歪で歪んだ醜い私達の正しい結ばれ方

ゆいとき

歪で歪んだ醜い私達の正しい結ばれ方

 白い結晶の塊が空を舞い、地上へと着地する。そんな雪の降る日の私の心は冷え切っていた。


 普段から考え方が暗く、一人では何も出来ない不良品であると自負している私だが、最近はそれも改善の兆しを見せており、自分から行動する事も増えていたと思う。


 だがその考え自体が間違いであり、そうなるべきでは無かったと思い知らされた。その出来事は大体にして四か月ほど前に遡る事となる。














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 私には親友と呼べる存在が一人だけ存在する。


 実際、友達なんて一人いればいいと昔から考えていた事もあって、新しく交流を持とうとしてこなかったし、親友も私の交友関係に何も口出ししてこなかったので何も変に思う事は無かった。


 しいて言うなら、その親友が入るからと言う理由で自分も届を出した図書部の後輩が一人いる程度の狭いコミュニティで生きてきた。


 そんな親友で幼馴染でもある神谷 奏美とは小学校の頃に出会った。なんの衝撃的な出会いがあった訳でも無く、ただ単に入学した時の隣の席が彼女で、交流を持つようになったというだけ。それでも不思議と彼女と話すのは楽しかったし、家族を覗いて唯一信用で出来る相手だった。


 非日常な出来事が起きると真っ先に奏美に相談していたし、学校での行事や多人数での行動に関しても奏美を頼っていた。私はそんな彼女に出来るだけの恩を返せるように、彼女からの相談も役に立たないとしても必ず受けていたし、何かお願い事をされたら何でも聞いていた。


 この日一緒に遊びたいと言ったら、家庭の事情があったとしても出来るだけ優先していたし、そもそも友達のいない私がその点において心配するのは明らかな杞憂だった。


 そんな私の生き方は、そんな親友を優先としたものとなっていて、私自身がその生き方に何の疑問も抱かず、それを当たり前の常であると考えていた。




 私と言う人間の生き方は正に陰と呼ぶに相応しくあり、その生き方に倣うように、内も外も他人に迷惑のかからないといった後ろ向きな考えを念頭に置いたものだった。


 そんな生き方も悪いものでは無く、友達も親友が一人おり完全な孤独という訳でも無く、基本的に他人との関わりを持たない私を見る人もおらず、自分の生きたいように行動してきた。


 クラスで星のように輝いている存在は少なからずいるし、そんな輝く存在が人気者になるのは当然だったし、何も不思議に思う事も無く、そんな存在を横目に毎日大変そうだなと言ったありきたりな感想だけが頭に浮かんだ。




 人は常に自身の心を隠し生きている。当然だし、自分自身をオープンに生きている人間なんて存在しないと思っている。だが、そうした方が生きやすいからと言う前提が必要であり、だからこそ、自分の中身が偽りでしかない生き方をしている人を見るたび、何故と思わずにはいられなかった。そんな中でも、やはり奏美が私にとって一際輝いている星そのものだった。




 そんな私は最近告白をされた。相手は学年が一つ下の後輩で名前を堺 星奈、私が奏美と共に所属している図書部の一員だった。部活の一員として話をすることは多少あれど、友達と呼ぶには程遠い浅い関係だったと思う。それとも、彼女は私の事を部活の先輩では無く友達だと思っていたのだろうか。


 その時の私は、初めてされた告白に動揺していた。人との関わりを出来るだけ避けてきた者である私なんかにそんな一種のイベントが起こり得る可能性なんて捨てていたし、何より望んでいた訳でも無いのだが、いざその場面の当事者となってみると存外嬉しく感じるものだった。


自分自身の自己評価の低さからくる感情なのか、誰でも嬉しく感じるものなのかは分からないが、この時の私は特に浮かれていた。それこそ、普段なら絶対に自分で答える前に奏美に相談する事すら頭から抜け落ちている程だった。


 友達は一人でいい、だから友達で親友の奏美以外に友達と呼べる人を作らなかったが、恋人というのはどんなものだろうと考えた。今目の前にいる星奈と一緒に遊んだり、友人という関係では出来ないようなことをしている姿を想像しても、実感が湧かなかった。


 恋人が今までいなかったから分からないだけとも言えるが、実際に現実としてやってみなければ分からないと考えた私は、その告白を了承した。私は彼女を利用して、その未知の感情に理解を示そうとした。


 今思えば馬鹿な話だったと思う。相手はこんなに私を好いてくれているというのに、自身は告白されるまで友達とすら思っていなかった存在の告白を受けたのだから。ただの好奇心から生まれた恋人と言う存在は、純粋で綺麗であるべきその内に酷く歪な関係だった。


 付き合った後の星奈は眩しい位の笑顔を見せつけてきた。相当嬉しかったのか、いきなり抱きついてきたと思えば頬ずりまでしてくる始末。もともと元気のある子だとは思っていたが、付き合った瞬間ここまでしてくるとは流石に予想していなかった。


 もしかしたらこの勢いのままキスでもされるのかと思ったがそんな事は無く、その日はすぐに部室に戻った後、奏美に訝しまれながらも解散となった。




 その日の帰り道、いつも通り奏美と一緒に帰っていたのだが、先ほどの星奈の反応を見ておかしく感じたのか、何があったのかを聞いてきたので隠すことなく起きたことを全て話した。


 そういった感情を知らないから、彼女と付き合ってみて感じてみたいと。そう話している間に聞いてくれている奏美からはいつもと違う雰囲気を感じて、何故か彼女の顔を見ることはかなわなかった。反射的に見れなかったのだ。


 話し終わった後の彼女の反応はあっさりしたものだった。




「そう……分かるといいわね」




とだけ、祝福するでもなく関係を否定するでも無かった。ただ、この時の奏美の声はいつもより寂しそうに見えた。














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 結論から言うと、付き合い始めて三ヶ月経った今でも恋人としての付き合いが分からなかった。恋愛感情というのが分からないというのが正しいのか、彼女と一緒に過ごしていても、楽しいと思う瞬間はあれど胸がどきどきするような恋人特有の目新しい感情に出会う事は叶わなかった。


 二人で出かけたデートも、一緒に寝た夜も、手を繋ぐ事でさえ頭に浮かぶのは奏美の事ばかりで、この相手が奏美だったらと考えてしまう。恋人なんて親友さえいればいらないのでは、とさえ思ってしまう。


 このまま彼女と付き合い続けていいのか、自身にとって感じるべきことも無くただ時間が恋人との時間に浪費されていく。なにより、星奈と付き合いだしてからというもの奏美から誘ってくれる回数が少なくなった。前まではほぼ毎日一緒にいた位なのに、今となっては教室でしか彼女との交流は持つことが出来なかった。


 耐え切れなくなった私は自分から誘う事が増えた。今までは彼女からのお誘いの割合が多かったためにこの変化は私たちの関係の変化を示していた。だが、奏美は私からの誘いを受けることはほぼ無かった。


それでも、奏美が嫌と言ったら分かったと言う他ないのだ。彼女のいう事は私のする事であり、彼女がそうと言ったらそうなのだから。今までの私の生き方であり、その前提が変わる事は無かった。




 その一方、後輩で彼女の星奈の姿は幸せに見えた。私との関係も順調に思っているのだろう。部室内では普段静かだった彼女はどこに行ってしまったのか、今となっては私に引っ付いて離れない。正直に言うと邪魔なのだが、前にそれとなく離れてほしいと伝えると本気で泣きそうになった過去がある為に強く言えない。


 恋人である以上、好きな人と触れ合いたい、出来るだけ一緒にいたいという想いは正しいはずなのに、私はその想いに虚の心でしか受け止める事が出来ない。私自身は彼女の事を好きで付き合ったわけでは無いのだから当然だ。


 そんな中、急に奏美が一人立ち始める。まだ帰る時間には少し早いしどうしたのだろうと聞いてみると用事があるからと部室の扉に向かいだした。




「今日用事があるなんて聞いてないよ?」




「言ってなかったから当然よ。あと汐音、もう私達一緒に登校するのはやめましょう」




 突然の発言に私は呆然とした。今までいつも一緒だった私達がただでさえ共に過ごす時間が減っているというのに、何故そんな事を言うのか素直に理解が出来なかった。




「なんで……? 私、なにか奏美を怒らせるようなことしちゃった?」




「そうじゃないけど、今は星奈と付き合っているのだから登下校も二人でするのが一番でしょう? 幸い、二人の家はそこまで離れていないのだから」




「ちょっと待ってよ、私は納得できない。だったらせめて三人で……」




「汐音先輩! 折角の神谷先輩からのご厚意ですし、ここは素直に受け入れましょうよ! それに、元々納得できてなかったんです。私と先輩は恋人なのに、いつも神谷先輩といるなんて、家も離れてるわけじゃないのに」




「……堺さんもこう言ってることだし、これからは二人きりの時間を増やしなさい。折角付き合ってるのだから」




「うぇ……でも……」




「先輩!」




「ッ……分かった……」




 私の返事を聞いてから、奏美は一人扉を開けて帰ってしまった。今までは奏美の言葉を全て正しいものだと受け入れていたのに、今回ばかりは無意識からの抵抗だった。


 奏美はなにも間違っていない。そもそも恋愛について知りたいと言って星奈と付き合い始めたのに、彼女との時間が増えるというこの機会を否定しようとしている私が間違っている。


 星奈も間違っていない。付き合い始めた恋人が他の人を頭に入れた行動をしているなんて気分のいいものでは無いだろう。


 いつも間違っているのは私だ。正しい事を考えて行動に移している彼女たちといる中で、私だけが常に間違えた考え方と行動を取っている。


 恋愛を学ぶために星奈を使って恋人ご・っ・こ・をしている私は常に最低で最悪だ。彼女はごっこでは無く本当の恋人としていてくれているのに。


 やはり正しいのはいつも奏美だった。元々お互いに何かあったら真っ先に相談し合おうと提案してきたのは奏美だった。


 あの告白だって、答えを出す前にまずは奏美に相談をするべきだった。今までそうしてきたのにその場の雰囲気と自身の初めての体験に浮かれて間違った答えを出してしまった私が愚かだった。奏美なら、間違いをすることは無かったし正しい答えを教えてくれていたはずだ。


 あの告白の一件から、私たちの関係は全て崩れた。


 進展した関係もあれば壊れた関係だって存在する。少なくとも私にとっての幸せな関係は崩れていた。














―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 時は戻りその日から更に二週間後、金曜日の夜だった。いつもなら幻想的な風景を背景にしながら奏美と共にいるか本を読むか、自分の好きなように過ごしていたはずだ。そんな時に私はある存在を一人公園のベンチに座って待っていた。


 肌寒く感じるのは心の問題か、あるいは単純にこの外の空気がそうしているのか、今の私にはとても理解は出来ない。


 今の私はとにかく焦っていた。この二週間で再確認できたのは、とにかく自分にとっての奏美の存在の重要性であった。


 あれからの登下校は星奈としている。結果当然だが奏美といるのは教室の中だけであった。あの日から、奏美は部室にすら顔を出さなくなった。


 限界だった。一人でも生きていけると考えていた過去の私はとうに消えていて、少なくとも私の人生に奏美が必要なのは間違っていない想いだと感じていた。


 星奈に対しては感じる事の無い感情で、これが世の中の言う恋愛感情だとして、違ったとしても奏美が自身にとって大事な存在だと感じたのならば、形は違えど星奈との恋人ごっこには得るものが確かに存在していたのだろう。もっとも、私の心に星奈という存在に対する情は元々無く、既に消えているのだが。




 待つこと数分、近づいてくる足音に反応して顔を上げると、そこにはいつものクールな顔をした待ち人である奏美が立っていた。


 いつも通りだったはずの存在は、計らずともその存在を手放す道を選んでいたのは私だ。


 気が付いたら涙が出ていた。寒い中でもほんのり頬を伝る感触を味わいながら、私は本題を切り出すことにした。




「こんな寒い時にわざわざ呼び出してごめん」




「いいけど、本題は?」




「前までの私達に戻れないかな……って」




「無理」




 一瞬で否定された上に、彼女は笑っていた。こんなに焦っている私が面白いのか、意地の悪い笑みを浮かべている。




「そもそも、関係を壊したのは汐音からよ、なのに戻りたいっていうの?」




「ごめん、あの時の私が間違えてたの……でも奏美が離れていって、一緒にいる機会が減っちゃって、当たり前だったものが全部壊れちゃって……」




「だから戻りたいって? というか、私たちの日常は変わったけど、立ち位置で言う関係は親友のまま変わってないのよ。単純に、汐音の関係図の中に恋人が追加された、ただそれだけ」




 確かにそうだ、別に絶交した訳でも関わるなと言われた訳でも無い。ただ恋人との時間を増やすことになり、結果親友との時間が減っただけ。でもその減った親友との時間が何よりも大事だと気が付いたのだ。




「でも気が付いたの、私にとって何より大事なのは奏美との時間だって! これってさ、世の中恋人よりも親友の方が大切って事だよね!」




 恋人を欲する人は沢山いるのだろう、でもそんな存在を作ってしまったばかりに親友を失うなんてあっていい訳が無い。奏美は親友と言う立場は変わっていないと言うが、そんな名ばかりの関係だけが残ってもその中身は空で、何も入っていない関係を親友とは呼べないと感じていた。


 星奈に対しては抱かなかったからこそ、恋人よりも親友という関係の方が大切なものなのだと理解した。だが、奏美はその考えを否定した。




「親友よりも恋人の方が大切のはずよ、何よりも大事で大切で、全てを捧げたいと思えるような好きな相手こそが恋人であり、将来を見据えた付き合いなのだから」




「でも、私は星奈より奏美の方が大事だし大切だよ?」




「私にもし恋人が出来たら、少なくとも汐音よりも恋人を優先するでしょうね。それが恋人ってものなのよ」




「ぇ……奏美は私を捨てるの……?」




「捨てるとかそういうのじゃないのよ、一番大事な存在が恋人として存在する以上、優先してしまうのも当然でしょう? ……あぁでも、そんな曖昧な関係の人間と恋人になってしまうような汐音とは、流石の私も付き合いきれないかもしれないわね」




 そう言われた瞬間、私という一人の人間が捨てられた気分だった。星奈はまだいい、いてもいなくても支障は出ない。あくまで彼女は代わりであり、奏美のいない隣を埋めるための存在だった。少なくとも、今はそう感じるほど私は奏美に飢えている。


そんな一番大事な存在から自分を否定されてしまえば最後、私の人生の終わりを意味する。奏美のいない人生など生きている意味が無いのだから。




「ごめん……ごめんなさい……どうすれば私を許してくれますか……」




「許すも何も怒ってないわよ……それに、汐音にはもう星奈がいるでしょ? 私はもういいわ」




「いいって、何が……」




「汐音の親友としてやっていくのももういいかなって、汐音の言い方だと星奈の事どうでもいいって考えてるのかもしれないけれど、そんな相手と恋人続けてる人と今まで通りになんて、普通に嫌よね」




 いわば死刑宣告だった。怒ってないからと許しを請う事も出来ない、何ならそんな人呼ばわりされてしまった、今まで奏美が私の事をそんな人なんて言ってきたのは初めてだったために頭がうまく働かない。


 私は今日、孤独となり死ぬ運命なのか。私にとっての奏美は、もはや私の生きる道と言っていい、捨てられてしまえば生きる事さえできなくなるほど私は弱く脆い。どうすれば奏美から生きる権利を与えてもらえるのだろうか。




「奏美のいない人生なんて嫌っ!! どうすればまた一緒にいてくれるの……もう間違えないから、言う事ちゃんと聞くから一緒にいてよ……!」




 もとよりあった不安の波が現実となった絶望と共に一気に溢れ出る。第三者から見れば彼女の生き方と考え方は何よりも歪んでおり、その上で成り立つ関係は醜いものなのだが、本人はそれに気が付かない。気が付けない程にその考え方が当たり前に定着してしまっていた。




「……ふーん、そんなに私と元の関係に戻りたいんだぁ」




「! うん! 戻りたい!!」




「三つ条件がある、それを飲めるなら元に戻るのではなく、さらに仲良くなれるわよ」




 それを聞いてさっきまでの絶望の中に小さい希望が見えた。なんの抵抗も無くその希望に縋りつく。それこそが、私に見える一番明るい未来の生きる道だった。




「飲む! その条件飲むから!」




「慌てすぎよ……とりあえず条件を言うから落ち着きなさい」




 先ほどまでの攻撃的な圧とは程遠い優しい声色を聞いて、感じていた焦りが薄くなっていくのを感じる。条件がなんだとしても飲むつもりなのだが、私はもう間違えないと決めたので、奏美の言う通りに聞くことにした。




「一つ目、星奈と別れなさい。そもそも星奈の告白から私達の関係は崩れだしたのだし、それを元に戻すにはまずあの子と別れないといけないわ」




「二つ目、これは今までなら当たり前に出来ていたことだけど、何かあったら真っ先に私に相談しなさい。今回の告白だって、ちゃんと私に相談していれば間違えることは無かったのだから」




「そして最後、私と恋人になりましょう。そうすればこれから先告白されても二度同じ過ちは繰り返さないでしょう? 本当に汐音が私を一番大切だと思っているならなれるはずよ」




 その条件は全て、自身にとってメリットしかなかった。二つ目に関しては今回の件で懲りたし、元々奏美の代わりと考えるようになった星奈の存在は邪魔に感じつつあった。彼女とはどちらにせよ別れなければいけなかっただろう。


 そして何より、奏美と恋人になれるという事は今まで通りの関係に戻れるどころか更に親しくなれるという事だ。そんなの嬉しいに決まっている。


 今まではそもそも恋人とかそういった関係自体考えたことも無かったが、今回の告白を経て、恋人の関係の重要性は理解できた。奏美と恋人になった先にはきっと素晴らしい未来が待ってるはずだ。




「分かった、明日星奈と話してちゃんと別れるから……これで奏美と離れなくていいんだよね?」




「えぇ、お互いに一番大切な存在と恋人になれたのだから問題は無いわ。でも、もしさっき言った条件を破る事があれば……」




「ちゃんと守るよ、約束する。奏美以外何もいらないって分かったから」




「そう、なら信じてあげる。私も汐音と一緒に生きたいもの」




 一度見えなくなった星が、今度は更に輝きを増して近付いた。そんな存在を、もう失わないように、大切にしていこうと思った。また見えなくならないように、この歪から生まれた関係は真っ黒でも、私達の未来は輝いて見えると、そう確信した。




「ごめんね奏美、好きだよ」




「……私も、愛してるわよ」




 そういった彼女の顔は珍しくもほんのり赤く、街灯に照らされた灯りと今も降り続ける雪の結晶を背景に、より綺麗に見えた。








 こうして普通とは違う付き合い方をした私達だが、何も後悔は無かった。後悔は星奈と付き合った過去に既に絶望するほどしている為、二度と奏美を裏切る事が無いように自身への戒めを強める事となった。


 星奈には悪い事をしたとは思っているが、謝る事はしない。奏美が言っていた、そもそも星奈が告白なんてしなければ今回のように関係が拗れることは無かったのだ。星奈と付き合いだして、一度崩れた奏美との関係がより深まった事に関しては感謝しているが、それは口に出さず、感謝も謝罪もすることは無いだろう。


 なにより、奏美の事だけを考える事に決めた私にとって他の存在は異分子にほかならない。星奈のことを考えるのはこれが最後だろう。


 その日は奏美の家に泊まる事になった。一緒に風呂に入り、疲れてしまった彼女の寝顔を見ながら、奏美に抱きついた。




「好きだよ奏美、おやすみなさい」




 既に眠ってしまった彼女には絶対に聞こえない声量で愛を囁く。私達は今日、本当の二人の世界に入れた気がした。


















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 汐音が後輩の星奈と恋人関係になったと聞いた時は酷く焦ったのを覚えている。外には出さず、内に留めることは出来ていただろうが、その後家に帰った私は怒りと悲しみがごっちゃになり涙があふれて止まらなかった。


 いつも一緒に過ごしてきた私たちには、明らかな信頼関係を超えた何かが存在していたはずだが、それも全て同じ部活の後輩により崩れてしまった。


 前から少しは怪しいと思っていた、本人は気が付いていいなかったが、部室内での彼女の目は本に向いているようで汐音を捉えていた。


 それでも安心していたのは、もし告白やらアクションを起こされても、汐音なら答えを出す前に相談してくれると信じていたからだ。


だが、それは悪い形で裏切られてしまった。一緒にいるのも辛く感じ始めた三ヶ月ほど経った頃から汐音との登下校もやめ、部活にも顔を出さなくなった。その頃には既に汐音の様子がおかしかったのを感じ取っていた。星奈と何かあったのかと思ったが違った。


彼女もまた、私とは違う形で私に依存していた。


 正直、これは使えると思った。彼女は私がお願いしたら大抵何でも聞いてくれていた。そんな彼女がもし限界を感じ、私に縋るようなことがあれば……と、それが現実になった。




 それから二週間後の夜、汐音に呼び出された私はなんとなくの用事を予想し心はルンルン気分だった。いつもより綺麗に見える夜の空と降り積もる雪に感動さえ覚えながら、約束の公園に向かった。




 予想は正しかった。彼女は星奈よりも私を欲している。恋人よりも親友が大切なのだと気が付いたと言っていたがそれは間違っている。恋人よりも親友を優先に考えているのではなく、星奈よりも私の事を想っているのだ。


 その想いを増幅させるべく、私は少し意地悪をした。あえて彼女を一度突き放す事で、彼女の感じる絶望の割合を増やした。そしてその後に希望を見せることによって、私への欲求をより深めさせた。


 私の提示した条件を汐音は瞬間的に受け入れた。ニヤニヤが止まらなく、はたから見れば相当に意地の悪い笑みを浮かべている事だろう。




 そして私と彼女は恋人関係になった。おそらく汐音は部分的な常識が欠如している節がある。だから私の言う事を何でも聞くし、正しいと思い込んでいるし、捨てられたくないと躍起になるのだ。


 彼女は歪んでいる。だからこんなやり方でしか関係を持てなかった。だがそれでいい、私も元々汐音に悪い事を教えるつもりも無いし、私たちにとって害となる異分子を取り除くだけ。


 そうして私の存在を彼女にとっての必要不可欠なものとして確立させる。おそらく既に彼女は私無しでは生きていけないだろう。そして同じく、私も彼女がいなければ生きていけないのだ。


一時はどうなるかと思ったが、結局は私のもとに戻ってきてくれた。星奈と汐音が付き合った事により、以前よりも私に依存する結末となった今回の小さい騒動は結果的に私達にとってプラスとなったのだろう。


 ゆえに感謝はする。私の汐音にちょっかいかけてきた事に関して腹は立つが、私たちの関係を深めてくれたのだから。




「元々汐音は私のだったのだから、これは返してもらうだけよ」




 何もない空間に一人呟く。きっと私達はくっついて離れない未来を死ぬまで生きていくのだろう。こんな考え方をしている私もまた歪んでいると思うが、それでも歪んでいる同士でお似合いだなと感じると何事も嬉しく感じた。いずれはこの歪んだ関係も正しくなるだろう。


 歪みが消えるのではなく、この歪んだ関係こそが正しい関係となるのだ。恋人としての為り方は見ていて気持ちの悪い程醜いもので、これを美談にするにはどうにも無理な話なのだろう。


 それでも私達にとって、永遠と離れる事の無いこの関係が何よりも幸せな生きる道筋なのだと確信している。




 既に朝となった土曜日の朝、隣で私に抱き着くように眠る彼女を見て柔らかく微笑むと、その綺麗な頬に軽いキスをする。そして完全には目覚めていない彼女に挨拶をするのだ。




「おはよう汐音、愛してる」

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