第10話 依頼する忍者

 楓が住むアパートはすぐに見つかった。冒険者ギルドの近くに安い下宿があり、運よく空き部屋を見つけることができたのだ。家賃は安いが建物は古く、なかなかにボロい。が、楓はそれが気に入ったようだ。


「住めば都だな。屋根と壁があるだけありがたい」


 そんなことを言って笑う。楓はちょくちょく暇つぶしに人里に降りてきていたため、社会生活も特に問題なくこなせそうだった。


 また、フィーナにも一つ嬉しい変化があった。家賃を支払うことができたのだ。


 家賃を支払えないこれまでの状況は借金を抱えているようなものであり、心に突き刺さったトゲになっていた。それが解消できたのは非常に喜ばしく、思わずスキップしたくなるくらいうれしい事だ。


 もとはと言えば、壁に穴をあけてしまった自分自身のせいなのだが。


「よぉーし、これからもジャンジャンとクエスト頑張って、家賃だけじゃなく、おいしいご飯を食べたりお出かけしたりできるくらい稼ぐぞー!!」


 稼ぐ。少し前までは難しかったそれは、今ならできる気がした。



◆◆◆



 桜というものはすぐ散るもので、青森の桜は5月に入ると早速葉桜になり、気温もさらに暖かくなってきた。


 「ブルー」の3人は冒険者ギルドの端末で仕事を探す。パーティが増えたため、ある程度手ごわそうなクエストも請け負えそうだった。


「これなんてどう? 野辺地町のヘルハウンド退治だって」

「うーん……少し報酬が弱い気がするわね。他のを探してみて」

ぁは面白そうだば何でもいいよー」


 良さそうなクエストを表示し、画面の前で議論しながら決めていく。それが『ブルー』のやり方になっていた。


今日はなかなか決まらず、話し合いが難航していた。どうしたものかとフィーナが画面を操作していると、ふと背後から声をかけられた。


「あの、少しいいでしょうか」

「うわっ、誰?!」


 振り向くと、そこには若い女性が立っていた。


 無表情──女性の第一印象は、その言葉が一番しっくりくるだろう。


 黒いポロシャツにスリムパンツ。朱色のスカーフが印象的だ。こげ茶色の髪は短めに切りそろえられている。女性というより少女と呼んだ方が近いかもしれない。


「申し訳ありません、驚かせてしまいました」


 少女は頭を下げる。とりあえず敵ではなさそうと判断して、フィーナは表情を緩める。


「いえー、いいんですよ。ええと、何か用です?」

「はい。僕は、中川奈津なかがわなつと言います。皆さんは、冒険者パーティ「ブルー」ですよね?」

「ええ、そうです」

「やはりそうでしたか」


 自らを「僕」と呼ぶ少女は、かすかに微笑する。


「噂で聞いています。三内丸山の地下から生還を果たしたパーティだと」

「マジか、噂になってんの?」

「あくまで小耳に挟んだだけですよ。ただ、僕は皆さんにはそれなりに実力があると見込んでいます。ここに来たのは他でもない、3人にお願いしたいことがあるのです」


 奈津と名乗る少女は神妙な表情だ。


「お願いって?」

「お願いというか、これは依頼です。「ブルー」の皆さんには、僕と一緒に、ある男を捕らえてもらいたいんです」



 ◆◆◆



冒険者ギルドがある建物であるアスパムを出ると、近くに公園がある。4人はそこへ場所を移した。


「本題の前に、まず僕自身の話からしましょう。僕は中川奈津……っていうのは既に話しましたね。僕も冒険者をやっています」

「同業者さんなんだね」

「ええ。僕の先祖……中川という一族は、それなりに津軽の地に関わりが深いのです」

「というと?」

「中川というのは、津軽家に仕えた忍者組織の頭領の名前なんですよ。僕はその末裔にあたります」

「ニンジャって……えぇーー?!」


 フィーナはあんぐりと口を開けて驚愕した。


「ニンジャというと、分身したり、変身したりする、あのニンジャ?! ホントに?! やっぱり実在したんだねっ!!」

「ああ、そういうのは映画とかアニメによって生み出された虚構の『ニンジャ』ですねぇ。とはいえ、忍者は実在の組織です。津軽の地においても諜報活動を行っていたんですよ」


 奈津は表情を変えず、話を続ける。


「津軽家に仕えた忍者……『早道之者はやみちのもの』というんですけど、江戸時代から明治時代まで活動を行っていたんです。表向きはもう活動はしていないんですが、実際には21世紀以降も活動をしていたんですよ」

「活動って、どんなよ?」

「諜報活動が主です。僕の父は、僕に忍者の稽古を付けながら、東北を中心に、全国を出稼ぎのように飛び回っていました。かつては集団だった早道之者は、父と僕のただ二人のみとなっていたんです。ただ……10年前の「世界の融合」で、諜報どころじゃなくなくなりました。魔物と戦う必要に迫られたわけです。細々と活動をしていた早道之者は、冒険者に鞍替えをしました」


 想像を遥かに超えた話で、フィーナは面食らう。が、ひとまずお終いまで聞いてしまおうと思い、口をつぐんだ。


「青森が異世界と一体化してからは、僕は父と一緒に、冒険者として魔物の討伐をしていました。まあ大変だったんですが、何だかんだ充実してたと思います。体を動かして、何かと戦うっていうのが、僕の性に合っていたのかもしれません。ただ……」


 奈津は目を伏せた。


「半年前のある日、僕の仕事が長引いたとある晩でした。僕と、僕の家族が住んでいる家が、集落ごと土砂崩れに巻き込まれたんです。僕の父が……生き埋めになって死にました。他にも巻き込まれた人が何人か犠牲になったんです」

「……そうだったんだ」

「ただ、僕の家があった場所は、土砂崩れが起きるような土地ではありませんでした。雨が降っていたわけでもないし、とても不自然でした。そこで僕は徹底的に調べたんです。その結果、土砂崩れは人為的に引き起こされたことが分かりました。この男の仕業です」


 奈津は1枚の写真を取り出す。そこには痩せた男が写っていた。落ち窪んだ瞳に、きつく結ばれた唇。その姿は病的なまでの神経質さを感じさせた。


 唇をきゅっと結び、奈津は絞り出すような声を出した。


「これが土砂崩れを人為的に引き起こした男、サドカン・ヒタリカです。青森の各地で同じようなコトを繰り返している疑いがあります。この男はあちこちの土地を根こそぎ破壊している」

「……その男がやったってのは、確かなのね?」

「はい。サドカンと関わりのあった土木業者を突き止め、時間をかけて吐かせました。サドカンは入念に、「良さそうな土地」の情報を集めるんです。時間をかけて地質を調べ上げ、自分好みの「土」を見つけている」

「ンなことして何になるんだべな?」

「サドカンは、ストーンゴーレム作りの天才と言われている男です。土や石を組み合わせてゴーレムを作るスキルを持っています。奴はより強く、美しいゴーレムを作るためだけに土砂崩れを起こして土を露出させているんです」


 ゴーレム。土と石で作られる使い魔で、簡単な労働力として採用される。青森だと、バイパスの工事でゴーレムが作業しているのを見かけるし、冬になると除雪ゴーレムが出動する地域もあるという。


しかし、それを作るためだけに災害を起こすというのは、あまりにも常軌を逸している。


「とんでもない奴だね。そのサドカンってのは」

「いま端末で確認してみたけど、冒険者ギルドにもお尋ね者として登録されているわね」

「そっか。やっぱり色んな人が犠牲になっているんだ」

「……僕は、そのサドカンが滞在しているらしき場所を掴みました。ただ、そいつを一人きりで捕まえるのは難しいかもしれない。確実な捕縛のために、力を貸してほしいんです。もちろん報酬は支払います」


 どこかの誰かにより、理不尽を被る。それがどんな気持ちになるかは、フィーナも理解できるつもりだった。


「許せない奴がいるんだね。……分かるよ。あたしも、少し前に人間の身勝手な欲望で死にかけたことがあるから」


 今もどこかで、ククリ・サナトは平気な顔をして日々を過ごしているのだろう。


 自分の運命を狂わせた者が、のうのうと生きている。それが許せない。戦いの理由としてはそれだけで十分なのかもしれない。


「そうね……。奈津、報酬と仕事の場所を聞いてもいいかしら?」

「勿論です。報酬はこれくらいでどうでしょう」


 奈津が小さな電卓を取り出し、報酬の見積もりを計算して見せてくる。中級ダンジョンの探索、2回分ほどの金額だった。報酬としては申し分ない。


「へえ、気前がいいね!」

「それくらい本気だということです。それで、場所ですが……サドカンが潜伏していると思われる場所に僕と向かってもらいたいんです」


 スマホのマップで、奈津はその場所を表示する。


 青森県の北部。まさかりに例えられる事が多い領域、下北半島。その西端にある村が表示されていた。


「ここって?」

「佐井村という所の、『仏ヶ浦』という海岸です。海から行けば1時間くらいで着けるはずです。移動手段はアテがあるので任せてください」


 仏ヶ浦。聞いたことのない地名だったが、悪人が潜伏する場所としてはありえそうだ。


「フィーナ・スプリングさんや烏丸真冬さんは、ダンジョンから命がけで生還しました。その生存力を見込んでお願いしたいんです。どうでしょうか?」


 意図的に土砂崩れを起こす男。

 そんな人間が逃げおおせ、潜伏しているのなら、ぜひ見つけるべきだ──とフィーナは思う。


 自分なら、目の前の依頼者に協力できる。そう感じた。


「あたしは引き受けてもいいと思う。真冬と楓はどう思う?」

ぁもOK!」

「私も構わないわ。やりましょう」


 奈津の瞳が輝いた。フィーナ達に、深々と頭を下げる。


「ありがとうございます! 非常に心強いです」

「いいってそんな、頭上げなよ」


 こうして、次の仕事先が決まった。


 青森の北地、みちのくの奥。奇岩の集まる果ての浜。岩石海岸、仏ヶ浦。そこが次の目的地だ。

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