あの頃、僕たちは

コタ知代

第1話 挫折・絶望

あっという間の3日間だった。

魂ごと馴染んだ北の大地を離れて一年、予期せぬ形ではあったが、念願の札幌滞在は、線香の煙のようにスッと一瞬で終わってしまった。

内地に戻るため、新千歳空港で一人ぶらついている。19:10のフライトなのに、16:30に空港についてしまった。

さすがに早く来すぎたな、と時間をもてあましていたが、明日からの仕事に向けて気持ちの切り替えをするには足りないくらいかもしれない。そんなことを考えながら窓から見える飛行機をみて黄昏ていた。

これまでの自分なら、新千歳空港で一人になった時点でボロボロ泣いていただろう。だいぶ耐えられるようになったな。

涙って吸い込めるんだ、と気づいたのはつい3か月前。会社が辛すぎて、ほぼ毎日トイレで泣いてたけど、会社で涙目になるのはさすがにまずいと思い、トイレで涙を涙腺から吸い込むイメージをしたら、押さえられるようになった。


お腹がすいたからフライトの前に、空港で夜ご飯を食べちゃおう。社会人の財力で、学生時代には食べることのなかった特上牛丼を食べることにした。

おいしすぎる。気取って食べていたのも束の間、温かくて美味しいものを食べた安心からか、それとも学生時代のアパートの近くのカルビ丼を思い出したからか、これまで封印していた札幌でのあらゆる思い出が突然脳内に流れ込んできて、フードコートで一人涙と鼻水を流すはめになってしまった。


********


「おばあちゃんが倒れた。余命一年未満だって。」

突然の知らせだった。大好きなおばあちゃんの命の期限が、急に目の前に現れてしまった。

世の中には私なんかよりももっと辛い人がいるのだろうけど、私にとって、おばあちゃんに倒れられるのは、銃で心臓を吹っ飛ばされるくらいの衝撃だった。

大学入学から大学院卒業までの6年間、私はおばあちゃんのいる札幌にいた。頻繁におばあちゃんちに行っては、同年代の親友のように話し込んでいた。断腸の思いで札幌から離れ社会人となった今も、おばあちゃんは私の心の支えだ。札幌を離れるときは、社会人になってもおばあちゃんに会いにたくさん札幌に帰るぞと意気込んでいたが、感染症のせいで一度も叶わなかった。社会人2年目となり、感染症も治まってきたため、そろそろ札幌へ帰ろうと思っていた矢先の出来事だったため、驚きと悲しみで気を失いそうになった。


会社が楽しい!とまでいかなくても、充実した毎日を送っていれば、取り乱すことなく、おばあちゃんのことを受け入れられたかもしれない。

大手企業に無事入社したところまでは順調だった。同じ大学の先輩に誘われた配属先が非常に悪かった。業務内容が苦手なことだらけな上に、上司はパワハラ、そもそも業界全体としてブラック体質のため部署移動で逃げられる保証もない。社会人になったら、定時に帰り、趣味に打ち込もうと意気込んでいた私は、面食らってしまった。初めは、新人だから辛いことが多いのだろう、と思って耐えて頑張っていたが、一年たっても状況は何も変わらなかった。簡単に言うと、病んでいた。もともと根性と体力には自信があり、労働環境を変えるべく、自分が変われるところは変えて、そこそこ足掻いたが、さすがに限界だった。これまでどんなに辛くても、ここまでの挫折感、絶望感は無かったため、うろたえた。自分はどんな環境でも頑張れる強い人間だと思っていたが、自分の心は脆く傷つきやすいと言うことを知り、自分の長所が否定され、完全に自信を失っていた。

気持ちも心もオブラートの上に乗って、ギリギリ耐えているような状態だった。


「おばあちゃんの意識が薄れている。」と聞いたときは、反射的に翌日の札幌行き飛行機をとっていた。この時点で心臓なのか胃なのかわからないけど、そのあたりをぎゅーっと圧縮されている感じがしていた。頭痛もした。

パニックにならなかったのが不思議なくらいだ。こんな状況でも見た目は案外冷静で、気丈な振る舞いをしている自分には感動し、頼もしさを感じた。オブラートを破らないように必死だったのかもしれない。


新千歳空港に到着して電車の改札に向かう途中で、おばあちゃんとは関係なく、私の第二の故郷北海道に「やっと帰ってこれた」という思いが溢れ、引っ張っていた輪ゴムが急に緩まるように、脳がフワッと暖かくなり、泣きそうになった。


たった6年間、されど6年間、私という人間の形成に大きく影響した大地からは、膨大で巨大な、でも優しい力が沸いてきている、ような気がした。






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