「王太子を呼べ!」と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです・短編

まほりろ

第1話

「王太子を呼べ!」


国王の怒号が謁見の間に響く。


国王は額に青筋をいくつも浮かべ、届いたばかりの書状を握り締めた。


書状がぐしゃりと音を立てて潰れる。


「一刻以内にレイモンドをここに連れて参れ!

 多少手荒なことをしても構わん!」


国王は目を血走らせ、近衛兵に命じた。


「承知いたしました!!」


命を受けた国王の近衛兵が、敬礼をしたあと慌ただしく謁見の間を出ていった。




☆☆☆☆☆




半刻後、王太子レイモンドは謁見の間に連れて来られた。


昨日、王都の高給宿屋に男爵令嬢のラナ・ロードと宿泊したレイモンドは、ラナと共に一糸まとわぬ姿でベッドに横になっていた。


そこに王の命をうけた近衛兵がドアを蹴破り乱入。


寝ている王太子に水をかけ強引に起こし、暴れる王太子を縄で縛り、さるぐつわをし無理やり馬車に放り込み、城まで連行した。


近衛兵は、国王より【王太子に対し、多少手荒なことをしても構わない】と命を受けている。


近衛兵にとってこの程度のことは、多少の範疇なのだ。


流石に一国の王太子を全裸で連行するわけにはいかないので、近衛兵は王太子を連行する前に王太子にシャツとズボンを着せた。


謁見の間に連れてこられた王太子の髪はまだ濡れていて、シャツはヨレヨレ、靴も履いていなかった。


女性の九割が振り返る、普段の凛々しい王太子の姿はそこにない。


「うーー! うーー!」


レイモンドがさるぐつわをされたまま、うめいている。


「レイモンドのさるぐつわを外せ」


国王の命令を受けた近衛隊長が、床に転がっている王太子のさるぐつわを外す。


「ぷはっ……!

 父上、これはなんの真似ですか!?」


王太子は縄で縛られた体を芋虫のようにうねらせ、顔を上げ国王を睨む。


「レイモンド、貴様に発言を許可した覚えはない!」


普段温厚な国王に叱責され、王太子はビクリと体を震わせた。


「レイモンド、貴様は昨日の卒業パーティで何をした?

 発言を許可するゆえ申してみよ」


「あ……その、フィリア・カフスマンとの婚約を、破棄しました」


「それから?」


「男爵令嬢のラ……ラナ・ロードを未来の王太子妃にすることを……誓い、彼女との婚約を宣言しました」


「それで?」


「フィリア・カフスマンは……未来の王太子妃をいじめていたので、罰として……公爵令嬢の身分を剥奪し、地下牢にいれるように命じました」


「レイモンド、貴様はいつからこの国の国王になった?」


「はっ? 何をおっしゃっているのですか父上?

 俺はまだ王太子です。

 父上の存命中は国王になれません。

 もっとも、父上が亡くなったらすぐに俺が即位して国王になりますけど!」


「貴様はまるで余の死を望んでいるようだな」


嬉々としてかたるレイモンドを見て、国王が眉根を寄せる。


「ま、まさか……そんなはずはありません!

 俺は父上に長生きしてほしいと思っています」


レイモンドは額に汗を浮かべ、言い訳をする。


「まあいい、その件はひとまず置いとくとしよう。

 レイモンド、貴様とフィリア・カフスマン公爵令嬢との婚約は余の命令であったことを覚えているな?」


「は……はい」


レイモンドが青い顔でうつむく。


「貴様は卒業パーティでフィリアとの婚約を勝手に破棄し、公衆の面前で男爵令嬢のラナ・ロードとの婚約を誓った。

 その上裁判にもかけず公爵令嬢を断罪し、フィリアの身分を剥奪し、牢屋に入れることを命じた。

 貴族の牢屋にではなく平民の入る一般の牢屋にな。

 わしの言っていることの意味が分かるか?」


レイモンドの背中から冷たい汗が流れる。


「父上!

 それには理由があります!

 フィリアは俺とラナの仲に嫉妬し、学園でラナをいじめていたんです!

 だからフィリアの身分を剥奪し、牢屋に入れたんです!

 貴族じゃなくなった者を貴族用の牢屋に入れるわけには行かないでしょう?

 だから一般牢屋に……ひっ!」


国王が殺意の籠もった目で王太子を見据えていることに気づき、王太子は息を呑んだ。


国王は瞳を閉じ、首を横に振った。


そして長いため息をついた。


「レイモンド、貴様の言わんとしていることはよく分かった」


レイモンドは、国王の言葉を都合よく解釈し、


「父上、俺の行動の正しさを理解してくれたんですね!」


国王に許されたと勘違いした王太子が瞳を輝かせる。


「レイモンド、貴様は何を勘違いしている?

 余は貴様が救いようのない愚か者であることが分かったと言っているのだ」


国王がゴミを見る目でレイモンドを見る。


「えっ……?」


レイモンドは国王の言わんとしていることの意味を理解できず、素っ頓狂な声を上げた。


「やれやれ、ここまで頭が悪くては、教育し直す価値もないな」


国王は全てを諦めた顔で、頭を振った。


「レイモンドを塔に幽閉してもよいが、こやつのためにかける食費ももったいない。

 国民から集めた貴重な税金だ。

 こやつに食わせるぐらいなら、教会の孤児に恵んだ方がましだ」


「父上、いったい何の話をしているのですか?」

 

レイモンドは国王の話していることの意味は理解できなかったが、良くないことを言っていることだけは本能で理解した。


「レイモンド、貴様を廃太子にする。

 王位継承権を剥奪後、王族から除籍し、むちで背中を十回打ちすえたあと、八つ裂きの刑に処す。

 死体は荒野に晒し魔物の餌とする!」


国王の言葉を聞いたレイモンドはひゅっと息を呑んだ。


「父上!

 あんまりです!

 俺は何もしていません!」

 

そう叫んだレイモンドの顔は青を通り越して紫で、体はブルブルと小刻みに震えていた。


「カフスマン公爵家の慰謝料はレイモンドの個人資産で賄う。

 足りない分はレイモンドの母親の実家であるザロモン子爵家に支払わせる。

 レイモンドの母親であるエルマは、レイモンドを産んだ罪を問い、側室の地位を剥奪し、修道院送りとする。

 元側室の実家であるザロモン子爵家は二階級降格とする!」


「父上! お考え直しください!」


「余はもう貴様の父親ではない!

 そしてこれら決定事項だ!!」


国王が目尻を釣り上げ、レイモンドをキッと睨んだ。


レイモンドは、がっくりとうなだれた。


「レイモンドを牢屋に連れていけ!」


「承知いたしました!」


国王の命令を受けた近衛兵が、レイモンドの髪を掴み無理やり立たせる。


「嫌だっっ!

 牢屋に何か入りたくない!

 父上!

 お助けください!

 父上ーー!」


近衛兵に連行されながら、レイモンドが叫ぶ。


国王が手を上げ、待ての合図をする。


レイモンドは国王が命令を取り下げてくれることを期待し、瞳をきらきらさせて国王を見た。


「レイモンド、身分の低い側室の子だと言うことを忘れ、思い上がったのが貴様の最大の過ちだ。

 側室の子である貴様が王太子になれたのは、カフスマン公爵家の長女フィリアと婚約し、カフスマン公爵家の後ろ盾を得たからだ。

それなのに貴様は大恩あるカフスマン公爵家を裏切り、フィリアとの婚約を破棄した。

 己の無力さも理解出来ん貴様のような無能はいらん。

 レイモンド、貴様を立太子させたことは余の人生で一番の間違いだ」


国王はレイモンドに絶対零度の視線を向け、冷たく言い放った。


レイモンドは、ショックで言葉を発することが出来なかった。


「余の話は終わりだ。

 レイモンドを牢屋に連れていけ、多少手荒に扱ってもかまわん」


「承知いたしました!」


「待って下さい!

 フィリアを怒らせたことが間違いなら、フィリアに謝ります!

 ついでにカフスマン公爵にも謝ります!

 だから……」


我に返ったレイモンドが暴れる。


「うるさいぞ!」


近衛兵がレイモンドを叱責し、レイモンドの尻を蹴り飛ばす。


レイモンドは信じられないという顔で近衛兵を見る。


「ぶっ、無礼者!

 俺はこの国の王太子だぞ!」


王太子だろ?

 陛下の許可は頂いている、多少手荒に扱っても構わない、とな」


近衛兵はわめき散らすレイモンドの顔を殴る。


殴られたレイモンドは床に倒れ気を失った。


近衛兵はレイモンドを肩に担ぐと、謁見の間をあとにした。


「やっと静かになったか」


国王は深く息を吐いた。


「牢屋を守護する兵士から、フィリアが牢獄にいると連絡を受けたときは肝を冷やした。

 その後、影から卒業パーティでの一件を知らされ、心臓が止まるかと思ったよ」


国王は今までの情報を整理するかのように、独り言を漏らす。


「幸いフィリアには怪我はなかったが、卒業パーティで冤罪をかけられ、大勢の前で罵倒され、婚約破棄され、牢屋に入れられたフィリアの心の傷は深いだろう。

 一人娘の名誉を傷つけられたカフスマン公爵の怒りをどうなだめたら良いものか……。

最悪、カフスマン公爵家が王国から独立することも考えられる。

さてどうやってカフスマン公爵をなだめたものか……?」


国王は頭を抱えた。




☆☆☆☆☆



――後日――


王宮で国王とカフスマン公爵の話し合いの場が設けられた。


国王はカフスマン公爵から多額の慰謝料を請求されると思っていた。


国王は「カフスマン公爵の怒りがそれで収まるなら、いくらでも払う」と言うつもりだった。


しかしカフスマン公爵が要求してきたのは、ラナ・ロード、ガーラン・イルク、グス・エンダーの三親等以内の親族の身柄であった。


ラナ・ロードは、王太子出会った頃のレイモンドにいろじかけで迫った男爵令嬢だ。


卒業式パーティでフィリアに婚約破棄するように、レイモンドをそそのかしたのも彼女だ。


ガーラン・イルクとグス・エンダーは、王太子だった頃のレイモンドの側近だ。


ガーラン・イルクは侯爵家の長男で宰相の息子。


グス・エンダーは子爵家の長男で騎士団長の息子。


ガーランとグスの二人は、卒業パーティでレイモンドがフィリアを断罪したとき、レイモンドに加担していた。


国王はカフスマン公爵家との縁を保つため、ひいてはアーレント王国を守るため、ロード男爵家、イルク侯爵家、エンダー子爵家を犠牲にすることを即決した。


国王は息子を誑かしたアバズレと、息子の過ちを咎めなかった二人の側近と、そいつらを教育した親に、とても腹を立てていた。


ラナ・ロードさえレイモンドに近づかなければ、レイモンドが道を踏みわずすことなく、カフスマン公爵家を怒らせることもなかったと、国王は考えていた。


国王はレイモンドにラナ・ロードのような身分が低い女が近づくことを止めなかった、元側近のガーラン・イルクとグス・エンダーにも憤りを覚えていた。


国王はカフスマン公爵に言われなくても、ラナ・ロード、ガーラン・イルク、グス・エンダーとその親にも厳しい罰を下すつもりだった。


その権利をカフスマン公爵に譲ったところで、国王は痛くも痒くもない。


「それでカフスマン公爵の怒りが鎮まるのなら安いものだ」


と言って、国王はロード男爵家、イルク侯爵家、エンダー子爵家の生殺与奪の権利をカフスマン公爵に譲った。









国王は全て終わったと思っていた。


国王は知らなかったのだ。


一人娘を傷つけられたカフスマン公爵の怒りが海よりも深く、カフスマン公爵の腸が活火山のマグマより煮えたぎっていることを……。




☆☆☆☆☆




カフスマン公爵の怒りは、レイモンドを教育した王家と王家の教育係、卒業パーティに出席しフィリアが断罪されるのを傍観していた貴族にも向けられた。


卒業パーティから三年後、カフスマン公爵はロード男爵家、イルク侯爵家、エンダー子爵家の人間を生贄に、魔王を召喚した。


カフスマン公爵に召喚された魔王は、真っ先に王族を滅ぼした。


その後魔王は、カフスマン公爵家を除く国内の全ての貴族を滅ぼした。


三百年続いたアーレント王国の名は、地図から消えることになる。


カフスマン公爵に召喚された魔王が黒髪ロン毛の切れ長な目のイケメンで、魔王を呼び出したときまだ独り身だったフィリアに一目惚れし、求婚することになるのだが……それは国王の知らないところで起こる話。





――終わり――




最後まで読んで下さりありがとうございました!




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