A-17事件の真実
月乃兎姫
第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞 あらすじ
それは私が神保町にある古本屋を訪れたときから、すべての物語が始まることになる。本棚の片隅で”私”に背表紙を向けた本と出会い、偶然にも出版社主催の【未知なるミステリーツアー】の招待状を手に入れた私は、横浜港に停泊している豪華客船を舞台に数奇な物語の一幕へと追い込まれゆく。
しかしながら船内には招待客は愚か、乗務員の姿すら見かけない船内は不気味の一言。”私”は自分の客室だという、イタリアの忌み数である『17』の名を持つ【A-17号室】を訪れると、舞台は整ったとばかりに船は港を後にした。
ちなみに『17』という数字をローマ数字に書き直すと『XVII』となり、それを組み替えると『VIXI』となる。VIXIはラテン語で『VIXIヴィクシー』と読むことができ、その意味は『私は生きた(過去形)』となる。つまり、「今は死んでいる……」と訳すこともできるのだ。
私は当てもなく船内を散策した後、【A-17号室】に戻ってみると、そこには何故か”私”以外に誰も入った形跡が無いはずなのに、テーブルの上には『食堂にて、昼食を用意しております』と書かれたカードが置かれていた。指示されるまま食堂へと向かうのだが、何故か扉には施錠がされ、またもや指示が書かれた紙のとおりに遊技場へと鍵を取りに行くことに。
そこでは悪趣味にも椅子に座らされた男女の人形が置かれ、『彼らの運命は貴方のその手に委ねられている』とのメモ書きとともに置いてある銃で、そのどちらかを撃つのだが、その銃はなんと実弾であった。そこで鍵を手に入れた私は食堂室へと急ぐ。食堂室では既に肉をメインとしたフランス料理が用意され、食事を終えると先程まで感じていた不安がいつの間にか消え去っていた。
食事を終え部屋に戻ると、今度は『映画の準備が整いました』との指示書が置かれ、言われるがまま訪れてみると、そこには見知らぬ少年のホームビデオが上映されていた。その少年とは、私が本屋で手に入れた本である『完全犯罪者の作り方』の作者である。
彼は十七歳で推理小説に応募し出版社の目に留まったものの、未だ商業出版に至っていなかった。彼の担当からは、『トリックが弱い。これでは現実味に欠け面白くない』と言われ、ちょうどのその頃、彼自身が自らを指し示す一人称の“私”という人物が現れ始めていた。そしてトリックが弱いのは、頭の想像だけでしか物語を描けない、つまり”実際”に起こしてしまえば、誰からも文句は言わないと結論付ける。
手近でトリックを試せると踏んだのは彼自身の両親であったが、それではすぐに自分が犯人であると考え、同じ出版社の著名なミステリー作家が催す豪華客船上でのミステリーツアーに参加し、実行に移そうとする。しかし、そこはミステリーツアーとは名ばかりで、彼と同じく実際にトリックを起こす実験の場であり、少年は指示書に書かれた通り遊技場で父親を撃ち殺し、手斧で母親の首を刎ねたが、翌々見てみると、そこには両親ではなくて両親の恰好を模したマネキンである。
その後に食堂へ向かうと肉料理が用意されており、お腹を空いていた彼はそれを無我夢中で食した。それは初めて食べる極上の脂身を持った肉質は、これまで口にしたことのない味だった。その正体が気になった少年は厨房を覗いてみると、そこに彼の両親が食材として置かれていた。『なんだ……まだ
少年、患者A-17(仮称)は警察の取り調べで、殺したのは両親ではなくマネキンだ、肉は何の肉か知らないと供述し、彼の年齢も考慮され、保護観察処分の不起訴となる。彼の担当医によれば、解離性同一性障害、一般的には多重人格障害とも呼ばれる精神な病で、少年は「
柏木速人――それは彼が小説を書く際、用いているペンネーム。しかも彼がその名で出した本はただの一冊。
その小説の題目名は――「完全犯罪者の作り方」
私は柏木速人なる少年の小説どおり、彼に導かれ、そして物語をなぞられ、このミステリーツアーに参加したのだが、後にA-17なる少年の正体は”私”である。私は自分が犯した過去の罪から逃れるため、自らを偽り「柏木速人」を名乗っていたのだが、その名こそ私の目の前にいる担当医のネームプレートに刻まれているもの。漢字なので読み方が分からず、『カシワギハヤト』または『カシワギハヤヒト』と、時折混同してしまうことがあった。
【A-17事件の真実】これは実際起こった幾つもの事件を元に、何人もの犯罪者が自らの罪を逃れるため、精神科の専門医に語ったものをまとめ、彼が出版社に応募した推理小説であり、最後にその作者自らの命を絶つことで、一つの作品として完成させた。奇しくもそれは初めの事件から数え、ちょうど十七番目の事件にあたり、運命的に十七番目の加害者と同時に被害者にもなるのである。
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