第27話 あなたとの時間は楽しい
大学生になって初めての春休み。
高校生の時と比べて夏休みほどの休みがあるとは思わなかった。大学は人生最後の休み期間なんて言葉を残した人がいるけどあながち間違いではないと思う。
そんな春休み、僕は上崎香澄さんとお昼ご飯を食べていた。
所謂、彼女の大学受験おめでとう会という形で…
全額奢りというなんとも先輩らしいことを企画した。まぁ、そんなたいそうな事ではないが彼女に言われなくても僕自身の方から行うつもりだった。
それほど彼女にはお世話になってのだから。
「いや〜ごめんね。こんな形で合格祝いしてもらえるなんて思ってもいなかったよ」
「上崎さんには色々とお世話になっているわけだし、これぐらい別にいいよ」
今回奢ったのは、お昼からやっている食べ放題のしゃぶしゃぶだ。値段もかなりリーズナブルで学生であっても奢るのはそう難しいものではない。それにそれなりにメニューも豊富で味もしっかりしている。
「お昼から食べ放題でしかも、しゃぶしゃぶなんて初めてかも。あ、お肉注文するね!私、牛豚ロースと野菜盛り合わせで!海人くんは何か食べるの?」
「僕は…もうお腹いっぱいだから別にいいかな。好きなの食べていいよ」
70分コースも始まって40分ほど経っているが彼女の食欲は落ちる事なく、届いた肉を煮沸してタレにつけたのちに口へ運ぶ。
僕に関しては食が細いため、始まって30分ほどで食べるペースは落ちすぐに箸を置いた。
そうして今では、彼女が頼んだ肉をただひたすら鍋に入れて出来上がったら空いた器に入れておくという作業の繰り返しをしている。
「てか、本当に食が細いんだね。まぁそのおかげでその体型を維持できているわけだしいいことなんだと思うけどさ。でも、しっかりと食べないと倒れるよ?よく女子の間でも食事を抜いて無理なダイエットをしている人がいるけどあれって体に悪いからさ」
止まらない箸を動かしながら、語る彼女。確かに彼女の姿をみるとここまで食べるのに身体の各パーツ、太すぎず細すぎない体系で見るからに健康的な体型をしていた。
昔言っていたが、彼女は食べることは食べるが体育の運動以外にも走ったりストレッチをしているなど自分なりに予防はしているらしい。そのおかげか、今ある体型を維持し続けることができているのだそうだ。
「だからこそ、かわいい服を着るために太らないようにするのはいいことなんだけどさ!ちゃんと食べるものも食べないとたるんだ体になるんだよ?」
「分かったよ、次からはもう少しご飯を食べられるようにするから。上崎さんもその時になったら付き合ってよね」
普段通り彼女と話をしていると急に彼女は箸を止めた。口に含んでいる肉をジュースで流し込み一息つくと、ジト目をしたまま彼女は僕にこう話しかけた。
「あのさ、そろそろ苗字呼びやめない?最初はそんなに気にしてなかったんだけどさ、そろそろ下の名前で呼んでくれてもいい気がする」
「そ、そう?上崎さんが嫌じゃなければ別にいいんだけど…」
確かに彼女に出会ってから今まで苗字呼びを続けていた気がする。普段から下の名前で呼ばれているせいか、苗字で呼ばれることがむず痒いのだろう。
「まぁ無理しなくていいけどさ」
「香澄…さん。こ、こんな感じでいいかな?」
女子の名前を呼んだことがほとんど無い自分にとってかなり勇気を出した。この聴こえるか聞こえないかギリギリの声が無事届いたのか、満足げな表情を浮かべている。
「うんうん、やっぱりその呼び方がいいわ!呼び慣れてるし。あ、次から苗字で呼んだら罰金だからね?」
そんな殺生な、、、一つ下とはいえ僕は彼女に頭が上がらない。別に弱みを握られているとかでは無い。ただ、直感がそう言っている気がしたからだった。
・・・・・・・・
「んー!食べた食べた!あ、ご馳走様でーす」
時間制限ギリギリまで食べたおかげか満足げな表情でお礼を言われる。こうも満足してくれると奢った身として嬉しいものを感じてしまう。
店を出てすぐに時計を確認してみると、時刻は午後2時をさしていた。僕はすぐにこれからの予定を頭で考えるも、満腹が故に頭が働かない。それは彼女も同じなのかこちらを振り向くと少し困った表情をしていた。
「この後だけど、どうしよっか。私は別に買い物でもいいんだけどさ」
いやこの話し方はあまり乗り気じゃない、僕も今はそんな気分ではないのだからきっと同じ気持ちなのだろう。
(だったら場所は・・・・・そうだな)
「じゃあ、カフェでも行ってのんびりしようよ。この近くにあるっていうし」
「お!いいね~!そうだ、この前見たんだけどプチプラ的な洋服見つけてさ!」
ゆっくりで、けれど少し赤みがかった空を眺めながら前を歩く彼女の背中を追ってカフェへ向かっていった。
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