力の水晶】が欲しいのは、レオナルドさん?」
「ああ。それがあれば、ポトスとの交易も復活するし、その手柄をぶら下げて、俺が村長になるつもりだ。……もし、俺が村長になったら、お宅らがヤンの糞野郎をぶっ殺すっていうのに喜んで協力するぜ?」
レオナルドの申し出に、ケトンは考える。レオナルドが村長になるかどうかはわからないが、侵攻作戦開始と同時に内紛を起してくれるのであれば、それだけでも十分なのだ。当初の作戦からは変更となるが、特に問題はない。
ケトンは、レオナルドが求める【赤色魔力の水晶】の先払いも含めて要求を受け入れることにして、期日が来れば連絡すると伝えて酒場を後にした。
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