第5話TUBE記念日


「そういえば初詣って行ってないよね。」


午後からリクと会う約束をしていた休日の朝、

電話でこれからの予定を打ち合わせする中で、

京都の伏見稲荷に行く案が出た。


でも実際は、

折角リクとゆっくり会える休日なのに、

神社なんかで半日費やすのって勿体ないな…

と、罰当たりな事を私は考えていた。


「マホが行きたいのなら行きますよ」


リクも明らかに行きたい訳ではなさそうだ。


お互い盛り上がってしまった気持ちを

何処か持て余している空気感が、

電話越しでも漂っている。


「でも正直何を祈ったらいいのかな。

2人で神様の所に行くのもなんか違うような

気がするよね」


「ハイ。まぁ今の時期は混んでいますしね」


噛み合っているのかいないのか、

お互いの本音を探り合う長い時間を経て、

都合のいい言い訳を探し出す。


「ねぇ2人で『初詣』をするのはどうかな?」


「いいですね。何かの秘密の儀式みたいで」


我ながら大胆な提案をしたものだ。

浮き足立って電話を切り、

私は共犯めいた儀式の為に念入りに化粧する。



ーそれから2時間後、

初めて2人でラブホテルへ足を踏み入れた。


ここには、私達二人の世界を

美しくぼかしてくれるワインや日本酒なんて

小道具は一切無い。

消臭剤の匂いのする無機質な狭い部屋だけだ。


いつも饒舌な彼も少し無口だ。

お互い緊張しているのかもしれない。

別々にシャワーを浴びて白いタオルを巻き、

ベッドの上に隣り合って座った。


どちらからともなく抱き寄せ重なり合う。

一旦始まってしまえば、

自然と流れる川の様に円滑に進んでいく。


頭の中で流れた音楽は、

何故か高校生の頃に聴いたTUBEの「花火」。

懐かしい祭りの中の酔狂。

大人になった我々は、

滑稽なほど、

それを大真面目に踊っているのだ。


束の間の情事の後、

彼の腕の中で少し泣いた。


愛しいと思った。



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