第5話・ベル・ガンドールの価値
「ベル! やったな!」
「ベル、すごいわ!」
そう言ってベルの名前を呼んだのは、彼女の幼馴染のタイラーとマディの二人だった。
ベルが緊迫した状況で魔法を使うのが苦手だった事を知っている二人は、彼女の防御魔法が成功した事を喜んだ。
二人の声を聞いて、ベルはフェンリルの腕の中で、ほっと息をつく。
大切な人たちを守る力が自分にあった事が、嬉しかった。
「ベル・ガンドール……あの娘、本当に、本当にこんな力を持っていたのかっ!」
ベルの防御魔法の力を目の当たりにしたオウンドーラ王は、興奮していた。
この国の守りのためにも、どうあってもあの娘を手に入れたいと思う。
「素晴らしい力だ、ベル・ガンドール。もしかすると、お前さえ手に入れれば、ギルベルトもフェンリルも必要ないかもしれないな。おい、この防御魔法が消えたら、何としてもあの娘を手に入れろ!」
「はっ!」
オウンドーラ王は、騎士や兵士たちにそう言い放つと、ベルの防御魔法に守られている傭兵たちに、ニヤリと笑いかけた。
ベルは体調があまり良くないようだから、この防御魔法が長くは続かない事を、オウンドーラ王は見抜いていたのだ。
「みんな、ごめんなさい……」
「ベル、大丈夫だ……」
「でも……ごめんなさいっ……」
防御魔法を使う事はできたけれど、長くは続かない――それを見破られたベルは最後の力を振り絞り、意識を失った。
ベルが力尽きた事により、防御魔法はもうしばらくすると消えてしまうだろう。
「ベル……よく頑張ったな……」
フェンリルは意識を失ったベルの額に愛し気に唇を寄せると、彼女の体をギルベルトへと預けた。
「フェンリル、今ここで誰も殺すなよ。血に塗れた腕にベルは抱かせないぞ」
「仕方ねぇな」
フェンリルは舌打ちし、視線をオウンドーラ王へと向ける。
「おい、オウンドーラのおっさん。俺のベルをお前なんかに渡さないぜ」
「ははは、そんな強がりを言っていてもいいのか? 娘は意識を失ったのだろう? 防御魔法はそろそろ消えるはずだ。防御魔法が消えれば、もうお前たちを守るものは何もないではないか。捕まって娘を奪われて、それで終わりだ!」
オウンドーラ王は、自分のすぐそばに居た騎士に、防御魔法が消えると同時に攻撃をするように命令をすると、再びフェンリルへと視線を戻して挑発するように言った。
「捕らえた娘は城の地下に閉じ込め、防御魔法でこの国を守らせよう。お前たちには娘の負担を少しでも軽くするために、東と西の砦を守り続けてもらおう」
オウンドーラ王は、自分が有利に立っていると信じて疑っていなかった。
だがーー。
「ど、どういう事だっ!」
防御結界が消えた瞬間、傭兵たちを囲んでいたはずの騎士は震えながら膝をつき、兵士たちは全員床に倒れて気絶していた。
「おい、お前たち、どうしたのだ! 一体何があったのだ!」
オウンドーラ王は、すぐそばに居た騎士へと視線を向けた。
騎士は片膝をついて俯いており、震えながら呟くように言う。
「こ、怖い……」
「怖い? 何の事だ?」
首を傾げながら、オウンドーラ王は、必死に視線をどこかに向けようとしている騎士の視線の先へと目を向けた。
騎士の視線の先に居たのは、フェンリルだった。
フェンリルはオウンドーラ王へとニヤリと笑いかけると、
「少し殺気をぶつけただけで膝をつくなんて、頼りない騎士様たちだなぁ」
と、言った。
この声を聞いた騎士たちは、がたがたと震えて次々に気を失い、この場で意識を保っている者は、最初から居たオウンドーラ王とコールド伯爵家の者だけだった。
「な、なんなのだ、お前は……私の騎士たちに、一体何をしたのだ!」
「騎士と兵士にだけ向けて、殺気を放ったんだ。アンタらには放ってねぇから意識を保ってられるんだ。本当ならアンタら込みで全員ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、お情けで戦力は残しておいてやったぜ」
フェンリルは倒れた騎士や兵士へと、呆れたような目を向けた。
自分が放った殺気を受け止めきれずに気絶する騎士や兵士が、魔物相手に通用するのだろうか。
だが、こんなのでも居ないよりはマシではあるのだろう。
「ではオウンドーラ王、これで俺たち西の森の第一砦を守っていた傭兵たちは、貴国との契約を終わらせてもらう。あとは自分たちで何とかしてくれ。そのための騎士や兵士のはずだからな」
フェンリルはそう言うと、オウンドーラ王に背を向け、ギルベルトの元へと向かった。
無言で両手を差し出すと、頷いたギルベルトがベルの体を返してくれた。
気を失ったままではあるが、彼女の温もりを感じたフェンリルは、ほっと息をついた。
「フェンリル、お前たちはこれから、どこに向かうつもりだ?」
「そうだな……。ベルと一緒に居られるなら、この国以外なら、どこだっていい……。この王都で物資の補給をしたら、さっさと出て行こうと思っている。ギルベルトさん、アンタさえ良かったら合流するか? ベルが心配だろう」
「お前が、舅が一緒で嫌ではないのなら、な」
「構わないさ。アンタが居れば、ベルは喜ぶし安心するだろう。アンタこそ、大切に育てた娘がこんな傭兵と一緒になっちまって、申し訳ないな」
フェンリルの言葉に、ギルベルトは首を横に振った。
「そんな事はない。お前は、ベルが心から愛している男だ。では、私も合流させてもらおうか」
「あぁ、そうしてくれ」
フェンリルが頷き歩き出すと、同じようにギルベルトも歩き出した。
二人の後をタイラーとマディが追い、最後に残ったチェスターがオウンドーラ王に、
「それでは、我々はこれで失礼いたします」
と明るい声で言い、フェンリルたちの後を追った。
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