第3話 渡された拳銃

—1—


 黒板に『的当てゲーム』の6文字が書かれた。

 林がチョークを置いて振り返る。


「1年4組のみなさんには、的当てゲームをしてもらいます。それでは早速、ゲームで使用する物を配布します」


 林と半田先生は机の上にスマートフォン1台と拳銃を1丁ずつ置いて回った。


「これって本物ですか?」


「もちろん本物ですよ。弾は5発入ってます」


 林が俺に手のひらを向けた。


「これでお前を撃てば全部終わるんだよな!」


 公彦が林に銃を向けた。


「確かに私が撃たれてしまえばゲームを進めることはできない。だがね、そんな震えた手で当てることができるのかな」


「くそっ!」


 公彦が拳銃を床に叩きつける。


「彼と同じように私を銃で撃とうと考えている人もいるかと思いますが、その際はさっきの彼女のときのように容赦なく麻酔銃を撃ち込みますので、よく考えてから行動を起こして下さいね」


 林が教壇の上のスマホを手に取る。


「今回の選別ゲーム、的当てのルールが今お渡ししたスマホの中に書いてあります。ご確認の方よろしくお願いします。先生もどうぞ」


 林に言われるがままスマホを開く。アプリの1つにルールというものがあったのでそれをタッチして開く。

 そこには、的当てゲームのルールがびっしりと書かれていた。隅から隅まで全て余すところなく読む。

 半田先生も林からスマホを受け取りルールを読んでいた。


【選別ゲーム・的当て】

ルール

1.クラスで自由に3チーム作る。1チームの人数の制限はない。

2.ゲームスタート時の銃の所有は1人1つとする。それ以降の上限はない。

3.プレイヤーは、まと(人)を撃つ。又は撃たれないようにする。

4.ゲームは残り1チームになるまで続く。

5.ゲームで使用するエリアは、私立松林高等学校の敷地内のみとする。このエリア(校舎、体育館、プール、グラウンド、部室、裏山)を主な行動範囲とする。

6.銃以外で殺すことは認められない。



 ルールの中に堂々と『殺す』という文字があった。

 俺は、今からクラスメイトと殺し合いを始めるのか? 自分が生き残るために?


「読み終わりましたか?」


 林が呼びかけるが誰も反応しない。

 斜め後ろに目をやると、スマホを手にした空雅の眼が泳いでいるのが見て取れた。

 いつもクラスを引っ張っていた空雅でさえ余裕がなくなっている。

 それは俺も同じだ。心臓の鼓動が早くなっているのが自分でもわかる。


「早速ゲームを始めたいと思います。チームを3チーム作って下さい。私はここで見ているので何か聞きたいことがあればご自由にどうぞ」


 何人かがゆっくりと立ち上がりそれぞれ移動を始める。

 大抵グループを作れと言われたら仲が良い人で固まるのがお決まりだ。あちらこちらでグループが形成されていく。


 俺のところにはいつものメンバーである蓮、公彦、志保、芽以、ありすの6人が集まった。

 クラスは全員で26人。

 均等に分かれれば1チームあたり8人か9人だ。


「これってやらなきゃダメなの?」


 ありすが泣きながら肩を震わせている。よっぽど葵が撃たれたことが怖かったのだろう。

 それとゲームに対しての不安か。


「やりたい人なんていないよ、ありす」


 志保がありすの頭を撫でて落ち着かせようとしていた。ありすの小さい体を優しく包み込むように。

 そうだ。このゲームをやりたい人なんていない。

 だが、途中でやめることもできない。

 麻酔銃を撃たれた葵は、未だに目を覚ましていない。


 空雅の席の周りには文化祭で焼きそばの担当だったメンバーを中心に円ができている。

 その中心にいる空雅が頭を抱えている。


「洋一、あいつ」


 公彦が視線を前に向ける。

 左前を見ると祥平が1人でポツンと座っていて渡された銃を眺めていた。

 誰もが1人にはなりたくないと仲間を集めているというのに、祥平は自分には関係ないといった様子だ。


 チームを形成するということは、それと同時に殺す相手を決めるということ。

 それを自分達で決めなくてはならない。


 入学してから6ヵ月。

 仲が良くなった人もいればそうでない人もいる。

 まだ全然話したことがないだけでこれから仲良くなるかもしれないのに、1年4組にはそのこれからがない。


 違うチームになったら最後。殺す対象となるのだ。


「みんな、どうする?」


 空雅が全員に話しかけた。


「3チーム作らないとなんだよな」


 今、出来ているチームは空雅のチーム、俺のチーム、チームに入っていない人。

 一見して3つのチームが作られているように思えるが人数の偏りが大きい。

 空雅のチームが11人、俺のチームが6人、それ以外が9人。


「俺と真緒、洋一のところに入ってもいいかな?」


 どこのチームにも入っていなかった海斗が真緒と一緒に俺のチームに入りたいと志願してきた。

 海斗と真緒は付き合っている。

 文化祭の後半に俺は射的でこの2人と一緒に仕事をしていた。2人共話しやすくていいやつだ。


「あぁ、いいよ。てか断るわけないよ」


「ありがとう。よろしく」


 俺のチームに海斗と真緒が加わった。

 乃愛が葵の隣で膝をつき、葵を起こそうと揺する。だが、葵は起きない。


「空雅、葵はどうするの?」


「葵は、俺のチームに入れよう。洋一それでいいか?」


「空雅がいいなら、俺はそれでいいよ」


「みんな、これで決定でいいか? 祥平もいいか?」


 祥平は前を向いたまま頷いた。


「じゃあ、これで決まりな」


「決まりましたか。それではメンバーの確認をするので少々お待ちください」


 林が紙に名前をメモしていく。


「空雅くんのチームと洋一くんのチーム、それ以外のみなさんとゆうことで間違いありませんか?」


「はい、間違いないです」


 林の質問に空雅が答えた。

 正直な話、空雅と同じチームになりたかったが、グループの中心である俺がそれを言ってしまっては、一生このチーム分けは終わらなかっただろう。

 空雅もそれは頭にあったはずだ。


「ん? あれ? 私……」


「葵!」


 麻酔銃を撃たれて倒れていた葵が目を覚ました。


「んっ、頭がぼーっとする」


「葵、ここがどこだかわかる?」


「教室? あっ、そうだ。あいつ!」


 葵が起き上がり林に向かって歩いていく。


「葵さん、また撃たれたいのですか?」


 銃を向けられ葵が足を止めた。鋭く林を睨む。


「葵、これが葵の分だ。それと」


 空雅が葵にスマホと拳銃を渡す。

 そして、葵が寝ていた間に起こった出来事を全て説明した。説明を聞いた葵は全てを理解したようだ。


「なんなのよもう!」


 葵が荒々しく自分の席に座った。


「チームも決まって、葵さんも目覚めたことですし、ゲームの方を始めたいと思います。私が教室から出て5分後にゲーム開始とします。ゲームの様子は、別室で見ていますので、何かあったらメールを送って下さい。私のアドレスはみなさんにお配りしたスマホの中に登録されています。それでは、ご健闘お祈りしています」


 林はそう言い残し、教室から出て行った。

 同時に5分間のカウントダウンが始まる。


「先生どうにかならないんですか?」


「すみません。私にはどうすることもできないです」


 時間が刻々と迫る中、誰も教室から出ようとしなかった。

 チームで固まって不安を漏らすだけの時間が過ぎていく。

 俺は、的当てゲームのルールをもう1度眺めていた。


「なあ、ルール4のゲームは残り1チームになるまで続くって、1チームにならなかった場合どうなるんだ?」


「つまり?」


「このクラスに人を撃つやつなんていないだろ。だから、人は減らないでずっと3チームのままだ。この状態を保ち続けたらゲームが終わることはないけど、誰も殺さずに済んで誰も死なない」


「そうだよ。洋一くんの言う通りだよ!」


 涙目のありすの目が明るくなる。

 ゲーム開始まで残り1分。


「今、洋一が言ったように誰も殺さなければ誰も死なずに済む。みんな、それでいこう」


 空雅の声が聞こえたのか、聞こえていないのか、祥平が立ち上がり窓から外の景色を眺めていた。

 全員のスマホが一斉に鳴り出す。

 林から配られたスマホにメールが入ったようだ。スライドして画面を開く。


【5分が経過しました。只今から的当てゲームを開始致します。ゲームスタートです】


 太陽が真上に上がった昼過ぎ、命を懸けたデスゲームが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る