第7話・オトコゴコロが空回り


 彼女に何があったのか気になった尊は聡に連絡を取ったが、聡は何も知らないと言った。

 灯里と父親の仲は良くもなく悪くもなくという微妙な状態を保っているというし、聡の知る限り、最近は当麻も姿を現してないという。

 では、灯里は一体どうしたというのか。

 学校で何かがあったのだろうか。

 だがそれなら、自分に何か情報が入るのではないだろうか。

 尊は何とかして灯里から何があったかを聞き出そうとしたが、それが出来ないまま夏休みに突入してしまった。

 夏休みになっても教師である尊は毎日学園に足を運んでいたが、灯里の事が気になって仕方がなかった。

 夏休みが終わって二学期に会った時には、元の彼女に戻っていてほしい。

 体育館と体育教官室を行き来するたびに、灯里が毎日世話をしてくれていた花壇が目に入る。

 灯里の様子がおかしくなった翌日から、尊はこの花壇で灯里と会わなくなった。

 彼女は花壇の世話は続けているようだったが、尊に会わないように時間をずらしているらしい。


「俺……やっぱ何かしたのかな……」


 灯里が心配なあまり、何があったのかと聞き出そうとした事がまずかったのだろうか。

 それとも、もう自分を嫌いになった?

 そう考えて、尊は首を横に振った。

 それだけは絶対にない。

 何故なら彼女は、尊を嫌いだという素振りは微塵にも見せないのだ。

 ただ……彼女は尊を見ると少し寂しそうな表情をして、尊を見つめるようになった。

 少しでも尊のそばに居ようと頑張っていたのが、以前より一歩退いた場所から尊を見つめるようになってしまった。

 それは何故なのだろうと尊は思う。

 やはり自分が何かをしてしまったのだろうか。


「オウ、尊……」


「正志、卓也……」


 体育教官室でぼんやりと灯里のことを考えていた尊は、体育教官室に入ってきた正志と卓也を見て驚いた。


「どうしたんだ、お前ら……」


「俺が部活の後輩の様子を見に来たんだ。これから用事があるから、卓也は俺の付き合いで一緒に来た」


 正志はそう言うと、差し入れ、と尊に持っていたスポーツドリンクのペットボトルを放った。

 サンキュ、と言って尊はペットボトルを受け取ると、生徒である正志の差し入れをありがたく戴いた。


「お前ら、夏休みどうしてんだ? しっかり勉強してるか?」


 正志と卓也は受験生だ。

 尊の言葉に正志は苦笑し、卓也は無言で頷いた。

 二人の反応が自分の予想通りだったので、笑ってしまう。


「まぁ、俺は教師だから勉強しろって言わなきゃいけねぇんだけどよ、お前ら、勉強ばかりでなく、程よく遊べよ!」


「オウ、遊んでるぜ」


「あぁ」


 尊の言葉に正志と卓也は頷いた。

 ちなみにどこに行くのかと尋ねると、今から買い物に行くのだという。


「昨日は、俺ら二人で町内プールに行った」


「お前ら二人で?」


「あぁ。ガキばっかだった」


「だろうな」


 尊は行った事はないが、町内プールは子供向けの浅いものばかりだと聞いている。


「まぁ、久しぶりに行ったらそれなりに楽しかったな。ガキの頃から通ってたプールだしよ。昔は、灯里んちの聡兄ちゃんとオッチャンによく連れてってもらってたんだ」


 正志はそう言うと、昔を思い出したのだろう、楽しそうに笑った。

 尊は思いかけず出た灯里の話題に、驚いて正志を見つめた。


「聡?」


「知ってんのか?」


「古城の従兄だろ? 聡は俺の高校の一つ上の先輩なんだ」


「そうか。俺と卓也、小学校の頃から灯里のツレだったからな。俺ら二人、灯里と一緒に聡兄ちゃんにもオッチャンにも、すげぇ遊んでもらってたんだ。夏には聡兄ちゃんとオッチャンがいつもプールに連れてってくれてよ、アイス奢ってもらってな、灯里んちで一緒にスイカ食って宿題して花火してよ」


「花火大会にもいつも連れて行ってもらっていたな」


「そうか……」


 尊が一度会ったきりの子供の頃の灯里は、暗い表情で俯いていた。

 励ましはしたものの、この子供は大丈夫だろうかとその時は本気で心配した。

 だが、尊と会った後の灯里は正志と卓也という良い友達と出会い、楽しい子供時代を過ごしたらしい。


「まぁ、さすがに今はそこらへんのプールに灯里を連れていくわけにはいかねぇけどよ」


「え? なんでだ?」


 尊が首を傾げると、正志は呆れたような表情で尊を見つめた。

 正志の隣で尊を無言で見つめていた卓也が、ふう、と深いため息をつく。


「ガキの頃ならともかくよ、今のあいつをそのへんのプールに連れてってみろよ。スケベな野郎どもの注目の的だぞ?」


「そ、そうか……そう、だな……」


 灯里は美人で可愛くて巨乳のナイスバディな女の子だ。

 確かにそのへんのプールに水着姿で現れたとしたら、スケベな男どものオカズにされてしまうに違いない。

 尊は体育の授業で見た灯里の水着姿を思い出して少し赤面した。

 服を着ていてもつい見てしまう胸は、脱いだらさらにすごかった。

 彼女に学園指定のスクール水着を着せるのは犯罪というレベルだ。

 体育の授業だから仕方がないが、授業でさえあの水着姿を他の男の目に晒すのが嫌だと思ってしまったのだ。

 町内プールになど行かせられない。


「いくら俺と卓也であいつに変な男が近づかないようにガードしてもよ、視線ってのはガードしきれるもんじゃねぇだろ」


 確かに、と尊は頷いた。

 授業中も灯里のナイスバディに見とれている男子生徒を、何度プールに叩き落としてやろうかと思った事か。


「でも、じゃあ古城は夏でも泳ぎに行けねぇのな」


 灯里は運動神経もいいし、水泳の授業を見た限り、泳ぐのも好きなはずだ。

 なのにプールに行けないとは、若い女の子だというのに夏の楽しみを一つ取り上げられたようなものだ。

 そう思うと尊は彼女が少し可哀想になったが、


「いや、そうでもねぇぞ」


 と正志は言う。


「あいつ、その辺のプールに行けねぇ代わりに、今は妹と会員制のプールに行ってるし……。ほら、あいつ、一応お嬢様だからよ」


「あぁ、なるほどな」


 尊は納得した。

 時々忘れてしまうのだが、灯里は大会社の令嬢だった。


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