王子会議
朔 伊織
僕の愛と時空。
別次元に世界があると知ったのは、学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡してから1時間後の事であった。
ガーデリア王国第一王子である僕は、セシリア・ディル・ガーデリン公爵令嬢と13年前の今日、つまり5歳の時から許嫁関係であったが、彼女の横暴な態度や税金を湯水の如く使う姿に呆れ果てていた。そして4年の学園生活も半ばに差し掛かった頃に現れたルナ・イーハン男爵令嬢に僕が心を奪われたと分かるや否や、彼女に対して悪辣非道な行いをしたのだ。ドレスを破き、お茶会では仲間外れにし、男爵家を取り潰そうともした。
僕がその事実を知ったのは情けないが卒業を目前に控えた頃。校舎裏の庭園でセシリアに泣かされているルナを見た事がきっかけだ。駆け寄ると、それまで気丈だったルナからは想像もつかない程取り乱し、セシリアは罰が悪そうにその場を去った。問いただせばルナの愛らしい口からポツリポツリと語られた信じがたい悪魔の所業の数々。
『其方を二度とそのような目には合わせないと誓う…!だから、僕と結婚してくれ』
迷いはなかった。彼女の美しいガラスのような瞳からこれ以上涙が落ちるのを見ていたくなかった。
ルナはかなり驚いた様子ではあったが、差し伸べた手を握ってくれた。
そうして、卒業パーティーに至る。何も望んでいない、静かに卒業したいと言ってはいたが、このまま黙っているわけにはいかない。どうせなら今後セシリアが社交界、いやガーデリア王国で生活ができないようにしなければいけなかった。仮にも公爵令嬢であり、王族にも血縁者がいるような家系である。そのような一門の長女が卒業後どんどん力をつけていき、王妃を廃そうとしてもおかしくなかった。
『…よって其方を社交界から永遠に追放する!申し開きは聞かんぞ!』
『よろしいので?殿下は私に自らの行いを振り返れと常々仰っておりましたけれど、ご自分は如何なのです?』
『貴様、不敬罪も追加されたいのか?となれば国外追放も』
『結構。殿下がお決めになられた事ですもの。素晴らしい王になられる為の御決断でございますわ』
…と、言い放ちセシリアはすごすごと会場を後にしたのだった。
ここまではよかった。
ルナも、同窓の侯爵令息ヘンリー、リヒト、教員のスミスでさえ、近衛騎士であるルヴァートがため息をついていた事は引っかかったが、会場の皆も僕の対処に不満を持っていなかった。むしろ褒め称えそのまま結婚式を開く事ができそうなほどであった。
しかし、王立学園であったために同席していた父上と母上がものすごい速さで大臣を呼びつけ、早馬も驚くほどの速さで僕を王城に連れ戻した。
そして執務室で父上の帰りを待つように言われ、戻ってきた父上に往復ビンタをお見舞いされ背負い投げに続き腰に下げられていた飾り剣で喉笛を切られそうになるまでにかかった時間は経ったの10分である。学園から王城までは普通20分かかるのだ。普通は。
『馬鹿な息子ほど可愛いというがお前はただのグズだったようだな』
ちなみに父上は度重なる戦争を国土拡大をもって終わらせた武人である。
『令嬢に申し開きがなんとか言っていたがお前こそあるんだろうな?私を黙らせるほどの理由が』
『父上、先ほどの話を聞いておられなかったのですか?セシリアは僕のルナに対して…!』
『どうやら本当に馬鹿なようだな。その頭の中に味噌は詰まっているのか?ん?今すぐ確認してやろう』
『ち、父上!本気ですか!?』
ちなみに父上は冗談を言わない。
とはいえ頃合いを見てそばに立って見ていた大臣がまぁまぁと父を取りなす。もう少し早くしてくれなかったのか、鼻の横を生暖かい液体が垂れている気がするのだが。
僕は父上の行動が全く理解できなかった。王国の憲法に王族が婚約破棄してはいけないという条項はなかったはずだ。幼い頃から帝王学を学び、学園で法学を専攻していたのだ、間違うはずがない。
それとも気が触れてしまったのだろうか?ここ10年ほどこの国は平和を謳歌している。そろそろ戦に出たいのだろうか?しかしこれ以上版図を広げても管理不行になるだけで、反乱の恐れも出てしまうのだが…
などと考えているとまた一発ビンタをお見舞いされた。
おかしい。本格的におかしい。
いくら厳しい父上とはいえ、鍛錬以外でこのような事をなさらなかった。
呆然と、父上の顔を見ていると背後で人が動く気配がした。ハッとして振り返れば何やら大きな包みを持った母上が涙ぐみながらドアの向こうにいた。
『母上!父上がご乱心です!』
『乱心しているのは貴様だ!』
駆け寄るとこちらからももう一度頬を打たれる。そろそろ原型を留めていない気がしてきた。
『あれっっっっだけ女性には心を砕き尽くしなさいと教えたのに!ポッと出の女に惑わされてあんな公衆の面前で恥をかかせるなんて…ハエでも貴方より礼儀を弁えているわ!』
『僕はハエ以下ですか!』
『とうとう言葉も理解できなくなったの!』
僕は何が何だかわからなくなった。なぜ愛を貫いただけなのに、ここまで言われなければならないのだ。いくら血のつながった両親で、王とその妻で、かけがえのない存在だとしても酷すぎやしないか。
もう放心状態だった。
しばらく沈黙が流れた。父上が剣を鞘に収める音で我に返ると顎で座るように促された。勿論床である。椅子に座ろうとしたら睨まれ、子犬のように縮こまった。
『お前には王となるために様々な事を教えてきたつもりだった。良き王、良き夫、良き人となるために母と二人で愛してきたつもりだった。お前はそれを全てなかった事にしたのだ』
低く、落ち着いた声だった。眼差しも。
『確かに政略的な面も含めた婚姻だった。しかしお前もセシリア嬢も、共に成長しこの国の行く末を語り合う仲だったはずだ。知っているぞ、お前が彼女を隠し撮りして手帳に挟んでいることも』
やめてくれ、いい感じに僕も落ち着いてきていたんだ。
『しかしお前は事実を確認せず、一方的な証言を聞いただけで物事を勝手に押し進めた。そして一人の人間の尊厳を傷つけ笑者にしたのだ。たかが18の若造が一丁前に他人を裁こうとしたのだ!』
『しかし…』
『しかしも何もあるものか。社会に出たこともない、自分で何かを運営したわけでもない、すでに作られた料理を皿に移した事しかない子どもが己の勝手な判断で全てを台無しにしたのだ』
やはり怒鳴るわけでもなかった。ただ淡々と述べられていった。これなら先ほどのように投げ飛ばされる方がマシかもしれない。「怒られる」という事がこんなにも恐ろしいとは思わなかった。僕は今人生で初めて「怒られて」いた。
傍らに母上が持っていた包みが置かれた。確認しろと言われ、中身を見るとこの国の伝統服一式に…
『これは、何でしょうか。懐中時計ではなさそうですが』
チェーンのついた丸い機械が入っていた。つまみを回すと蓋が開き、何やら細かい記号が書かれている。
『それは空間転移装置だ』
『古の魔具ではないですか!とうに滅んだのではなかったのですか』
頭を振るという事は、そうではなかったのだ。
八の大陸と数多の国が存在するこの世界で魔具が太古の昔に存在していたかもしれないと言われるものであった。まれに宝石に蓄積されている地脈を運用する能力を持つ者が生まれるから、現実味の高い伝説として扱われていたが、まさか実在するとは思いもよらなかった。
だが、なぜ空間転移装置を僕に…?
疑問はすぐに解けた。父上が紙を投げてよこし、そこに書かれている文章を読み上げたからだ。
『…ヴィクトール・ゼラ・イル・ガーデリア、上の者を亜種攻略者として認め、ガーデリア王国王太子としての権力を全て剥奪する。並びに亜種攻略者矯正院への入院を許可するものとする。ギルベルト・テウ・イル・ガーデリア…父上、どういう事です?』
『訳すとお前はその矯正院に行き性根を叩き直すという事だ。正しい道を見つけるまで帰国してはならん』
『その矯正院とは一体』
『お前のようなバカがこの世界とその他にも沢山おるという事だ』
つまり
『今からお前は別時空に飛ぶのだ』
はい??
…これが、卒業パーティーから一時間のうちに起きた出来事。
そして今僕の目の前には広大な敷地と嘘のように大きな館が建っているのだった。勿論、我が国にもこんな建物はないし、
「そもそも島が空に浮いているのだが」
腫れた両頬をさすりながら後ろを振り返る。そこには呆れるほど綺麗な空と雲があるだけだった。
僕はどこで何を間違えたのだ?
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