第29話 「ねぶた前夜」 ヨルムンガンドスレイヤーズ

 ヨルムンガンドの体内に入る。その危険な役目を負う冒険者は、10名が立候補した。


 その中には当然、真冬達3人も含まれている。また、ベンジャミンも名乗りを上げてくれた。


「好き勝手暴れたヨルムンガンドをブッ倒すチャンスなんだろ? いいねえ、オークの血が騒ぐじゃねぇか。協力するぜ」


 そう言って、ベンジャミンはにやりと笑う。


 他の冒険者達は監視に回りつつ、もしもヨルムンガンドが目を覚ましたら可能な限り注意を引くオトリ役に徹することとなった。


「気をつけろよな、ヨルムンガンドに食われるなよ」

「生きて帰れよな!」


 真冬達に、待機組の冒険者達が声をかけてくれる。


 ヨルムンガンドの口に入る。真冬は正直なところ、途轍もなく恐ろしかった。魔物の腹の中に自ら入るなんて、生まれて初めてのことだ。


 気づくと手が震えていた。無理やり拳を握って、それを押さえつける。


(フィーナ達を、助けるためよ。こんなところでビビってられるかっての)


 夜の街。暗い道路に横たわるヨルムンガンドは、まるで巨大な大木のようにも思える。


「待ってて、フィーナ。ついでに父さんも。……ここで死なせたりなんてしないから」


 街はしんとしていた。真冬は深呼吸する。すると、奈津と楓が背中を叩いてきた。


「どしたんずや? 緊張してらんだか?」

「あんまりガチガチだと、戦いの時に困りますよ。いつも通り行きましょう」

「あ、貴方達……」


 励まされた。いつも通りの口調だった。


 もしここにフィーナがいたら、「そうそう! 緊張は冒険の大敵だよ!」などと勇気づけてくれたかもしれない。


(私なんかより、奈津や楓の方がよっぽど覚悟決まってるわね。それもそうか。流石、忍者と鬼だもの)


 気づいたら、真冬の手の震えが止まっていた。


「……ありがとう。絶対、フィーナのこと助けるわよ」

「はっはー! もちろん!」

「あの人がいないと、なんだか締まらないですからね」


 深夜の青森市街。静寂に包まれた道路にて、作戦は開始されたのだった。


 ヨルムンガンドの口から中に入る。中はどくんどくんとかすかに脈打っており、快適とは言いがやい。


 本で読んだことを頭の中で反芻する。まずはまっすぐ進み、左側の穴から心臓を目指す。


 洞窟のような魔物の体内を進むと、向かって左側に穴が見えた。人間ならひとまず通れそうだ。


「ここね。入るわよ」


 一列になり、冒険者達は穴に入る。その先は細長い通路になっており、向こう側はよく見えない。


 分岐も分かれ道もなく、ただひたすらの一本道だった。


 15分ほど歩いただろうか。やがて開けた場所に出た。


 鼓動は、はっきりとわかるほどに大きくなっていた。広間を思わせる広い空間があって、一番奥にはまだら模様の肉塊がある。機械のコードのように血管が伸びている。一定のリズムで脈動している。


 これだ。これが「心臓」だ。その場の冒険者は一瞬でそれを察した。


「あった! こいつだ!」


 誰かが言った。それと同時に、ぞるりという嫌な気配が真冬達を取り囲む。


「気を付けてください! 触手です!!」


 奈津が叫んだ時、既に真冬達は触手に取り囲まれていた。俊敏な動きで、無数の触手達は冒険者達に襲い掛かる。心臓に近づけさせまい、という強い意思を感じた。


「フローズン・ジェネラルフロストッ!!」


 広範囲氷結魔法。真冬の周囲を円状に凍結させる。真冬に近寄る触手はそれですべて凍り付き、氷の柱となって砕けた。


「邪魔だのぉ! こいつら片付けねェば、心臓さ近づかれねぇじゃぁ!」

「そうみたいですねッ!」


 奈津はスキを見て心臓を銃で狙おうとするが、足を触手に取られて転んでしまう。


「ああもう! うっとうしい!!」


 触手は単体では弱い。だがそれを補うように、あまりにも数が多かった。倒されただけ補充されてくる。


「どうすんだ、こんなに多くちゃどうしようもねぇよぉ」

「泣き言言わない! 諦めずに戦うのよ!」


 弱音を吐く冒険者を、真冬が叱咤する。近くにいたベンジャミンが笑顔になった。


「へっへ、まったくだな! 諦めの悪さこそ、冒険者の武器だもんな!」

「いいこと言いますね、ベンジャミンさん!」


 真冬は少しずつ心臓に近づいていた。


 このまま少しずつ、にじり寄ってやる。邪魔する触手を凍り付かせながら、心臓にたどり着いてやる──その時だった。


 ぐらりと大きい揺れが来た。オォォォン、オォォォォンという声がその場全体に響き渡る。


「ヨルムンガンドが、起きた……!」


 冒険者達の顔色が蒼白になる。まるで地震のように、足元が揺れる。とても立っていられない。


 ヨルムンガンドの声は、「不快」を表していた。気持ちが悪い。気分が悪い。そう訴えかけてくるようだった。体内で冒険者達が暴れていることに、吐き気を催しているようだった。


「くぅっ、まずい!」


 真冬は転倒する。起き上がらなければ、と手をついた瞬間、また揺れが来た。とても立ち上がれない。周りの冒険者も、立っているのがやっとの者、膝を着いてしまう者、様々だ。奈津はどうにか立っているが、楓は完全に尻餅をついている。


「フィーナを! 私の仲間を! 友達を! 助けなきゃいけないのよ! ここで止まってられない!!」


 真冬は叫んだ。腹の底から叫んだ。


 その時、一瞬揺れが収まった。と同時に足音が聞こえた。こちらへ駆けてくる足音だった。


「みんなーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 聞き覚えのある声だった。懐かしい声だった。


 息せき切って走って来たのは、他ならぬ、フィーナ・スプリングであった。


「大丈夫、みんな!? 助けに来たよ!!」

「…………フィーナ!?」

「フィーナッ!!」

「フィーナさん!!」


 一体どうして、と聞きたいが、真冬はうまく口が動かない。「フィーナ──」と名前を呼ぶだけで精いっぱいだ。フィーナは満面の笑みで早口で説明する。


「さっきまでヨルムンガンドのお腹の中にいたんだけど、今、急に出口が開いたの! それで、戦いの音が聞こえてきたから加勢しにやってきた!」

「出口が開いた?! ほんとに?!」

「もしかしたら、ヨルムンガンドは本気で吐き気を催しているのかもしれません。異物を排除しようと、腹の中身を逆流させようとしているのかも!」


 納得のいく推理だった。体内の侵入者が大暴れしているのだ。それを体外に排除しようとするのは当然と言える。


「心配かけてごめん! みんな!!」

「うははは! 元気そうだの、フィーナ!」

「安心しましたよ。もしかしたら死んでるんじゃないかと思いましたから!」

「まったく、ほんとよ! 心配したわよ! どこかケガしてないでしょうね?」

「平気平気! バッチリ元気!」


 余裕たっぷりにピースしてみせるフィーナ。真冬の表情が思わず緩んでしまう。ああ、本当にフィーナだ。生きてくれていたのだ。ちゃんと無事だった。心配していたのがバカバカしくなるくらい、無事でいてくれたのだ──。


「貴方のこと、助けに来たんだからね。感謝しなさいよ!」

「うん、わかってるよ! おかげで助かった!!」

「……まったく! 本当に世話の焼けるエルフね、貴方は!」


 すると、ヨルムンガンドがさらに不快そうな声を上げ、触手が一斉に起き上がる。冒険者達を狙い、襲い掛かってくる。


「話してるヒマはないわよ! フィーナ、やれる?!」

「まっかせといて!!」


 フィーナは両手を広げ、胸を張り、いつものように魔法を詠唱する。


「ブラスト・ファイアワーク!!」


 その一瞬で、周囲に展開していた触手はすべて爆炎を上げ、ちぎれ飛んだ。


「ま、間近で見るとすげえな……!」


 ベンジャミンが目を丸くする。


 だが触手は次から次へと生えてくる。異物を排除しようと、肉壁からすぐさま出現してくる。


「真冬、触手はあたしに全部任せて!」

「了解!」


 フィーナの爆破魔法なら、この空間すべてが射程範囲になる。


 深く息を吸い込んで、真冬は叫んだ。


「狙うはあの心臓よ! みんな、一斉攻撃して!!」

「よっしゃ!」

「任せとけぇぇ!!」


 周囲の冒険者達は一斉に奮い立つ。触手達は、もう心臓を守ることができない。完全にがら空きの状況が完成した。


 冒険者の攻撃魔法が、心臓に命中する。剣が、弓が、鈍器が、心臓に振り下ろされ、突き刺さり、痛撃を加える。


「やっぱりリーダーがいると、いいですね! 僕たちはこうでないと!」

「んだなぁ!」

「よし、楓! 合わせますよ!」

「よぉし! 心おきなくぶん殴るべし!!」


 楓が右拳で心臓を勢いよく殴りつける。ほぼ同じタイミングで奈津が小刀で心臓に切りかかる。見事なコンビネーションだった。


 その時、心臓に亀裂が走るのが見えた。


「やれる!」


 真冬は心にイメージを思い描く。冷気により形作られた、鋭利な氷の塊を。敵を貫き勝利をもたらす、鋭利な氷の塊を。


「フローズン・ランス!!」


 空中に氷の槍が出現した。心臓に向かって、真一文字に飛んでいく。


 ズドン、という重たい音と共に、氷の槍は心臓を貫いた。


 瞬間、全ての触手が停止した。


 オォォォォン──という唸り声がする。弱弱しく、消えゆく蝋燭を思わせる声だった。やがてその声もやみ、しんとした静寂に包まれた。


「や、やったのか?」

「……止まった、ね。触手」

「ホークアイで確認してみます」


 奈津が辺りを見回す。静まったヨルムンガンドの体内はただの洞窟のようだ。


「周囲から、急速に体温が失われていきます。心臓も活動を停止しているようです。ヨルムンガンドの生命活動は──停止したとみていいと思いますよ」



◆◆◆



 フィーナ達は、腹の中にいた生存者を連れて、ヨルムンガンドの体内から脱出した。


 すると、パチパチ、パチパチと拍手が聞こえた。外にいた冒険者達は拍手で出迎えてくれたのだ。


「ようやった、ようやったなぁ!」

「よくぞコイツを倒した! すげーよあんたら!」


 街は、朝焼けに包まれていた。夜が明けたのだ。オレンジ色に照らされるヨルムンガンドはぴくりとも動かない。


 真冬の父は、ふらつく足取りでようやく地面を踏みしめた。


「……生きてる。私は、生きて出られたのか」


 助かった、と思った。だが直後に「いや、そうではない」と思い直す。


「助かったんじゃない。助けられたのだな。冒険者達に」


 腹の中にいる間、ずっとフィーナというエルフは自分に話しかけてくれた。自分たちのこれまでの冒険を話して聞かせてくれた。そして、ヨルムンガンドの腹に出口が出現したとき「ちょっと行ってくる」と疾風のように走り去っていった。


「礼を……言わないとな。それから、謝らないと」


 フィーナに近づこうとするが、足元がふらつく。近くの冒険者が体を支えてくれた。


「あんた、相当消耗してるらしいな。今は休んどきなよ」

「し、しかし、あの人たちに礼を謝罪をせねば」

「またの日にしろよ。フラフラじゃねーかアンタ」

「……そう、だな。後日の方がいいかもしれん」


 朝日を見ながら真冬の父は思う。


 魔物に食われたり、エルフと話したり、今日は激動の一日だった。


 でも悪い一日ではなかった。あんな素敵なエルフがいるということを知れたのだから──と。




 その頃、脱出できた真冬は、恐る恐るヨルムンガンドの皮膚に触ってみていた。ひんやりと冷たかった。深淵蛇が、完膚なきまでに死んでいるのを確認した。


「……はああぁぁ」


 やったのだ──そう実感できた瞬間、真冬の体から力が抜けていった。芯が抜けたようになって、膝から崩れ落ちた。


「真冬! 大丈夫?!」


 その体を支えてくれたのはフィーナだった。


「……フィーナ」

「どっかケガした?! 痛いところある?!」

「ないわよ、ばか」

「な、なにさ! 人がせっかく心配してるのにっ……」


 真冬は無言でフィーナに抱き着いていた。


「あ、ちょ、フィーナ?」

「…………良かった。無事で良かった。生きててくれて良かった。元気そうで本当に良かった、フィーナ」

「ごめんよ。心配かけちゃったね」


 フィーナはポンポンと真冬の背中を優しく叩く。それが嬉しくて、胸の奥がジンとなった。目に涙が浮かんできた。


「あれ? 真冬、泣いてる?」

「うるさいわね、ばか」

「あはは、泣くことないじゃん! ホラ! あたしは平気なんだから!」

「ああもう、これだから貴方は! いいこと、これから二度と、魔物に食べられるんじゃないわよ。いいわね?!」

「分かってる。気を付けるから」

「約束よ」

「努力する」

「努力じゃダメ。約束なさい」


 そこへふらりとベンジャミンが現れる。


「その辺にしといてやれ、真冬の嬢ちゃん。相棒が困ってるだろ」

「ベンジャミンさん……」

「おかげさんで助かったぜ、フィーナの嬢ちゃん。今度コーヒーおごってやるよ。それじゃ、またな」


 ニヤリと笑い、ベンジャミンは軽快に歩き去っていった。それと入れ替わりで、楓と奈津が駆け寄ってくる。


「フィーナ~~~!! 無事なんずな!? 手も足も、ちゃんとついてらか?」

「あ、楓。大丈夫大丈夫! 五体満足さ!」

「よくぞご無事で、フィーナさん。僕も本当に心配しましたよ!」

「奈津もありがとね。助けに来てくれて」


 「ブルー」の4人が、こうしてまた勢ぞろいした。数時間ぶりの再会だが、真冬はとても長い時間を耐えて来たような気がする。


 フィーナに言いたいことがいっぱいあった気がするが、いつも通りの笑顔を見ると全部吹き飛んでしまった。真冬はフィーナの背中をドンと叩き、目を細めた。


「おかえり、フィーナ」


 それを見て、楓と奈津は真似をするようにフィーナの背中を叩く。


「おかえりだな、フィーナ!」

「おかえりなさい、フィーナさん」


 朝日を背にし、照れくさそうに笑いながら、フィーナは答えたのだった。


「ありがと! ただいま、みんな!」

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