真夜中の訪問者

新田幸ノ介

 真夜中って楽しいよね


 深夜二時は一番好きな時間だ。

スマホを片手にむくりと起き上がりベッドから這い出すが彼女は俯せたまま微動だにしない。そこらにあるジャケットを羽織って玄関を飛び出す。この時間帯の静けさは格別で気分が高揚してくる。口笛を吹いて小躍りしたい気分だがこの時間でも稀に通行人とすれ違う事があるから油断ならない。酔っぱらいなら気にしないがシラフの住人に通報でもされたら夜の散歩が台無しだ。


「ねえ。聞きたい事があるんだけど」


 振り向くとパンツスーツ姿の女が挑むような眼差しで立っていた。長く垂らした髪をかき上げて俯く顔は見覚えがあるようにも思えたし全く知らない気もした。近頃は髪型もメイクも似通ったばかりの女が多くて見分けに困る。きつい切れ長の眼差しは好みだ。


「不審者を探してるの。半年前にお姉ちゃんが殺されて」

「そうなんだ。可哀想に。でもこんな時間に出歩いてたらお姉さんも危ないよ。警察に任せた方がいいんじゃないの」

「……お姉ちゃん、交友関係が派手だったから。警察はもう頼りにならない」


 だから、自分で。そこまで言って息を吐いた女の声は震えていた。憔悴した表情を見せたあとで疑うようにこちらを見つめる。


「ここで何をしていたの」

「散歩だよ。昼間の騒々しさが好きじゃないから真夜中に散歩するんだ」


 足元でちりんと鈴が鳴る。

赤い首輪を付けた黒猫が足元にまとわり付くのを見て女は不意に表情を和らげた。しゃがみ込みおいでと猫に呼びかける。身体をすり寄せた猫は一声鳴くと自販機の脇に走っていってしまった。闇の中に煌々と光る自販機の明かりが僕と女を照らし出す。

今夜も暗幕を垂らしたように月明かり一つない、いい夜だった。


「飲みなよ。落ち着くから」


 買ったばかりの飲み物を受け取って女は暫く逡巡し、こくりと頷く。ありがとうと微笑む女の喉がゆっくり嚥下するのを見やる。


「もう帰った方がいいよ」


 お姉さんが待ってる所へ。

倒れた女の手元から転がり落ちるぬるいペットボトルをサンダルで踏み止める。取り出し口からよく冷えた水を引っ張り出して口を付けた。ああ、今夜の狩りの一人目でなかった事が残念だ。香水にまみれた厚化粧の姉さんより好みだったのに。



 まもなく深夜二時五十九分になる。

今夜の散歩はこれでおしまい。






 

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真夜中の訪問者 新田幸ノ介 @niko_25

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