第11話・夢の終わり


「古城、送ってくよ」


 花火大会が終わり、尊が灯里を送ってくれると言った。

 聡はまだ仕事で、灯里を迎えに来る事が出来ないらしい。

 尊は自分を家まで送るためにアルコール類を口にしていないようだった。

 それを申し訳ないと思いながらも、灯里はまた尊と二人きりになれるのが嬉しかった。


「じゃあ行くか」


「はい。あ、あの……」


 尊の友人たちに挨拶をしようとした時だった。


「新堂、ちょっと待って! 灯里、ちょっといい? 話があるの!」


 雅に呼ばれた灯里は、彼女に引っ張られるようにして屋上の隅に連れて行かれた。


「雅ちゃん、どうしたの?」


 灯里が問いかけると雅は彼女にしては珍しくため息をつき、なかなか話しだそうとしない。

 先程まで楽しそうだったというのに、どうしたのだろうと思う。


「雅ちゃん……」


「灯里、あのね……」


「うん」


「アタシ、間違ってたみたいで……」


「え?」


「アタシ、新堂がアタシの事を好きって思ってたんだけど、それ、間違ってたみたいで……」


「そうだったの?」


 雅は尊が自分をよく見ているのを、尊が雅の事を好きなのだと思い込んでいたのだ。

 彼女があまりにも自信たっぷりに言うものだから、灯里もそれを信じてしまっていた。

 だが、尊が雅を見て居たのは、雅が兄である保によく似ていたからだという事を、灯里は先程尊から聞いていた。


「さっき、兄ちゃんが教えてくれたんだけど」


「うん」


「新堂ってさ、実は……」


「え?」


 灯里は雅が小声で言った事を聞いて驚いた。

 それがどういう事なのか、すぐに理解出来ずに固まってしまう。


「こら、雅! 古城と話すのはまた今度にしろよ! そろそろ送ってかねぇと、遅くなっちまうだろ!」


 尊の怒鳴り声が聞こえて、灯里は我に返った。

 隣に居た雅が、うるさいな、と舌打ちした音が聞こえる。


「じゃあね、灯里。また夏休み明けにいろいろと話してあげるわ」


「え? う、うん……」


 何の話をしてくれるのだろう?

 先程聞いた話の続きなら聞きたくない。

 そんな事を思いながら、尊は雅や今日一緒に花火を見た尊の友人たちに丁寧に礼を言い、尊と共に雑居ビルを後にした。


「古城、楽しかったか?」


 尊にそう問われ、灯里は、はい、と頷いた。

 本当に楽しかった。

 家を出てから尊に助けてもらうまでは、寂しかったり怖かったりしたけれど、今日はとても楽しくて幸せだったのだ。

 先程までは。

 今は先程までとは違い、少し辛い。

 少し寂しくて、切ない。


『灯里、新堂ってさ……ずっと奈央ちゃんの事が好きだったんだって……』


 先程、灯里は雅から尊の好きな人の事を聞いてしまった。

 時村奈央は美人で優しい素敵な女性だ。

 明るくてさわやかな尊とは、美男美女でお似合いだ。

 これって、失恋なんだろうなぁ、と灯里は思う。

 相手が奈央なら、絶対に敵いっこない。

 泣き出しそうになるのを灯里は必死に堪えた。

 だけど大好きな尊と二人、家までの夜道を歩くのはやはり嬉しくもあって、俯くのではなく、良い思い出にしなければと思う。


「私、ね……」


 あなたが好きです。

 この言葉を飲み込んで、灯里は別の話題を口にした。

 尊への気持ちは、ずっと胸に秘めたまま、彼にとって良い生徒でいようと思う。


「私、聡兄さんにお付き合いしている方が居たなんて、全く知りませんでした」


 灯里がそう言うと、尊は苦笑した。


「そうだな。聡、いつも灯里を優先させていたからなぁ」


「やっぱり、そうだったんだ……」


 灯里は、ふう、とため息をついた。

 自分は聡に迷惑ばかりかけているのだと思う。


「でもよ、聡は灯里が可愛いくて仕方がねぇんだって思う……。典子はさ、さっぱりしたヤツだから、本人も言ってたけど、聡やお前に怒ってなんかいねぇし、気にしなくてもいいと思うぜ」


 確かに典子はそう言ってくれていた。

 それを思い出した灯里は、はい、と頷いたが、聡には説教をしなければと思う。

 もう自分は大きくなったから大丈夫だと言って、大好きな人と結ばれてくださいと言わなければと思う。

 自分は失恋してしまったけれど、絶対に聡には幸せになってほしいから。


「灯里……」


「え?」


 隣を歩いていた尊が足を止め、灯里も足を止めた。

 彼は少し困ったような表情をして灯里を見つめていた。


「どうした?」


「え?」


「ちょっと泣いてる……」


 尊の手が伸びてきて、灯里の目元を擦った。

 泣いている、というのは本当だったらしい。

 灯里から離れた尊の指先は濡れていた。


「あ、あの、これはっ……」


 涙を堪えていたはずなのに、灯里は自分がいつの間にか泣いていた事に驚いた。

 だが、失恋してしまった事で切なくなって泣いてしまっていたのだが、尊は聡と典子の事で灯里が責任を感じてしまったと思ったらしい。


「おいおい、気にするんじゃねぇよ。典子、いいヤツだからよ。今日、お前に会えてすげぇ嬉しかったはずだぜ?」


「は、はい、私も、典子さんにお会いできて嬉しかったですっ」


 そう答えると、尊は優しく笑って頭を撫でてくれた。

 彼の優しい笑顔を見つめながら、灯里は思う。

 尊は本当に優しくて素敵な人だ、とも。

 彼は自分の王子様で、憧れの人で、恩人で、そして恩師で、今の自分を作った人だ。

 好きな人と結ばれて幸せになってほしい。

 そう思うと、感極まって涙が溢れてしまい、灯里は顔を覆って俯いた。

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