第2話 スーツ姿の男

—1—


 メールは学校から送られたもので、クラスメイト全員に一斉送信されていた。

 その内容は文化祭の代休が明日に指定されていたが、俺のクラスだけ代休が無くなり、登校日になったという連絡だった。


 なぜ、代休が無くなったのかという説明には選別ゲームのためと書かれてあったが、その選別ゲームという言葉の意味がわからなかった。


「なんでゲームのためにわざわざ学校に行かなくちゃならないんだよ」


「そもそも選別ゲームってなんなの?」


 公彦と蓮がせっかくの休みを潰されたことに対して不満を漏らす。

 その不満に対してありすが口を開いた。


「この前ニュースで見たよ! 国の新しい政策なんだって。詳しいことは、ありすもわからないけど」


 国が決めた新政策だとしたら連日ニュースになっていてもおかしくないはずだ。

 しかし、選別ゲームという単語を聞いたことがあるのは、俺たちの中でありす1人だけだった。


 日本という国が誕生してから現在まで、ゲームが政策として取り上げられた例は1度もない。


 ホームにアナウンスが入り、電車がやってきた。


「じゃあ、とりあえず、また明日」


「じゃあねー」


「おう、またな!」


 俺と蓮と芽以が電車に乗り込む。

 公彦たちの家は逆方向だからいつもここで別れるのだ。

 ドアが閉まり電車が動き出した。


「洋一君、聞いたよ! 志保とバンド見たんだって?」


「おっ! そうなの洋一?」


 芽以と蓮に詰め寄られる。

 俺が志保を好きだということをこの2人は知っている。

 とゆうか志保以外の4人、全員が知っている。


「あ、あぁ、後半の最後にチラッとな」


 体育館での出来事を思い出す。短い時間だったけど2人きりというだけで楽しかった。


「で? で? どうだったの?」


 芽以がさらに距離を詰めてきた。

 背伸びをして俺に顔を近づける。


「おい、近いって……」


「芽以ちゃん、背伸びしてたら危ないよ。吊革に捕まりな」


 蓮に捕まるよう促されたが、芽以は「大丈夫、大丈夫」と言い、俺の顔を見て答えを待っている。

 すると、カーブに差し掛かり、電車が大きく揺れた。


 芽以がバランスを崩してふらつく。

 俺が慌てて右手を出して倒れそうになっていた芽以の背中を支えた。


「ありがとう洋一くん」


「気をつけろよ。危ないから、蓮の言った通り吊革に捕まりな」


「うん」


 俺が芽以にそう言うと今度はおとなしく吊革に捕まった。

 それから文化祭の出来事を楽しくおかしく話していると、あっという間に俺の家がある最寄りの駅に着いた。

 結局あれから選別ゲームについては何も話さなかった。


 2人に別れを告げ、真っ直ぐ家に帰った。

 俺は自分の部屋に行きパソコンを開いた。

 『選別ゲーム』と入力し検索をかける。


 しかし、1件もヒットしなかった。

 打ち間違えたのかと思い、もう1度スマホのメール画面を確認する。

 そこには、しっかり『選別ゲーム』と書かれていた。


 どうやら打ち間違えではない。

 理由はわからないが、何度試してもヒットすることはなかった。

 パソコンを閉じ、フローリングに寝転がる。


 今日1日、慣れない接客やら何やらで気を配っていたせいか疲れた。

 横になったら瞼が一気に重くなって欠伸まで出てきた。


 ふと、寝かけたそのとき、机の上でメールを知らせる音が鳴った。

 重い体を動かしてスマホを開く。メールは志保からだった。


「あぁ、俺もだ」


 メールには、『今日は楽しかったね』と書かれていて、その横に顔文字のニッコリマークが3つ並んでいた。志保らしい可愛らしい顔文字だ。

 返信を打ち返して、再び横になると今度はすぐに寝てしまった。


—2—


 鳥のさえずりで目が覚めた。

 フローリングの上に寝ていたはずだったが、俺の体はベッドの布団の中にあった。父さんか母さんが運んでくれたのだろう。


 1年4組の生徒以外はまだぐっすりと寝ている頃だろうが、俺は制服に着替えて学校に行く支度をしていた。

 果たしてみんなは学校に来るだろうか。


 本来休みだったから予定を入れていた人もいるだろう。

 なんでもいいから早く終わってくれれば嬉しい。


 朝ごはんを食べて家を出る。

 電車に乗ると偶然同じ車両に蓮が乗っていた。


「洋一、筋肉痛になってない?」


「体が重いけど筋肉痛にはなってないかな」


「いいなー、もうバッキバキだよ」


 蓮が目を細めて笑いながら言った。

 電車を降りて学校に向かう途中、クラスメイトを何人か見かけたが、声はかけずに蓮と2人で学校に向かった。

 校門の外にここらでは見慣れない黒いワゴン車が数台止まっていた。


「何の車かな?」


「さあ?」


 俺と蓮は、車の中を覗き込む。

 だが、外から車の中は見えなかった。


「君たち、1年4組の生徒かい?」


 校舎からスーツ姿の男が歩いてきた。

 俺と蓮は反射的に「はい」と、返事をする。


「そうか。教室で全員が揃うのを待っててくれ!」


「は、はい……」


 背が高い男の勢いに圧倒され、男が何者なのかも聞かずに蓮と教室に向かった。

 教室の中には、クラスの半分以上の生徒が揃っていた。

 大体が休まずにちゃんと登校してきたようだ。


 机にリュックを置こうとしたとき、教室の後ろでありすと話をしていた志保と目が合った。


「洋一くん、おはよう!」


「おはよう」


 背負っていたリュックを机に下ろし、志保とありすのところに行く。

 ありすが志保の背中を押した。

 志保がありすに「ちょっとー」と言った後、俺に笑顔で話しかけてきた。


「洋一くん、今日学校終わったら何か予定ある?」


「何もないよ」


「じゃあさ、遊ばない?」


「いいよ。誰が来るの?」


「誰って私だけだけど。やっぱりみんな一緒の方がいいかな?」


「あっ、そうなのか! いや、全然そんなことないよ。むしろその方が楽しみってゆうかなんてゆうかその」


「良かった! じゃあ決まりね!」


「やったね志保~!」


 ありすが志保に抱き着く。

 チャイムが鳴り、半田先生が教室に入ってきた。


「みなさん時間になりましたので座って下さい」


 全員席に着いたがまだ空席がいくつかある。

 やはり学校をさぼった人もいるようだ。


「それでは、出席を取ります。相澤葵さん。は、まだ来ていませんね。足立美沙さん」


 出席確認が進み、葵、結衣、涼太の3人がまだ来ていなかった。

 半田先生が名前を次々と呼んでいる最中に廊下から葵の叫び声が聞こえてきた。


「ちょっと触らないで! わかったから、行くから!」


 さっき俺と蓮が話をしたスーツ姿の男と一緒に葵が教室に入ってきた。


「葵さん、おはようございます」


「先生この人誰なんですか? 聞いても何も教えてくれないし、てゆーか私友達の家で泊まりしてたんですけど、朝になったらいきなりこの人が来て車に乗せられて学校まで連れて来られたんですけど、これって犯罪なんじゃないですか?」


 葵がスーツ姿の男を睨みながら半田先生に訴えているとき、結衣と涼太も別のスーツ姿の男に連れられてやってきた。


「えーと、そうですね。とりあえず葵さん、結衣さん涼太君は席に座って下さい」


 3人が渋々席に座る。

 最初に入ってきたスーツ姿の男だけが教室に残り、後の2人は教室から出て行った。


「みなさん揃いましたので今日集まってもらった説明をしようと思います。では、まずこの方の紹介から。こちらは日本政府選別ゲーム課の林さんです」


「今回担当させて頂く林です。よろしくお願いします」


 林と名乗った男は背が高くがっちりとした体格だ。


「詳しいことは、林さんの方からお願いします」


 教室が静まり生徒の視線が林に集まる。


「はい。それではまず選別ゲームについて説明します。選別ゲームとは、人口の急激な増加により、緊急の措置として取られることとなった政策の名称です。今までの日本の常識を大きく覆すシステムです。高校生以上の人が対象者で無作為に選ばれます。選ばれた人には、強制的にゲームに参加して頂きます。そのゲームで勝ち残った方のみ、新国家への入国が認められます。尚、どのような理由がございましても途中でゲームをやめることはできませんのでご了承ください」


 林が淡々と選別ゲームについて説明した。


「冗談じゃないわよ! 強制的に参加って、私は予定があるの! 帰らせてもらうよ」


 葵が立ち上がり教室から出て行こうとする。


「困りましたね。どんな理由があろうと途中でゲームをやめることはできないんですよ。そういう決まりですから」


 林が胸ポケットに手を入れる。

 そして、拳銃を取り出して葵に向ける。林の眼に躊躇いが見られない。冷酷な眼で葵の背中に照準を合わせている。


 乾いた発砲音が教室に鳴り響き、葵が倒れた。

 数秒間、時が止まり誰も動けなかった。


「キャーーー!」


 女子の悲鳴が教室に響く。

 

「葵!」


 葵と普段一緒にいることが多い乃愛が葵に駆け寄り心臓に手を当てる。


「大丈夫ですよ。安心して下さい。麻酔銃ですから死んではいません。対象者に選ばれたら途中で逃げることはできない決まりですので少しだけ眠っててもらいます」


 林が胸ポケットに麻酔銃をしまう。


「ふざけんな! なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ。親父に頼んでいくらでも金を出すから俺は免除してくれ! なあ、頼むよ!」


 公彦が林に大声で怒鳴る。


「それはできません。ゲームで勝ち残るしか解放されることはありません」


 参加者は参加をしたくないというのに、その意思は無視され、途中でやめることはできず、やめようとすると銃で撃たれる。


 理不尽だ。


 銃が相手では抵抗しようがない。

 これを運営しているのが国だなんてどうかしている。

 なぜ、これだけのことがニュースで騒がれていないのだろうか。国が絡んでいるだけあって情報操作でもされているのだろうか。


 半田先生が葵を教室の後ろまで運んだ。

 林がチョークを取り、黒板に何やら書き出した。


「それでは、私立松林高等学校1年4組のみなさんにやってもらうゲームは」

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