第6話・今は、教師として
灯里と話をした後、尊は灯里と共に聡の部屋に料理を運んだ。
聡はもう電話を終えていて、料理を載せるためにテーブルを準備していた。
「聡兄さん、お仕事のお電話は、終わられたんですか?」
そう言った灯里に、えぇ、と優しく微笑み聡は頷いた。
灯里が相手だと、聡はこんなにも柔らかく笑うのだなと尊は思った。
聡は灯里が大切で仕方ないのだろう。
運んできた料理をテーブルに並べた灯里は、
「じゃあ、ゆっくりなさってくださいね。私は部屋に居ますので、何かあったら呼んでください」
と言って聡の部屋を出ていく。
尊がありがとうと声をかけると、灯里は照れたように笑った。
尊は彼女の笑顔を見られた事が嬉しかった。
「古城、一緒に食っても良かったのに」
灯里が出て行った後ぽつりと呟くと、
「一応、今回は俺の客として招いたからな。それに、お前が一緒だと灯里様が緊張して何も召し上がらないかもしれない」
と聡が苦笑した。
「酒を飲むとも言ったからな……そんな席に、まだ高校生の灯里様を同席させるわけにはいかない」
「そうか」
別に飲まなくても食事をするだけでいいのではと尊は思ったが、聡の部屋にはワインやウイスキーのボトル、ビールなどが用意されていた。
酒を飲むと灯里に言った手前、聡は酒を飲まなければと思っているのかもしれない。
さぁ好きなものを飲め、と言われて、尊は缶ビールへと手を伸ばす。
「なぁ、聡。あいつ、マジで料理上手いな」
テーブルに並べられた料理は、量も種類もかなりあった。
出汁巻き卵、唐揚げ、サラダ、冷奴、えのきのベーコン巻、肉じゃが、フライドポテトのチーズかけなど、家庭料理もあれば居酒屋メニューもある。
「俺が客と酒を飲むと言ったから、いろいろと調べてくださったのだろうな。お優しい方だ」
「へぇ、勉強熱心だな。じゃあよ、ありがたくいただく事にするよ」
尊はそう言うと、灯里の作った料理に箸を伸ばした。
最初に食べたのは、肉じゃがだった。
美味いな、と呟くと、そうだろう、と聡が嬉しそうに笑う。
「なぁ、聡……」
「何だ?」
口に入れたじゃがいもを飲み込むと、尊は小皿と箸をテーブルに置いた。
「聡、ありがとうな。今日、呼んでくれてよ」
「あぁ。礼だからな。それに……」
「それに?」
「最近の灯里様は、少し元気がなかったからな。お前が来れば元気になるかと思ったのだ」
「ふうん」
どうしてそう思ったのか、尊は聡に聞きたくなったが、聞かずにおいた。
聡はきっと、灯里の尊への想いに気付いているのだろう。
そして多分、尊の灯里への想いにも気がついているのだ。
だけど、それは今言葉にして確認する事ではない。
自分は教師で、灯里は生徒で……聡は灯里の兄のような存在なのだ。
「尊……」
「何だ?」
「尊……灯里様はまだ高校生で……そして今は、大学受験を控えられている、大事な時期なのだ……」
そう言った聡に、あぁ、と尊は頷いた。
そんな事、他の誰よりも、尊自身が一番よくわかっている。
「わかってる」
「本当か?」
「あぁ。聡、俺を誰だと思ってんだよ。俺はあいつの担任の先生だぞ? あいつは俺の、可愛い生徒だよ」
今は。
最後の言葉を、尊は飲み込んだ。
すでに気付かれているのだろうが、灯里の家族である聡の前では言葉にするわけにはいかなかった。
「そうか……それなら、いいのだ」
尊の答えを聞いて、聡はほっとしたような表情をした。
「尊、今は教師として、灯里様を頼む」
「あぁ」
今は教師として、と言ったのは、その後は教師ではなく彼女と接しても良いという事だろうか。
ふとそんな事を思ったが、尊は深く追求しなかった。
多分、聞けば警戒されるだろうし、心を許してくれなくなるかもしれない。
聡は灯里に対して過保護な男だ。
「尊、乾杯しようか」
「あぁ、いいな」
尊は頷くと、缶ビールを開けた。
聡もグラスにアイスピックで割った氷を入れて、ウイスキーを注いでいる。
「乾杯」
缶とグラスをカチンと合わせ、尊と聡は酒を飲み始めた。
その後は灯里の話題には触れず、学生時代の話に花を咲かせた。
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