第12話 気付く者

 レンの振るった剣は虚無を断った。簡単に言えばタダの素振りである。


「ミレイ、俺は何か切ったのか?」

「いや何も」


 ミレイの表情は凛としていたが笑窪に力が入っている。明らかに笑いを堪えていた。


「そんな気がしたわ。何の手応えも無かったもん」


 無茶振りされた挙げ句、大スベリをかましたレンはやり場のない恥ずかしさを抱えていた。


「何だァ、何も起きねぇじゃねぇか。本当にここで合ってんのか?」

「正直に場所はこの辺りなんだ。私が数日検証した結果、座標的にはこの辺で間違いないと思うが、根本を断つ為にはもう少し範囲を絞らないとダメみたいだな」

「ねぇ、いくらなんでもさすがにこんな何もない所に催眠術を解く鍵なんてないんじゃ……」

「でも、ミレイさんが言った事だし、もうちょっと調べてみようよ」


 レンは気を取り直して、再度剣を握り周囲の散策を始める。


「なぁミレイ、この辺で間違いないんだよな?」

「あぁ、間違いない」

「わかった、そしたらあとはデバッガーに任せろ」


 そう言うとレンは地面、壁、建物、木など一通りのギミックを少しずつ剣で突きだした。


「……何やってんの、彼?」

「あれがレンなりのやり方なのさ。何も間違っちゃいないよ」


 レンにはプログラミングについての知識はほとんどないと言える。しかし、本人も気づいていないが素質はある。その内二つが集中力と負けず嫌いな性格であった。


 この近くにバグがあると分かっている以上、後は再現性の確認と場所の特定をすること。地道なトライアンドエラーはある意味レンの得意技だった。


(どこだ? この無限回廊みたいなのがバグだというならどこかにあってもいい筈だ、あの時俺が話しかけた住人のように、処理不良のエラーノイズが……)


 その時、レンは建物の壁の継ぎ目にズレが生じている事に気付く。


「これは……!?」


 僅かだが、壁からノイズが発生している。ズレた歪みを中心にバグが起きている形跡があった。


「ミレイ、これか!?」

「間違いない、これだ。よく見つけたなレン」

「信じられない……こんなもの初めてみた」

「こんな小さいの普通は見逃すわな」


 全員で駆け寄って、見慣れない現象を各々目に焼き付けていた。そもそもバグという概念を知らないNPC組はミレイの出まかせである催眠という言葉を裏付ける異変となった。


「さっきは思い切りスカしたからな……今度こそいくぜ、オラァ!!」


 レンは歪みに向かって剣を振るった。切り開いた歪みから現れたのは独特の配色が施された球体のノイズの塊だった。


「菴墓腐縺薙?蝣エ謇?縺後o縺九▲縺滂シ」


 球体からは謎の音声? もしくは鳴き声のようなものが発生していた。


「何コレ!? 気持ち悪ぅ!! こんな魔物見た事ないわよ!!」


 ミィナはさも自分の部屋に現れた大きい虫をみる様な目でバグを睨みつけた。


「どおれ、ちょっと試し切りだ」

「いや、やめておいたほうがいいぞ。銃や弓矢ならともかくに直に触れないほうがいい」

「やるとしたら、この剣でだよな? ミレイ」

「あぁ、その通りだ。レン、トドメだ。放っとくと街中おかしくされてしまうぞ」

「おうよ!」

「縺雁燕繧ゆサイ髢薙↓縺励※繧?k」

「何言ってるか分からねぇが、俺達の世界をめちゃくちゃにするんじゃねえよ!」


 渾身の一振りで球体は真っ二つになった。プログラムとして維持出来なくなり、数字や文字列を辺り一面に排出し消滅していった。


「終わったのか……?」

「デバッグ完了だレン、お疲れ様」

「ということは……!」

「街の外にもギルドにも行けるようになったと思うぞ」

「本当か!! ちょっくら確かめてくるぜ!!」


 ソルは、いの一番にギルドに向かって走り出した。


「でも不思議ですね、これに気づける人と気づけない人がいるなんて」

「今は気付く気付かないの違いかもしれないが、いずれはみんなアレに関与出来るようになるかもしれないぞ?」


 その時、ギルドに向かって走って行ったソルが帰ってきた。


「ギルドに行けたぞ! 今夜はギルドで宴だぜ! 酒もガンガン飲もうじゃねぇか!!」

「まーた酒? やめときなさいよ」

「いいじゃねぇか。ようやく奇妙な催眠とやらを打ち破ったみたいなんだから」

「あれ? そういえばミレイとレンは?」

「なんか、さっきの催眠を調べるだか何だかで離れましたよ。先にギルド行っててくれって」


※ ※ ※


「はぁ、ようやく一息つけたな」

「問題は山積みだがな」

「ミレイはここに来てどれくらい経つんだ?」

「12日程かな」

「そんなに!? あっちでは3日くらいしか経ってないのに!!」

「寧ろその程度で良かったよ。仮にこのラグが数年単位とかだったら完全に詰みだったさ。プログラミングだけじゃこの大規模なバグは直せない。それに……」

「それに?」

「いや、本来バグというものはゲーム側で認知出来ないものなのに、それを認知出来るキャラがいる。これは下手をしたらゲームのシナリオそのものが変わるんじゃないかと思ってね」

「そんな事にまでなりかねないのか……」

「だから言ったろう? 問題は山詰みだと」

「まぁ、2人でやりゃちょっとは荷が軽くなるだろ?」

「10年ちょっとで随分と私に大仰な事が言えるようになったものだな」

「そう言うなって。一緒に喜んだり愚痴の吐き場所があったりするのも悪くないだろって」


 レンは握り拳をミレイに向けて突き出す。


「マイペースな発想だが、一部賛同してやる」


 ミレイの口調はどこか呆れ気味ではあったが、ま満更でもない表情だった。ミレイもレンの拳に対して自身の拳をぶつけて返した。

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