結婚式に全裸の変態王子が乱入してきた「もう大丈夫だ。何も怖い事はない」

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 突然ですが、結婚する事になりました。


 私は城に勤めている人間ですが、ひょんなことで借金をしてしまったからだ。


 私には妹がいる。


 しかし、その妹がかなりのうっかりもので、大変な人間だった。


「(※手紙)おおお、おねえさま。私やってしまいましたの!」

「(※手紙)おちついて、いったい何があったの? いちから説明して」


 ある日妹が、客人のお偉いさんから預かっていた国宝を、ぱりんと割ってしまった事がある。


 当然大騒ぎになった。


 直後、話し合いが行われて、弁償をするため、親戚に一時的に弁償金を肩代わりしてもらったのだが……。


 その額が途方もない。


 加えて、付加価値もとんでもなかった。


 割れてしまったのは、魔法をためておく事ができる魔道具のツボだった。


 そのような品物は、かなり希少。この世にはあまり、ない物だという。


 そのため、相手と親戚に相当な借りを作ってしまう事になったのだ。


 親戚はなんとかなりそうだ。


 時間はかかるが、お金は用意できる。


 私は城に勤めている身だから。給料が一般的な職より高い。


 それに親戚たちは、優しい人達ばかりだから、長くかかっても待っていてくれるだろう。

 申し訳ない思いではあるが……。


 けれど国宝の持ち主が大変だった。


「ふざけるな! これだけで済むと思っているのか、きちんと弁償するまで許さんぞ!」


 相当な剣幕で、はやくなんとかしろと言ってくるらしい。


 できなければ相応の物をよこせ、とも。


 お金の弁償では足りないらしく、かなりお冠だ。


 だから、色々と方法を考えたのだが、その借りを返す方法がうかばなかった。


 相手はずっと怒っていたが、話し合いの中で唯一その怒りを鎮める方法が、家の名前を譲り渡す事だと判明した。


ーおおまかなやりとりー


「まあ、お前の家の名を渡してくれるのなら、許す。俺に継がせるというのならな! すべてを水に流してやろう」

「(父)本気で言っているのですか?」

「あたりまえだ」

「(母)そんな」

「ただし長女の夫となるという条件でだがな。俺はこの辺りの地方で一番の貴族だぞ。お前達にとっては良い話だろう」

「(妹)やめて! お姉様は関係ないわ」






 手紙でそんな実家のやり取りを知った時は、頭が痛くなった。


 自慢ではないが、私の家の人間は代々城に勤めている。

 それだけあって、この家名には、相応の歴史があるのだ。


 だから欲しがっているのだろう。


 それで、諸々の事情を経て、色々なあれこれがあった後、私がその貴族の嫁になる事に決定した。


 だいぶ省略したが、思い出したくないので、長々と語る気はない。


 貴族のお嬢様として嫁に行くのが嫌だったから、兵士として働いていたのだが、ここまでか。


 しかも、嫁に行くなら妹の方が先だと思っていたのだが。


 兵士になった頃は、まさかこんな事になるとは思ってもいなかったな。


 けれど、相手が私でなければいけないと言ったので、しょうがなかった。


 代々続いてきた家の名前を私の代でなくすわけにはいかなかったから。


 妹や実家の両親と、私の自由。


 どちらが大切かと言われると前者に決まっている。


 だから、これは仕方がないのだ。


 一瞬、いつも城を騒がせる変態の事が浮かんだが、すぐに忘れる事にした。









 城の門。


 門の見張りをする兵士達がいる。


 その詰め所に、城の主である王子がやってきた。


「ぶーぶー。あやしい貴族の調査があるって言ったのに、おばあさまときたら。毎日、雷ばっかり」


 王子は詰所の中に、彼女がいないか探していた。


「やあ、今日も私が来たぞ! 門番はどこだい? 愛しのハニーはどこだい。俺の愛しい人は?」

「王子、一人称を統一してください。あと服を着てください。全裸は駄目です。葉っぱ一枚装備しててもアウトです。久々にのんびりできるからって浮かれすぎですよ、あと目当ての門番はいません」


 対応が面倒だったのか、最初に声をかけられた兵士は一つの「」の中で全て説明し終えた。

 それを聞き流す王子はがっかり。目当ての相手がいないからだ。


 部屋を見回した王子は首をかしげて、「あれぇ?」となった。


「門番は何でいないんだい?」

「結婚式があるからです」

「あー、結婚式ね、大事だよね。そういうの」


 その事実を知らされた王子は、「うん?」と停止して「え?」と言う顔になる。


「けっこん? 血痕? 結婚? なんだってぇぇっぇぇ!!」


 そして、事態を把握した後に、国中に響きそうな大声を上げるのだった。








 教会の控室。


「思っていたより重いし動きにくいなぁ」


 私は花嫁衣装に身をつつみながら、もの思いにふける。


 こんな私の脳裏に浮かぶのは、兵士としての日常の光景と、そしてその日常のなかで私を困らせてくれた王子だった。


 その王子は普通ではない、


 かなり異色だった。


 むしろ唯一無二といっていい。


 だって服を着ない王子なのだから。


 全裸で、葉っぱ一枚で急所を隠しているだけのとんでもない人間だ。


 王子にはまだ言いたい事がいっぱいあったな、とそう思う。


 あれほど服を着ろといったのに、ついに私の言葉では着てはくれなかった。


 怖いおばあさまに叱られたらきちんと着てくれるというのに。


 考え事をしていると、未練が次々に頭をよぎった。


 私が働いている間に、王子の妙な癖を矯正できればと思ったけれど。


 とうとうできなかったらしい。


 しかし大丈夫だろう。


 あの城には、私よりもしっかりした者達がたくさんいるのだから。


 きっと私がいなくなっても、誰かが王子の手綱を引いてくれるはずだ。


「けれど、何でかな。気分が晴れないや」


 笑顔になれない自分の顔をほぐしていると、控室のドアがノックされた。


 両親と妹がやってきたのだった。


 ウエディングドレスを着た私を見て、両親が涙をこぼす。


 そのまなじりに浮かぶのは、普通なら嬉し涙のはずだけれど、彼等は悔し涙をにじませていた。


「私達がもっと頭が良かったら、何か良い方法が思い浮かんだかもしれないのに。今からでも遅くない。相手の申し出を断ってみてはどう?」

「そうだ。私達の事は気にせず、好きな相手と結ばれるのが一番だ」


 彼等はそう言ってくれるけれど、私の心は決まっていた。


 好きな相手などいないし、相手になってほしい人などいないのだから、こうするのが最善だ。

 ただ嫁ぐより、家族を助けるために嫁ぐ方がいい。だから、異論はないのだ。


 そう、そのはずだ、


 妹がしょんぼりした顔で声をかけてくる。


「でも、お姉さまは、私のせいで」


 私はそんな妹の頭を撫でた。


 そそっかしい事があるけれど、妹は大切な家族だ。


 私の事は気にしないで、妹には好きな相手と結ばれ幸せになってほしい。


「大丈夫、何も心配することなんてない。全てうまくいくよ」


 私は苦労して笑顔をつくり、彼等に笑いかけた。











 初めて王子に出会った時は驚いた。


 城につとめて最初の日に、全裸の男性が脱走しようとするのだから、どこの危険人物かと思った。


 国民を守るためにその変態を死闘を繰り広げていたら、なぜか相手になつかれてしまったんだったっけ。


「うむ、気に入った。嫁になると良い!」


 それで、王子は偉そうにそんな事を言ってきたんだったか。


 それから王子は定期的に門の所に来るようになった。


 脱走するためでなく、休憩するためだったり、遊びにきただけだったりと。


 目的は色々で。


 王子は見た目は変態だし、かなり言動もヘンテコだけれど。


 すごく良いお方だ。


 国民の事をしっかり気にかけてくれるし、誰かをいつも守ろうとしている。


 優しくて、思いやりの深い人。

 あんな人が王になるなら、きっとこの国はもっと良くなるだろう。


 だから、そんな王子様の下で働けなくなるのは少しだけさびしかった。


 今さら意味のない事を考えていると思う。


 過去の事だ。


 もうあの場所には戻れない。


 どうにもならないというのに。








 そしていよいよ。


 結婚式が始まって、新郎と共に教会の檀上へ並び立った。


 神父様は色々な事を喋っているけれど、頭に入ってこない。


 新郎の様子を窺ってみるけれど、厳格そうな表情で神経質そうな雰囲気しか感じられなかった。


 私に対する気持ちはなくて、純粋に家の名前だけが欲しかったのだろう。


 家族の様子は見れない。


 背後で私を見守っている彼等はどんな顔をしているだろうか。


 想像はできた。


 きっとあまり笑っていてはくれないのだろう。


 少しだけ心が痛む。


 神父様が長い話を終えて、そして私達へ問いかけを発してきた。


「病める時も健やかなる時も、互いを支え合い、愛していく事を誓いますか?」


 新郎は急いた様子で即座に誓いますといった。


 教会の壁にかかっている時計が気になるようだ。


 結婚式の事なんて、ただの儀式だとしか思っていないようだった。


 私も続いて何かを言おうとするけど、声にならなかった。


 そのまま硬直していると、背後で何かが大きく音を立てた。


「その結婚ちょっとまったぁぁぁぁ!!」


 振り返るとそこには王子様がいた。


 そして、いつも通り全裸だった。


 いつも通りすぎる。

 ロマンも何もあったものじゃない。


 いや、期待していたわけじゃないけれど。


「その人は俺が先に予約してたんだもんね! 横入りは厳禁なんだぞ!」


 王子は肩をいからせて、こちらへってくる。


 そして、「もうダイジョーブだ! 怖い事は何もないぞ!」

 と、なぜに堂々としたポーズで言い放ち、仁王立ちした。


「いえ、大丈夫ではありません王子、なに人の結婚式をめちゃくちゃにしてるんですか」


 まず恰好が大丈夫じゃないし、貴方の方が不審者で危険人物に見える。


 ほら、王子の事よく知らない人達が怯えてる。


 きっと遠方からきた人達だ。


 王子、どう考えてもつまみ出されるのはそちらの方ですが。


「えぇぇ、酷いよ門番。こういう時は感激して抱き着いてきてちゅーしてくれるもんでしょ? ほらちゅーは?」


 私はなぜだか猛烈にむかついて頭にあったベールを、王子へ投げつけた。


「するわけないですけど。はぁ!?」

「あれ、マジ怒りしてる?」

「遅いんですよ、もったいつけてたんですか、日ごろ私の事好きとか言ってたくせに、何やってたんですか今まで。ばかなんですかばかなんですね、ばかなんでしょう」


 ちょっとくらいは期待したよ。

 でも意外と真面目な時は常識ある王子だから、来てくれるならもっと常識的なタイミングで来てくれると思ってたから。


 式が始まった時に、もう無理だなって思っちゃって。

 結構内心、さっきまで泣いてましたけど!


「いたいいたい、暴力反対、頭が割れちゃう、けっこういたいそれ! 違うんだよ、いいわけさせてよねぇ! ちょっとした行き違いで知らなかったんだよ、知ったのついさっきだったのホントだよ!」


 王子の残念な頭をぼこすか殴って、グリグリしているとふいに体を持ち上げられた。


 お姫様抱っこされていた。


 その時の私は。


 ウエディングドレスけっこ重いのに、王子力あるんだなとか考えたりして……。


 そんな場違いな事しか思い浮かばなかった。


「怖い思いさせてごめんよ」


 王子が優しく微笑む。


「とにかく、もう大丈夫だよ。君は好きでもない人と結婚しなくてもおっけー。ついでに俺と結婚してくれたらおっけーだけど、そこはおいおい」


 そして、すたこらさっさと運ばれる私。


 王子は周りの人に「はい撤収、てっしゅー」と声かけしながら移動。


「僕と門番の婚約記念日に改めてパーティするからその時はよろしくね」

「勝手にそんな事を決めないでください王子!」

「いたいいたい、照れ隠しがいたい。あっ、本気になるのはやめて、ごめんて」


 すると置いてきぼりにされた新郎が「ふざけるな」と怒鳴り声を放った。


 すると、王子はくるりとそちらを向いて、冷たい声を放った。


「君にこの場で言う事はないよ。私は国民一人一人の味方だけど、人を傷付けてまで幸せになろうとする人間の味方にまではなれない。君が要求しているお宝がどこからきた品物か調べはついているんだ。今から減刑の方法を探していたほうが賢明じゃないかな」


 そして、数秒後にはいつもの雰囲気に戻って、にへらっと笑う。


 よく分からないが、今回の件には裏があったらしい。


 式の日も急に決まったし、きっと私には分からない裏の事情があるのだろう。


「二時間後に、彼のよくないお友達と彼が会議をするらしいから、そっちにも兵士を向かわせないとね。いやー、焦ったよ。おばあさまこういう時に予定入れるんだから。気が付いてよかった」


 私はようやくほっと息を抜いてからに体を預けた。


 なんだか少し疲れてしまった。


 せっかくだから、もうしばらくは王子様に抱っこされているお姫様気分を味わってもいいかもしれない。


 そんな気になった。


 王子がこっそり小声で伝えてくる。


「とにかく遅れてごめんよ。俺は王子だから、国民みんなの事が好きだけど、特にっていうと君の事が一番好きだからね」


 私は無駄に整ったイケメンがおを見上げて、ジト目になった。


「あれ、そういう反応?」


 変態王子は、変態なだけでなく馬鹿らしい。


 いつもそうしてれば、こっちだってきっと、もっと素直になれるのに。


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