僕の二度目の恋と彼女の初恋は、卒業式まで実らない
明衣令央
第1章・二度目の恋と初恋と
第1話・過去の恋と、現在の両片想い
十六歳の春、彼は子供の頃からずっと好きだった女の子に失恋をした。
彼女は彼の親友の事が、ずっと好きだったのだ。
だが、彼の親友は彼の彼女への想いを知っていたから、ずっと彼女の気持ちを受け入れる事はなかった。
彼女の事を好きなくせに、親友がその気持ちを隠してしまう事が、彼は哀しかった。
彼の親友が気持ちを隠す事は、彼女をも傷つけた。
だけど彼女の気持ちは変わる事なく、彼ではなく、ずっと彼の親友だけを見つめていた。
やがて彼の説得と真剣な彼女の想いは彼の親友に伝わり、彼の親友はやっと素直になって、彼女の気持ちを受け入れた。
良かった、と喜び彼は笑顔で二人を祝福したが、やはり失恋した胸は切なく痛んでしまった。
一人で居た時にぽろりと溢れてしまった涙に、彼自身ショックを受けた。
二人の想いが通じ合って嬉しいのは真実であるというのに、どこか哀しくて仕方がなかった。
こんな気持ちのままではいけない。
彼は自分の気持ちに整理をつけるため、再び親友と彼女の前で屈託なく笑うために、春休みを使って自分探しの旅に出る事にした。
彼はその旅で、小さな少女に出会う。
少女はこの世の終わりというような暗い表情で俯いて泣いていて、心配になった彼は思わず少女に声をかけたのだ。
後から思えば、この事が彼を教師という職業を選ばせたのかもしれなかった。
そして十年後、母校へ教師として戻ってきた彼は、成長した少女に出会った。
少女は彼が十年前にホンの軽い気持ちで口にした言葉のままに成長していた――。
採用試験に合格し、母校である私立森苑学園へ、新堂尊は戻ってきた。
彼の担当の科目は体育で、男子バスケットボール部の顧問もしている。
年齢二十六歳、独身。身長一八〇センチ、体重六十八キロ。
彼は男らしくもあり、どこか可愛らしい笑顔の爽やかな青年で、尊が講堂で学園長である小野田舞子から紹介された瞬間、女子生徒からは黄色い声が上がった。
だが彼は女子生徒にだけ人気があるわけでなく、男子生徒からも人気があった。
今も、顧問をしている男子バスケットボール部の朝練に付き合って、生徒と一緒に気持ちの良い汗を流してきたところだ。
「尊さーん、おはよーっす!」
「尊くーん、おっはよー!」
登校してきた生徒が、笑顔で尊に手を振った。
彼は手を上げそれに応えながらも、
「こらぁ、お前ら! ちゃんと新堂先生か、尊先生って呼べっ!」
と軽く生徒たちを睨みつけた。だが、
「えー、いいじゃん、尊くんでー!」
生徒たちはそう言って笑いながら校舎に入っていく。
「俺は一応、お前らの先生なんだぞ!」
とりあえず生徒たちは慕ってはくれているようなのだが、教師というよりは友達扱いされているような気がして、尊は苦笑いした。
授業の前に職員室で軽い打ち合わせがあり、尊は着替えるために体育教官室へと戻ろうとしていたところだった。
だが、彼は体育館から体育教官室に戻るまでにある花壇の前で足を止める。
花壇では一人の少女が、咲いている花にジョウロで水をやっていた。
「よ、古城、おはよう」
花壇の水やりをしている少女に声をかけると、彼女――古城灯里は尊を振り返って頬を赤く染めた。
「お、おはようございます、新堂先生」
灯里は手にしていたジョウロを抱えたまま、尊にぺこりと頭を下げた。
古城灯里は尊が担任をしているクラスの生徒で、クラス委員だった。
彼女はさらさらの絹糸のような長い黒髪に、大きくて真っ黒な目をした、とても美しく整った顔立ちをした少女だった。スタイルも良く胸も大きい。
さらには頭も運動神経も良く、とても優しい性格の上、父親は大会社の社長という、今時こんな娘が本当に存在するのかというくらいの最高スペックを兼ね備えた少女だった。
尊は頬を染めて微笑む彼女の顔を見て、目を細めた。
今日も笑ってくれたと思うと、心の中でガッツポーズをしてしまう。
「先生、バスケ部の朝練、終わったんですか?」
「あぁ、終わった」
灯里が毎朝花壇の世話をしている事を知ったのは、バスケット部の朝練に参加するようになってからだった。
花壇は、体育館と体育教官室の間に位置している。
朝練に参加するようにならなければ、彼女が毎朝花壇の世話をしているのを知る事もなかったし、こうやって二人だけで話す機会を得る事も出来なかった。
「あのさ、古城……」
「はい?」
「古城、何か持ってねぇ? 俺、腹減っちゃってさ」
腹の辺りを撫でながら言うと、くすくすと笑いながら灯里は頷いた。
そして持っていたジョウロを花壇のレンガの上に置くと、ほっそりとした白い手をプリーツスカートのポケットに差し入れ、小さな袋を取り出した。
「あ、あの、これ……き、昨日、焼いたんです……。よ、良かったら……」
真っ赤になりながらそう言って渡してくれたのは、手作りのクッキーだった。
せいぜい飴玉でも貰えればラッキーと思っていた尊は、予想以上の物が出てきて驚いた。
「マジで? 貰っていいのか?」
問いかけると、真っ赤な顔のまま灯里はこくこくと頷いた。尊が、
「古城、サンキュ」
と言って笑いかけると、彼女は赤い顔のまま照れたように笑い、花壇の世話は終わっていたのだろう、尊に深々と頭を下げると走り去った。
「やべぇ……あいつ、今日も、マジ可愛い」
灯里の後ろ姿を見送りながら、尊は早速もらったクッキーを口の中に放り込んだ。
ほのかなチョコ味が、朝練で程よく疲れた身体に染み渡る。
「料理もお菓子も、作るの上手いな……。アイツ、マジでいい嫁さんになれそうだ……」
そう呟いた尊は、頬を染め苦笑した。
彼はあの古城灯里に、そして灯里はこの新堂尊に、互いに恋をしていた。
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