第28話 「ねぶた前夜」 蛇の殺し方
「……というわけで、私たちはこの仕事を引き受けることになったわけなんですよ」
たっぷりと時間をかけ、フィーナはこれまでの自分たちの体験を真冬の父に語った。
口を挟まず、横やりも入れず、真冬の父は黙って話を聞いていた。
「そう、だったのか。そうか。青森を守るために、君たちは頑張ってきたのだね」
「そういわれると大げさですけど、まあそうなりますね!」
ふー……と、長い息を吐いて、真冬の父は不意に頭を下げた。
「フィーナさん。申し訳なかった。初めて会った時、君たちに心無い言葉をかけた。あれは取り消す。すまなかった」
「いいんですって。真冬のお父さんも、まァ悪い人じゃないって分かりましたし。顔上げてくださいよ」
ははは、とフィーナは笑みを見せる。
「真冬は……いい仲間を持ったな」
「そういわれると照れますね。むしろこっちの方が助けられてますよ」
「そうなのかい?」
「ええ。私と真冬が初めて会った時もこんな状況でした。出口も分からない、八方ふさがりで。でも真冬はあたしのことを励ましてくれたんです」
フィーナは思い出す。三内丸山のダンジョンのことを。真冬がいなければ、きっと自分は死んでいた。命の恩人のようなものだ。
「私は、真冬を相棒みたいなものだと思ってます。真冬は嫌がりますけどね」
◆◆◆
同時刻、真冬達は大量の資料に目を通していた。
ヨルムンガンドの中に生存者がいるという情報は、冒険者を奮い立たせた。助けられる命があるかもしれない。だが敵の弱点を知らなければ攻略しようがない。そのため、ヨルムンガンドについて書かれた文献がないかチェック作業を行っているのだ。
冒険者ギルドは青森中の冒険者や図書館に通達を出し、魔物に関する資料の調査を依頼した。
アスパム前には野営所のようなテントが作られ、山と積まれた資料を皆が読み漁っていた。
「そっちはどう、奈津?」
「未だ収穫ナシです。何しろヨルムンガンドは相当のレアモノですからね」
本を読むと頭が痛くなると言う楓は、チェック済みの資料の山を片付ける仕事を申し出た。ぱたぱたとあちこちを移動して回っている。
ふと気づくと、香ばしいコーヒーの香りが漂って来た。真冬が顔を上げると、そこにはコップを持ったベンジャミンの姿があった。
「よう、お疲れさん。差し入れだぜ」
「ベンジャミンさん……! ありがとうございます!」
「ほれ、甘いモンも持ってきた。これ食って、もうちょい頑張ろうや」
傍らにあるビニール袋には、大量のお菓子があった。チョコバーにクッキー、せんべい、饅頭。知的作業にはありがたい差し入れだ。
「すみません、いただきます」
「助かります」
「あっ! お菓子持ってきてらんだか! わーい、
真冬はチョコバーをほおばる。甘味が口に広がる。コーヒーを一口飲んで、ふうと一息つくことができた。
「どうだい、調子の方は。……いや、見りゃ分かるな。難航中って感じか」
「はい。でも私は諦めませんから。絶対に攻略法があるはずです」
「フィーナの嬢ちゃん、生きてるといいな」
「生きてますよ。アレが簡単に死ぬわけないですもの」
「ははっ、信じてるんだな。いいパーティだな、あんたらは」
真冬はフィーナとのこれまでの思い出を思い返していた。
三内丸山のダンジョンで、共に死線をくぐり抜けたこと。
車の中で、一緒にイギリストーストを食べたこと。
八食センターで寿司を食べて、フィーナがとびきりの笑顔になったこと。
十和田湖で、フィーナがククリに立ち向かってくれたこと。
かけがえのない思い出ばかりだ。いつの間にか、フィーナは自分にとってなくてはならない存在になっていた。
きっとここにフィーナがいてくれたら、いつも通りの明るさでみんなを引っ張っていってくれただろう。
「絶対に助けてみせますよ。フィーナは……いい人なんです。フィーナみたいな人がこんなところで死ぬなんて、そんなのは絶対に間違ってますから」
力強く真冬は言った。
それから、果てしなく地道な作業が続いた。
山と積み上げられた本。細かい文字に目を通していく。とっぷりと夜は暮れ、アスパムはエメラルドグリーンに光っている。夜になるとこの三角形の建物はライトアップされるのだが、それを楽しんでいる余裕はなかった。
ベンジャミンも真冬達の傍らでチェック作業にいそしんだ。甲斐甲斐しくコーヒーのお替りを入れてくれるのが本当にありがたかった。
何杯コーヒーをお替りしたかも分からない。果てしない作業の果てに、ようやく「それ」を見つけ出した。
「……あ?!」
発見したのは真冬だった。ボロボロになった古びた本。珍しい魔物がイラスト付きで紹介されている。
そこには、ヨルムンガンドを倒したというエピソードが記載されていたのだ。
「こ、こっこここコレ!! 見つけました!! ヨルムンガンドを倒したっていう記述があります!!」
おいおいマジかよおいおい、と周囲の冒険者が一斉にざわめき、駆け寄ってくる。
本の題名は『魔物見聞録』。作者はピート・カッカースア。
作者自身も冒険者であったようで、様々な魔物の倒し方が実体験として記されている。
“ヨルムンガンドの表皮は硬く、外からの攻撃で倒すのは困難である。ヨルムンガンドを倒すには、体内から心臓を一撃するのが確実だ。あえて口から体内に入るのだ”
“その時注意すべきは、そのまま進んではいけないことだ。まず口から入り、しばらく歩くと「左側に小さな穴」が見える。そこが心臓への近道である”
“心臓はとても脆弱で、攻撃すればたやすく破壊できるだろう。倒す近道が用意された、都合がいい構造と言えよう。なぜこのような構造になっているかというと、恐らくは……”
残りは、ページが破れており、判読できない。だが倒し方は分かった。
「体内の──心臓! 口の中から入って、心臓を破壊すればいいんだわ!!」
おおおおおお、と冒険者達のどよめきが最高潮に達した。
「口から入るって! 危なすぎるだろ!」
「でもよ、やってみる価値はあるぜ」
「そうだよ、どのみちあんなバケモンを街中にほっといたらヤバいよ」
皆、口々に意見を口にしている。
真冬は立ち上がり、横たわるヨルムンガンドを見つめた。
「やってやるわ。やってやろうじゃないの。あいつは絶対にやっつける。そしてフィーナも……生きていたら父さんも、助け出してみせる!」
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