翡翠

生焼け海鵜

翡翠

第1話リメイク

 それは、緑色をしていた。滴る水に隠れ、私を殺したのである。

 ただ、その殺し方は奇妙で、噛まれただけであった。


 私は現在、床でくたびれている。

 そして、それは何かわからぬまま、姿を消した。それは緑だった。

 

 この洋館は、そこまでボロくはないはずなのだが屋根が抜け、空が見える。


 逸話なのだが、河童をご存知だろうか? それが存在するのであれば、私はそれの仕業にする。でも、あまりにも根拠に欠け説得性がない。


 しかし、それは緑だった。

 確かに、人間が一番見やすい色だという事を考慮したとしてもあれは緑だった。


 不意に雀が鳴いている。

 いつも聞き慣れたその音なのだが、何か不安に感じる。

 

 どこか、不安に駆られるこの音。

 野に鵜が潜らないのは承知している。

 ありえない。そうありえない。

 

 雀ごときで、恐怖を感じていれば私は何故この洋館にいるんだろうか?

 呼ばれた?

 

 緑に?

 わからない。


 それは緑だった。

 それしか思い出せない。


 緑だったそれは、ただひたすらに動き回っていた。

 水のように、また滝のように動き回った眼光。

 でも、そこに恐怖はなく、好奇心しかない。


 魚が泳ぐ事を当たり前にするように、私も当たり前に呼び寄せられた。


 私は、何をしに来たんだ?

 目に映る光景は、雲一つとはいえないものの美しい青空で、それでも私には勿体ない。


 緑が転がっている。

 それは石なのかわからないが、角ばっていた。

 緑だ。


 緑だ。


 雀が私に近づいてきた。その眼光は見た事もない色をしている。

 それは緑だ。

  

 首をかしげた雀だが、その丸っこい容姿は相変わらずで可愛らしい。

 

 雀が歪んだ。緑色に。

 映像が途切れたテレビ如く。


 そうか。私、死ぬのか。


 わからない。

 私の頬を撫でる雀。

 とても可愛らしい。


 空が見える。

 雲はあるけれど美しいその空は、私には勿体ない。


 緑色。


 魚が跳ねた音がする。

 音を流し水も流した河に住む魚。


 いつも何も。なんでも。

 魚は何でもいいか。


 水?

 そうか。


 雀が笑った。

 緑?


 この洋館は、森の奥。そこにある。

 ゴーストタウン化した、その町に人の匂いなど存在しない。

 緑に飲み込まれた町。

 私は禁忌に触れたのだろうか?


 日差しが眩しい。

 でも、いっか。

 

 もう少し生きていたかった。

 それこそ、結婚して、幸せを謳歌して。

 幸せのまま死んでいく。

 そんな未来がいい。


 幸せの色。

 それは緑。


 それは、語りかけた。

 世界は毒。世界は苦しい。世界は辛い。でも貴方は?


 わからない。

 そんな感情の蜷局を巻く。


 それは、語りかけた。

 世界は明るい? 世界は安全?


 毒蛇は蛇足を生やし、蜷局を解く。

 

 わかりたくない。


 情景が変わる。


 草木は風を撫でた。

 河は貴方を包み込む。

 魚は貴方を尊敬した。

 石は緑に輝いた。


 私は、河に落ちている。

 緑色の河だ。


 なんでもいいや。

 そう思った。


 スマホの通知音は鳴り響く。

 それを探すが、でも見つからない。

 見つけたい。見つけたい。

 結局、諦めた私は穴の空いた天井を見た。


 この、雲の有る完璧ではない青空でも私の生き方では歩けない。

 そう思った。


 世界は辛い。世界は苦しい。

 でも、何か希望があるのではないか。


 そう思った私は、ひたすらに思考を巡らせる。

 でも、出てくる思い出全てが辛く残酷な思い出。

 夢。夢。夢。


 気づいた時には遅かったのかもしれない。

 

 体の大半はもう腐りきっている。

 溶けた精神に、コアなど存在しない。

 崩れたコアは緑色。


 緑。緑。緑。緑。緑。

 

 その色ばかりが、思考に染み付いていく。


 緑ってなんだ。分かるのは、その色はキレイな植物色。


 でも何もない。

 あはは。


 河は、音を立てて笑った。

 行き方はそれでいいのだろうか? そんな事を言っている。


 雀は私を千切っては飲み込んだ。

 イモリも不思議そうに血を啜っている。

 ヤモリは闇を照らした。


 捨てられた私。

 殺された私。

 でも、何か心地が良い。


 ふふふ。


 雀は語った。私の事を偉いと。

 そんな話。

 

 生きている以上の事をしていて偉い。僕なんか、生きる事だけで精一杯だよ。

 でも、なんで君は他の人に評価されないの? おかしいよ。君は生きる以上の事をして頑張っている。それだけで凄い事。なのになんで? 教えてよ。これ以上に頑張ったら君が壊れちゃう。休憩して? 君は生きているだけで、偉い。


 偉い? 私が?

 除け者された私が偉い?


 なんでもいいか。


 雀は続ける。


 でも、緑、怒ってる。命を食べて生きる事は普通。でもなんで緑怒ってる?

 君は偉い。生きる以上の事をしている。でも緑が怒ってる。なんで?

 ふふふ。僕にはわからないや。でも一生、君と話しをしていたいよ。


 時は流れ、雨が降ってきた。

 黒い雲が空を覆っている。だけど、私ごときが、この絶望に浸って良い訳が無い。苦しむ人間など、星の数ほど居る。

 自分は、その人達より元気である、と思っている。

 そう思いたい。


 空は、雀から体力を奪った。

 私の近くにいた雀は、濡れた服を着ながらも笑い続けている。


 私は、申し訳無いと思った。


 雀は言った。君なら大丈夫。きっと大丈夫。

 そう、囁き続けた。


 河は濁流となり、魚すらその姿を表さなかった。

 そんな所に放り投げられた私。

 でも、雀が居てくれるから、元気が出た。その冷たい雀を生きていると暗示をかけ続けないとならない。


 雀は喋らなくなった。

 でも、居る。

 居るんだ。


 生きなければならない。

 理由など無い。生きているだけで、褒められるべきなんだ。そう雀は言った。


 そうなのか?


 いいのだろうか?


 でも、何か違う気がする。

 私は、一体。


 緑は、再び私を噛んだ。

 血中組織を破壊するその毒。全身に巡る。


 でも、生きなければならない。

 

 視界に映る色。それは、緑。


 緑。緑。緑。緑。緑。

 肉食植物は言った。小賢しい、と。

 空は言った。おかしい、と。


 緑は語りかける。

 世界は、毒だ。苦しい辛い、そんな世界だ。


 空に雲が見えた。完全な青空では無いけれど、私には勿体ない。

 空に雨が見えた。辛く息苦しい世界だけれど、私には暗すぎる。

 空に青が見えた。雲一つ無いキレイだけれど、私では場所違い。


 空に緑が見えた。ああああああああああああ、あああああああ。


 あああ。あああああ。


 あああああ。

 あああああああ。

 あああああ。

 あああああああ。

 あああああああ。



 なぁ居るんだろ?

 君だよ。君。

 私の心を見ているんだろ?

 なぁ、君。どう思う?

 なぁ? なぁ。

 答えてくれよ。


 濁流が見える。キレイで汚いそんな河。

 私は嘆く。 


 そうだ。ごめん。ごめん。初対面だよな。

 すまない。馴れ馴れしかった。


 君なら、どう思う?

 生きるってなんだ?


 なぁ。


 蝉は鳴いている。

 季節は夏。

 時として、正午という所だろうか?


 生物として、多様な生き方のできる時期。

 生物は、命を消費しその多種とのバランスに貢献している。 

 生物は、数を増やし、また命を繋ぐ為に死ぬ。

 生物は。

 生物は。

 生物は。

 生物は、緑だ。

 植物。それは緑だ。


 星空が見えた。

 それは、無数の結晶を散りばめた美しい景色で、自分なんてチッポケだなと思えてしまう。


 河で魚が跳んだ。水の音がする。

 蝉の音がする。獣道から物音がする。

 静かな世界。


 エンジンの音がする。規則性の有る鳴き声が有る。

 煙は空へ昇っていった。アスファルトから熱気が上がる。

 五月蝿い世界。


 いや、蝿に失礼だ。

 人間的いうるさい世界。



 なぁ? 

 君は、ゲームをするかい?

 そうか、そうか。

 それも、君らしくて良いね。私は良いと思うよ。


 君は空の色はなんだと思う? 

 おぉ。君はそう思うのか。良い感性だね。


 君は、好きな食べ物はあるかい?

 私の知らない食べ物だね。君が好きならば、きっとこれ以上無い程に美味しんだろうな。


 君は何がしたい?

 そうかい。そうかい。君らしくて良いね。


 でもね。この世の中は毒だよ。適量なら薬だけどね。

 頑張って生きてね。


 

 穴の空いた屋根には、雲が少々有る青空が見えた。

 不完全なその空だけども、私には勿体ない。


 緑。緑。緑。


 河から魚が顔を出した。

 雀が鳴いている。

 烏は考えた。

 蜥蜴は陽気に触れ、蝙蝠は眠りについた。


 朝が来る。

 時が来る。

 

 緑は息を止めた。

 緑。緑。緑。


 緑の葉

 水を吸い上げ

 ばら撒いた

 驚き空気

 冷やした陽気


 ふはは。

 僕らは笑う。

 生命として。また魂として。

 悔いだと思わず、悔いすら知らず。

 生きて繋いで、また廻る。

 

 食べて、育ててまた廻る。

 殺して、産んでまた廻る。


 ははは。



 ねぇ、君そこに居るんだろ?


 君だよ君。


 今、私の心を見てるだろう?

 そう君君。


 君は、どう思う?

 この世の中は、辛辣で恐ろしい世界だよ。

 

 君はどう思う?

 生きてるって何?


 君はどう思う?

 死ぬって何?

 

 君はどう思う?

 生きるって何?


 君はどう思う?

 君が生きるという事は、多くの命を食べるんだ。


 君はどう思う?

 君が食べた命より、自分が立派だと地球に言い張れるか?

 

 君はどう思う?

 緑ってきれいだよね。


 君はどう思う?

 そんな怖い顔しないでくれよ。

 君は、口角を上げて笑っていればいい。


 何を話そうか。

 君の知らない事を話そうか。

 

 人間って賢い生き物なんだ。

 すごいよね。


 人間って優しくて強い。

 他の生物が尊敬している人間。


 君はどうかな。

 尊敬されてると思うかい?


 君はどう思う?

 自分に自信があるかい?


 うん。

 あはは。


 そうそう。笑って命を食べて何もせずに生きればいい。


 君はカッコいいよ。


 本当だって。

 君からは緑色のオーラが見える。


 頑張って生きている証拠だよね。

 私もそんなオーラが有ればよかったな。


 ねぇ君ってゲームする?

 それこそ、パソコンゲームとかスマホゲームとか。


 そうか。そうか。

 君はそのままでいいと思うよ。


 生きているだけで偉いね。

 すごいよ。


 君は、頑張っている。

 私以上に。


 あはは。


 君は、緑。


 緑なんだ。


 緑。


 あはは。


 世界って、不平等だよね。


 なんで?


 なんで。私が死ななきゃいけないの?


 君は緑。


 緑。


 殺した。


 思い出せ。


 殺した。


 殺した。


 殺した。


 ふふふ。


 でも生きていて偉いね。その殺した命より偉いね。


 君は何がしたい?


 そうか。そうか。

 それでいい。


 君。空は好きかい?


 うんうん。

 なんでそう思ったの?


 へぇー良い感性だね。

 すごいよ。私では、思いつかないよそんな事。


 良いね。


 あはは。

 あ、君の後ろに緑が。


 緑。

 緑。


 ごめんごめん。嘘だって。


 息してて偉いね。

 でも、食べた命より立派だって思う?


 あはは。分らないよな。


 そうそう。私は緑に殺されたんだった。


 じゃあね。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 緑。


 うふふ。


 君が殺した命だよ。



 ただ、それが何かか分からぬまま、姿を消した。

 それは、緑だった。それは緑。緑だったんだ。


 生きているだけで褒められるべきで、それ以上のものを求めてはいけない。

 バックアップすらもする必要のないPC。



 遠い意識の中、それは語りかけてきた。

 でも、悪いとは思わない。


 水は音を立てて流れ落ちた。


 それは幸せなのかもしれない。ただ、涙は流れるもので勿体ないと思う。


 暖かい日差しが降っている。

 穴の開いた屋根からは青空が顔を出している。

 雲もあって、完全な青空ではないけれど、私には勿体ない。


 人間って優しくて強い。

 他の生物が尊敬している人。





 現場から佐藤さんです


 つい先日、廃墟となっていた洋館で、白骨化した遺体が見つかりました。

 警察は、身元の特定を急ぐと共に、何かしらの事件性があると見て調査を続ける方針です。


 昨夜、この洋館の持ち主が訪れた所、白骨化した遺体を発見しました。

 この遺体は、苔すら生えており、相応の時が流れたと思われます。

 しかし、この洋館はつい先月廃墟となったばかりで辻褄が合わないと、関係者への取材で明らかになりました。


 何者かが持ち込んだ、とも考えられるそうですが、それでは”床にまで生え広がった苔”の説明がつかないとの事です。


 そして、この洋館の持ち主なのですが、警察への通報後、意識不明となり緊急搬送されました。この時、「緑、緑」と呟いていた事から、相当なショックを受けたと見て取れます。

 現場からは以上です。



 ありがとうございます。

 佐藤さん。不可解な事が多いのですが、とういうことなのでしょうか?


 はい。こちらも、上手く状況把握が出来ていない状態です。ですが、奇妙な事にこの地域に伝わる伝説と今回の事件に、多くの共通点が見つかった事から、何かしら全知を超えた事件とも言えそうです。


 はい。ありがとうございます。

 その伝説というものを、詳しくお願い出来ないでしょうか?


 はい。その伝説なのですが、この地域に昔から祀られているりょくえんの神の伝説です。この神様はですね、みどりと書いてりょくえんと読むのですが、これは植物と動物を繋ぐ神だとされています。

 数百年に一度、選ばれた者がこの地を訪れ、命を落とすと言われ、この時ですね、平安から続く書物によりますと、”異常な早さで遺体を苔が包む”とされています。

 そして、その苔ですが、その遺体の肉を食らうとされています。その肉を食らった苔から出た粉を吸い込んだ者の思想を正すと言われています。


 思想を正す? それって一体どういう事でしょうか?


 はい。残念ならが、どの書物にも記されていない為に不明のままです。


 なるほど分かりました。では進展があり次第報告をお願いします。


 はい。分かりました。ですが、それにしても雲は有るけどキレイな空ですね。


 え? 今なんて言いました?


 え? 空がキレイだと。

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翡翠 生焼け海鵜 @gazou_umiu

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