第9話・聡の恋人
郁美に髪の毛をアレンジしてもらっていると、チャイナブラウスを着た美女が優しく灯里を見つめていた。
髪のアレンジを続けながら、郁美が灯里の耳元で彼女が誰なのかを教えてくれる。
「灯里ちゃん、あのチャイナブラウスのお姉さんは、熊谷典子さん。隣に居る眉毛太目の男の人は、木村正義さん。二人とも聡さんの同級生よ。そして、典子さんは、聡さんの彼女」
「えーっ!」
灯里は驚いて思わず立ち上がり、大声を上げてしまった。
まだアレンジ途中だった髪が、はらりと解けてしまう。
「あ、あの、ごめんなさいっ」
灯里は郁美を振り返ると、頭を下げた。
だが郁美は、気にしないで、と言って、灯里をまた椅子に座らせて髪のアレンジを始める。
「そんなに驚くなんて、聡先輩、何も言ってなかったのね」
郁美が苦笑するのがわかった。
何も知らなかった灯里は、素直に頷いた。
知らなかったのは、自分だけだろうか?
和利は知っていたのだろうか?
いや、いくら灯里が鈍くても、和利が知っていれば教えてくれたのではないだろうか。
それなら、聡は灯里にも和利にも典子という女性と付き合っているという事を、言っていないという事になる。
「あ、あのっ」
聡の彼女だと紹介された典子を前に、灯里は何と言えばいいのかわからなかった。
「ふふっ。こんなに可愛いかったら、聡も大事で仕方ないわよねぇ」
典子は灯里を見つめながらそう言った。
その言葉で、灯里は聡が彼女の典子よりも自分のために時間を割いてしまっている事を知る。
「あ、あのっ、わ、私、知らなくて、ごめんなさいっ……」
聡と典子がいつから付き合っているのかはわからないが、多分、聡はいつも灯里を優先させてきたのではないかと思う。
今更謝っても仕方がない事なのだが、灯里は謝罪の言葉を口にせずにはいられなかった。
だが、典子は苦笑して首を横に振った。
「灯里ちゃん、気にしないで。謝らないでよ」
「でも……」
「いいのいいの! 私はね、そんな聡が好きなんだから」
「え?」
「そりゃあね、事あるごとに灯里ちゃんを優先させる聡に、昔は呆れる事もあったわよ? でもね、私はそういう優しくて融通のきかない、頑固者の聡が好きなのよ。だから、いいの。それよりも、聡が来れなくても、今日灯里ちゃんに会えた事が嬉しいわ。聡ったら、何回も灯里ちゃんに会いたいって言っても、全然会わせてくれないんだもの」
そう言った典子は優しく笑った。
聡の好きな女性は素敵な人だと灯里は思う。
「はい、出来た。今はコンパクトしかないけど、これで確認してみて」
ヘアアレンジを終えたいのは、灯里にコンパクトを渡してくれた。
灯里が借りたコンパクトで髪を見てみると、三つ編がカチューシャのようになっているアレンジだ。
「うわぁ、すごい……ありがとうございます」
「ふふ、夜だし外だからね、今日はこんな感じで。また今度いろいろやってあげるわ」
「すごく嬉しいです! ありがとうございます!」
ふと前を見ると、雅も灯里と同じ髪型になっていた。
「ほら、おデブさん。お友達と一緒の髪型にしてあげたよ」
「うん、まぁ、いいんじゃない?」
雅はコンパクトを見ながらそう言った。
「オイオイ、雅、お前、なんて言い方だよ」
あまりの雅の言い方に、尊が思わず突っ込んだ。
「そうだよ、雅。灯里ちゃんみたいに、零さんにちゃんとお礼を言わないとダメだよ」
保が少し恥ずかしそうに言ったが、雅は首を傾げ、零は気にしているようでもなかった。
「気にしなくてもいいよ、保。このおデブさんがこんななのは、いつもの事だしね」
「そうそう、だから零くん、またやらせてあげるわ」
「そう? まぁ、やってあげてもいいよ。おデブさんに似合う髪型の参考にさせてもらうから」
雅と零の言い合いは淡々と続いた。
これが二人のいつものやり取りなのかもしれないと灯里は思う。
言葉遊びのようで、とても楽しかった。
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