第46話 終末の速さはどれくらい
12月も半ばを過ぎた。
道路の脇には、高く雪の山ができあがっている。除雪車により、雪の山は削り取られ、まるで切られたバターのような滑らかな断面が道路に沿って続いている。
TVのニュースでは、大雪による建物の被害の映像が流れている。お茶を飲みながら、フィーナはぼんやりとそれを眺めていた。
──ふと。フィーナは胸騒ぎを覚えた。
形のない泥のようなもやもやが、胸の中にわだかまっている。大雨が降る前に、湿った匂いだけでそれを察することができるように、良くない何かの兆候を、体全体で感じ取っているようだった。
その時、ニュースが切り替わって、速報が流れ出した。
『速報です。つい先ほど、むつ市の恐山に、巨大な魔物が出現した模様です。自警団により、付近の住民には避難が勧告されました』
映像が切り替わり、恐山の遠景が映し出される。山の頂上付近に、黒いモヤのようなものがかかっている。うっすらと、山の上を飛んでいるものが見える。飛行系の魔物のようにも見える。
恐山。青森県の北、下北半島にある、霊が集まるとされる山。冥界へ繋がるとされる地。現在の青森においては、ダンジョンと一体化し、危険な魔物の棲み処になっているため、立ち入り禁止となっている場所だ。
「恐山に巨大な魔物……なんか、めちゃくちゃヤバげじゃん」
フィーナはすぐにスマホを起動させ、「ブルー」のメンバーにメッセージを起こる。「ニュース見た?」と文章を送ると、すぐに真冬から「見た」と返事が来た。楓と奈津からも同じ内容の返信が届いた。
「冒険者ギルドに向かってる」
真冬から、短くメッセージが届く。フィーナも、すぐにギルドに行こうと身支度を始めた。フィーナの背筋に、氷のような寒気が走っていた。
(あたしの勘が言ってる。あれは良くないモノだ。あれを放っといたら大変なことになる。そんな気がする)
すると、スマホに着信が入った。ピートからだ。身支度を整えながらフィーナは電話に出る。
「もしもしっ」
『ピートだ。ニュースは見たかな』
「見ました。今、冒険者ギルドに向かおうかなって」
『了解した。それならいい。また後で話そう』
それで通話は切れた。何だかよくわからないが、とりあえず今はギルドに向かおうと考え、支度を進めた。
フィーナの脳裏に、ピートから言われた言葉がよみがえる。
“不要になった「建物」を食らうという、大食らいの魔物だ。その名を、フェンリルという”
とてつもなく嫌な予感がした。玄関を出ると、震えるほど寒い。身を切る風に耐えながら、フィーナは冒険者ギルドまで走るのだった。
◆◆◆
冒険者ギルドに駆け込むと、フィーナ以外のパーティメンバーがすでに到着していた。
「お待たせ!」
「来たわね。待ってたわ」
フィーナ達だけではなく、多くの冒険者がそこに勢ぞろいしていた。
受付にはPCが置かれており、ビデオ通話がつながっている。映し出されているのはピートだった。
『来たか。では話をするとしよう』
小さな咳ばらいをして、ピートは話し始めた。
『恐山に出現した魔物について、諸君らに情報を共有したい。結論から言うが……おそらく、あれは「フェンリル」で間違いないと思う』
フィーナの心がざわついた。青森に眠っているという、終末をもたらす魔物。それが目覚めたのだ。
『下北地方にいる冒険者が、恐山の様子を撮影してくれていた。その写真の1枚に、魔物の姿がはっきり移っているものがある』
ピートはPCに画像を表示する。曲がりくねった山道の向こうに、狼を思わせるシルエットがたたずんでいた。首筋に、小さな五芒星のような模様が確認できる。
『この五芒星の模様は、ヨルムンガンドのものと一致する』
冒険者達がざわついた。ヨルムンガンドの討伐が記憶に新しい者も多い。
奈津が挙手し、ピートに尋ねた。
「弱点は? フェンリルに弱点はあるんですか?」
『……残念だが、弱点についてはいくら調べても分からなかった。ヨルムンガンド以上に情報がなさ過ぎたんだ』
苦渋の表情でピートが言った。
『だが、ヨルムンガンド同様、どこかに弱点はあるはずだ。造られた存在というなら、万一に備えて生命をストップさせる機構があるはずだからな』
「そうあってほしいけどね」
その時、ギルドの職員が青ざめた顔で飛び込んできた。
「大変です! 青森の各地で、一斉に魔物が暴れだしています」
「一斉に? どういうことだ」
「文字通り、一斉にです! 青森港と八戸港、鯵ヶ沢港で水棲の魔物が大量に出現してます。岩木山と白神山地にゴブリンの群れが発生していて……そ、それから、津軽平野一帯には巨人の群れが、八甲田山にはバイコーンが、十和田湖にはワイバーンが出現したと」
「なんてことだ、これもフェンリルの影響だというのか」
ギルドマスターは天を仰いだが、即座に表情を切り替え、冒険者達に通達する。
「恐ろしい状況だが、この事態はきっと好転できる。皆には魔物の討伐に向かってもらいたい。任されてくれるな?」
冒険者達は、ふてぶてしく笑って答えた。
「そりゃもう、やらんわけにはいかんでしょ」
「俺たちを誰だと思ってんですか。異世界融合度世界最高の、青森の冒険者ですぜ」
「報酬弾んでくださいよ? これが終わったら、仲間と酒盛りするんだからよ」
力強い言葉を受け、ギルドマスターはゆっくりと頷く。
そして、フィーナ達の方に歩み寄った。
「冒険者パーティ、ブルー。君たちには恐山に赴き、フェンリル討伐を担当してもらいたいんだ」
フィーナ、真冬、奈津、楓の目を順番にまっすぐに見て、はっきりとした口調でそう言った。
「君たちはヨルムンガンド討伐で大きな働きをしてくれた。いろいろな危険な仕事を請け負ってくれた。君たちならば、フェンリル討伐の切り札となってくれそうな気がする」
「青森を守るため、ですよね」
「そうだ。恐山付近の冒険者も、フェンリル討伐のために向かってくれている。そこに合流してほしい」
フィーナは仲間たちの表情をちらりと見たが、みんな答えは決まっているようだった。
──覚悟は、既に十分固まっている。
「行きます。フェンリル退治、張り切ってやらせていただきます!」
ありがとう、と小さく言ってギルドマスターはフィーナ達の肩を叩いた。
まだ通話の繋がっているピートも、フィーナ達に声をかける。
『気を付けたまえよ。言うまでもないが、危険な相手だ』
「はい。気を付けていってきます」
『……なんのヒントも伝えられなくてすまないな』
「いいんですよ。なんとかアドリブきかせて、頑張ってみますから!」
冒険者はアドリブの連続、臨機応変の繰り返しだ。情報のない中、勝ちににじり寄っていくのもまた冒険者の仕事だ。
「武運を祈っている。気をつけてな!」
ギルドマスターや職員に見送られ、フィーナ達は出発した。
北の霊山、恐山へと。
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