1 猫は【なぜ?】倉庫で丸くなる(後編)

「さっきからここで何をしてるんだ!? あ!?」


 ファーストコンタクトなのに、この時点でもうカタギに擬態する努力を大気圏ぐらいにまで投棄してしまったらしい。

 動く仁王像の語尾は、もしこの世にテキストボイス集があるならば収録されるべき、他の声が入ってようものなら上書き待った無しな程に、それはもう典型的なイントネーションだった。


 もっとも、翠蘭スイラン的には目新しいものではないし、信一郎にいたっては「わあ、キャラばっちりだすっごいなぁ」と言わんばかりの顔をしている――もとい、顔がそう言っている。


 しかし、それは二人の来歴故の話であるわけだから、残る二人についてはもちろん適用されない。

 小さく「ひっ」と息を飲む香織を、桜塚青年が後ろ手にまわしてかばった。そして威圧感を叩き下ろしてくる警備員と真っ向から対峙する。


「こちらには目の不自由な方がおられます。ご留意いただきたい」


 落ち着いた声で警備員に釘を刺す桜塚青年。緊張感が混じるのは致し方ないとしても、十分に沈着冷静と評価できる態度である。

 また、姿勢も香織をかばいつつ僅かに半身になっていて、こちらも素人ではないことが伝わってきた。そもそも、眼前の警備員のように筋肉ダルマではなく細身ではあるものの、4人の中では桜塚青年がもっとも体格が良い。


 片や身なりの良い女児と、きちんとしたスーツ姿の精悍な青年。

 片や胡散臭い男に何故か若いメイド。


 目ざとく見比べてから「ふん」と吐き捨てて、仁王像が信一郎と翠蘭スイランへと向き直った。

 いわゆる一般的な観点からなら、まあ順当な反応、ではある。

 そう、


「お前ら――」


 そう言いつつ警備員が大きく一歩を踏み込んだ瞬間――


 ぐるん。


 ――自身を中心にして、世界がぐるりと回転。


 警備員は自覚する間もなかったが体が、反射神経が投げ飛ばされたと察知して、とっさに受け身をとった。が、その反射神経の反応ですらギリギリ間に合った程度で、盛大な音を立てて道路の上に打ち付けられる。


「がはっ!?」


 警備員から苦悶と疑問が混じった呻き声が漏れた、と同時に――


 ガカカカッ!


 ――鋭い破砕音が連なった。

 訓練と本能のたまもので「……っ」と呻いてながらも身構えようと、立ち上がろうとした警備員が路面へと引っ張り戻される。

 それは感覚的には、の話であり、正確には、警備員のいた。


「な!?」


 縫い止めているのは針。サイズ感はさしずめ鋼鉄製のはしといったところだが、形状は紛れもなく針で、特殊なものでも何でもない。


 問題なのは、その針が半分ほどことだ。


「ご主人様の荷物に触れないでいただけますか?」


 さらっと言われて見上げると、何事もないように見下ろす翠蘭スイランと目線がはち合わせた。

 ロングスカートの右側の裾がたくし上げられて固定され、右足が覗いている。その太股に、厚みが薄目の矢筒のような物が巻き付けてあった。

 鋼鉄の針がストックされている筒が。


「何を――」


 ガカカカッ!


 言い終わるのを全く待ってもらえず、というか声を出した傍から飛来する針が、警備員をさらに縫い止めていく。

 翠蘭スイランの姿勢は変わらない。抜き手も見えない早業だった。


「動かないでくださいまし」


 唖然とする警備員に平坦に、冷たく告げるメイド。

 何が、と彼が周囲に目を走らせると、確かに、先ほど自身が踏み込んだあたりにアタッシュケースが置いてあった。


(……アレを蹴りそうだったから、だってのかあ!?)


「次からは、てます」


 何の抑揚もなく言葉だけが流れ、それ故に、凍り付く警備員。

 その、メイドが仁王像を制圧したアニメのような絵面に、倉庫の方から2名ほどが慌てて駆けだしてきた。


「何だ!?」

「どうした金木!?」


 同じく一般的には巨漢とカテゴライズされるであろう警備員が追加で――


 トトン。


 ――糸の切れた操り人形の如く地面へと崩れ落ちる。


 フィルムのコマ落とし、起点と終点だけ残して途中はまるっとカットされたかのように翠蘭スイランが移動し、2名のアゴを掌底で打ち抜いて脳を揺らしたのだ。


「な……」


 呆然とする最初の警備員、金木へと、信一郎がしゃがみ込んでにっこりと微笑む。


「だめだよ、ウチのメイドはちょっとだけ強いんだから。それに、もう御老人から連絡が回っててもおかしくないんだけれど? 聞いてないかい?」


「な、何のことだ?」


 金木が心底覚えがないようなのを見て取って、信一郎が「うーん?」と首を傾げる。

 ちょうどそのとき、さらに倉庫から追加で1名が駆けだしてきた。

 今度は見るからにデスクワーカーといった風情で、信一郎が少しだけ手を挙げ、翠蘭スイランが後ろへとスッと下がる。

 駆け寄ってきたメガネの男性は、息を切らせつつも、信一郎へと声をかけてきた。


「す、すみませんが、もしかして神坂信一郎さまでしょうか?」


「あ、はいはい、連絡来ました?」


「はい、本社から出来る限りの応対をするようにと言付かっております」


 立ち上がりながら「良かったー、遅いよ御老人」とボヤく信一郎。一方で、メガネの男性は傍目から見ても異様に緊張している。


「あ、あの……神坂様?」


「はい、何でしょう?」


「その……当グループの会長直々の指示とのことなのですが……その、どのような……」


「ただの茶飲み友達ですよー」


 へらへらと応える信一郎に、桜塚青年が口を挟む。


、ですか?」


 自身の恩人である木ノ下夫妻の忘れ形見である香織の安全を優先し、静観に徹していた桜塚青年も、事態が沈静化したと踏んだようだった。

 しかし、場合によってはより警戒――いや、警戒では済まない状況になるかもしれない。


 戦闘能力では、自分ではおそらく足下にも及ばない女性。桜塚青年も空手柔道ともに黒帯の猛者なのだが、それこそ世界が違うことは一目瞭然である。

 そして、潜水艦の開発製造まで手がける山崎重工業を中心とした巨大企業集団YAMAZAKIグループの、おそらくその会長を、と呼べるコネクションを持つ男性。


 少なくとも桜塚青年個人の力では、踏み潰される蟻でしかない。香織の後見人の力ですら歯が立たない可能性がある。

 ここから先、迂闊な対応は一つも許されない。もう遅いかもしれないが……。


 桜塚青年の逡巡を見透かしたかのように、信一郎は文字通り両手を上げて害意が無いことをアピールする。


だよ、本当に。僕個人にYAMAZAKIグループに関する政治力やら権力やらは無い。香織ちゃんのご実家にしてみれば吹けば飛ぶような小者だよ。腕っ節なら君に瞬殺される自信があるし?」


 朗らかな信一郎に対して、迷いを深める桜塚青年。

 下がっていた翠蘭スイランがアタッシュケースを回収しつつ溜息を吐いた。


「ご主人様、桜塚様は、香織様のご実家について一言も言及されておりませんよ?」


「え? そう?」


「はい。それなのにご実家をご存じなことをさも当然に持ち出されては、余計に不審かと思いますが?」


「あ! しまったごめんさっきの忘れて――って、無理かぁ」


「全く、この駄主人様は……」


 目の前で小春日和ばりの長閑さが繰り広げられる。が、ほんの数分で明らかになった事実とのギャップで、桜塚青年自身では困惑に収拾がつきそうにもなかった。

 代わりに、彼の後ろの小さな手が迷いを払った。


「桜塚さん、きっと大丈夫です」


 桜塚青年の手を握る香織。

 香織は他人の悪意に敏感だった。しばらく会話すれば、声を聞いていれば、『怖い人』か『怖くない人』かは分かるらしい。おそらくは環境によって鍛えられた――いや、感性なのだろうが、これが外れたことは無い。


 その一言で、彼も腹が据わった。

 その様子を見て取って、信一郎は改めてメガネの職員に話を戻す。


「そしたら、まず中に入れてくれるかい?」


 丁重に案内され中に入り、発信器のレシーバーを頼りに倉庫の中を進む。隣の研究所に面した壁沿いに反応があり、荷物と荷物の隙間にうずくまっている影があった。


「お、いたいた」


 信一郎が嬉しそうに言うと、付き添う職員が「あれ? 何で?」と驚いて首を傾げる。


「居たんですか? さくら?」


 香織が猫の名前を呼んだ。

 が、何の反応もない。

 桜塚青年の眉が不審そうに寄り、その様子に信一郎が目を向ける。


「さくらは、お嬢様の声には必ず反応するようになっているはずです」


 桜塚青年の説明に半分うなずき半分首を傾げて、信一郎が猫を抱き上げようとした。


 するり。


 流れるようにすり抜けて、また壁沿いで丸まる猫。

 しかし、その様子を見て翠蘭が気づいた。


「生物ではないのですか?」


 動きは非常に滑らかではあるものの、生物の猫の動きとは異なる。これは……。


「そう、猫型のトイだよ。言ったろう? 最近のトイは凄いって。確かにここまで到達すれば、家族と思っても不思議じゃないよね。香織ちゃんにとってもそうだよね?」


 信一郎に話を振られて、「はい、さくらは大切な友達なんです」と香織が応える。

 なるほど、これでコミュニケーションがとれるならば、ペットの猫と何ら変わらないだろう。「さくらはずっと一緒にいてくれますから……」と声を細める香織の様子に、しばらく前の木ノ下製薬社長夫妻事故死のニュースを思い出して、翠蘭スイランは物扱いする発言は控えることにした。


 そのあたりの機微について、残念ながら、職員はあまり鋭くなかったらしい。


「いや、でも、そのおもちゃはどうやってここに? 登録されてない機器は全て検出されるはずなのに」


 今一つ気配りが足りない様子に軽く眉をしかめながら、信一郎が答える。


「まず、体温がなければ倉庫内のパッシブセンサは感知できない。出入り口のアクティブセンサやネットのセキュリティルータなんかは機器を検出するんだろう? 登録状況をチェックしてみなよ」


 信一郎に言われて職員用携帯端末でチェックする職員。すぐに、「あれ? 登録されてる――って、この登録VNPアドレスは倉庫内のロボット掃除機のアドレス? 何で?」と声を上げた。


「この間のVNPv4問題だよ。このは旧versionのv3が使われていたのさ。ちょうどv4への移行が始まる直前に登場したからね。だから、あの適当に番号を付け足す翻訳プログラムのせいで、この倉庫内のv4アドレスと同じになっちゃったんだよ」


 説明の最後に「偶然にもね」と苦笑とともに付け加える信一郎。

 そう言えばそんなことを言っていたかしら、と翠蘭スイランは記憶を洗い直す。

 確か……醤油を買わずに香織を連れ帰って……そうそう、踏む直前に口走っていた話だ。意味が分からないから聞き流していたが、どうやらただ誤魔化すためだけの話ではなかったらしい。


 今一つ釈然としないらしい職員だったが、理屈上は成立する話なので、「まあ、そうなるんですかねぇ」とあっさり引き下がった。

 後は香織が連れて帰れば解決――なのだが……。


「さくら? 帰ろう?」


 いくら香織が呼びかけても反応しない。桜塚青年が捕まえようとすると逃げだして、距離をとったらまたうずくまる。

 若干悲しげな声になりかけてきた香織に、信一郎が柔らかく声をかけた。


「さくらちゃん、ちょっと調子が良くないみたいだね。おじさんの友達に詳しい人がいるから、連れて行って診てもらってくるよ」


「大丈夫でしょうか?」


「大丈夫大丈夫、本っ当に凄く詳しい奴だから。任せといて。そうだなぁ、明後日ぐらいにウチに引き取りに来てくれるかな?」


 香織が桜塚青年の手を引き、青年が信一郎に目を合わせる。

 いつにない信一郎の真剣な目。

 軽くうなずいて、桜塚青年が香織に応えた。


「お嬢様、ここはお任せしましょう」


 うなずく香織とその手を引く桜塚青年を出口まで見送るように職員へ指示して、信一郎は翠蘭スイランと残る。


 居るのは二人だけ。


 無言のままアタッシュケースを差し出す翠蘭スイラン

 受け取った信一郎は静かに開けて、中の電源を入れる。


 アタッシュケースの蓋の裏に張り付けてある有機ELディスプレイに光が入り、5.5GHzで64コア/128スレッドの超速CPUと、8TB読込速度6500MB/秒の爆速SSDの組み合わせで即座に起動。

 このアタッシュケースの中身、というかアタッシュケース自体が信一郎お手製の持ち運びパソコンである。何しろ自作なので、市販のノートパソコンほどに軽量薄型化は出来ないためパソコンなのだが、その代わり性能はメーカー製のハイエンドデスクトップパソコンを凌駕してしまう出来映えだ。

 信一郎が手元どころかディスプレイすら見ないでキーボードを瞬きの速度でタイプし、軽快にEnterキーを叩く。


 さくらが、猫型トイがビクッと一度震えた。


「ほい、VNPからのハック完了の外部センサー沈黙っと。もう声出してもいいよ?」


 信一郎に言われて、翠蘭スイランも軽くうなずいた。


「結局、どういうことなんでしょうか?」


 翠蘭スイランが信一郎に改めて尋ねる。

 信一郎は引き続きキーボードをタイプしながら、時折ディスプレイに目を戻しつつ、翠蘭スイランへ向かって答えた。


「このが検出されなかった理屈はさっき言ったとおり。違うのは、偶然にVNPアドレスが一致したわけじゃないってこと。意図的に書き換えられたんだよ」


「何故です?」


「この壁の向こうね、システム研修所なんだけれど、YAMAZAKIグループでも結構重要なプロジェクトをやってるんだよ。社外秘ってことで、あちらはこの倉庫に輪をかけてセキュリティが厳重でね、そもそもネットにつないでないんだ。独立、というか孤立したローカルネットワークで運用してる」


 翠蘭スイランが「はあ」と曖昧な相づちを打つ。やっぱりピンとはこないのだが、要するに完全に閉じた世界、ということだろうか。

 信一郎はキーボードは全く見ず、ちょいちょいディスプレイへ振り返るだけで、何事もないように会話してくる。相変わらず器用なことだ、と翠蘭スイランは舌を巻いた。

 表情には絶対に出さないが。


「だから情報は漏洩しない、盗めない――はずだったんだけれど、システム研究所内部の全てが有線接続ってわけじゃあないんだよねぇ。中にはBluetooth接続されてる機器もある。ただ、Bluetoothはあくまで近距離の無線接続、建物の外からつなぐのは無理がある」


 ことごとく苦手な話題で、リアクションできない翠蘭スイラン。とりあえず、近距離しか使えないのなら、建物の外からは届かないということなのだろう、と解釈した。


「そこで産業スパイさんは考えたわけさ。なら、Bluetoothが届くところにを設置して、そこから侵入すればいいってね」


 ターンとEnterキーが鳴り、信一郎が「よし」と呟いた。間髪入れずにタタタタタタとタイプ音が再開する。


「もしかして?」


 翠蘭スイランがさくらを見る。


「正解。まず始めにこの倉庫のサーバに侵入、登録VNPアドレスから都合が良いのを選んで、ハッキングしておいたのVNPアドレスをそれと同じに書き換える。それを倉庫の中へ入り込むように操作して、Bluetoothが届く位置に設置する。この倉庫と研究所はバッチリ隣接しているから、何とか上手くいったんだろうね」


「生物ではないから、倉庫内に居続けても――」


「――パッシブセンサは検出しない。VNPアドレスが一致するから登録機器として扱われて、アクティブセンサもセキュリティルータもスルーしてしまうって訳さ」


 なるほど、なかなかに手の込んだやり口である。ということは、これは単なる迷い猫ではなく、産業スパイによる計画的な情報搾取なわけだ。

 それにしても、と翠蘭は小首を傾げる。


 信一郎が詳し過ぎる。


 隣の研究所がを手掛けているだの、使だの、事情通が過ぎるのではないだろうか? そもそも、この倉庫のセキュリティについて、来た時点で全て把握しきっていた。

 事前に調査していたと考えるのが妥当。さらに、山崎の直々の指示で自由に行動できるこの現状。

 これは――


「――ご主人様、


 タタタンっと、いったん軽快に続いていた音が止む。

 頭を掻いて、やや気恥ずかしげな信一郎。


「あー、そうなんだよね……。御老人から、情報漏洩の元凶を突き止めて欲しいって言われてたんだよ。で、大体のところは見当付けてたんだけれど、じゃあって何だろうって行き詰まってた。恥ずかしながら、僕だって『未登録のVNPアドレスが侵入してたらすぐバレるはずだ』と思いこんでたんだよ」


 苦笑しつつ「面目ないことに、ね」とボヤく信一郎に、恥じることはないのでは? と思いつつも口には出さない翠蘭スイラン


「で、香織ちゃんが猫型トイを探してるって聞いたときに、ちょっとカタログスペックとか調べてみたら、VNPがv3とあって閃いたのさ。をね。そもそもVNPアドレスが振ってある機器なら追跡できるはずなんだよ。昨今のネット事情ならね。それが出来ない。なのにお手軽発信器ならあっさり追えて、しかもこの倉庫ときた」


 またキーボードに手を戻し、再開する信一郎。


「このトイが侵入してることが発覚しても、あらかじめ疑ってなければ、VNPv4問題のアレで同じアドレスになっちゃったんだな、とか思うんじゃないかな? 手口をバレにくくする工夫としては上手いね。でも疑ってかかるならこれほど都合良くまとまった条件は無いよ。VNPv3 自然発生の偶然と考えるのは虫が良すぎだ」


 タタタタターンと、最後に小気味よく鳴り響き、「はい終了っと」と信一郎が手を引いた。

 その様子に、翠蘭スイランが声をかける。


「依頼完了、ですか?」


「うん。地球を三周ほどしたけれど大元まで辿れたよ。御老人の予測通りこの国、YAMAZAKIグループの身内だった。タイマーで『郵便屋さんpostman』と『銀盤の二人ice dance』を仕込んどいた」


 『郵便屋さんpostman』も『銀盤の二人ice dance』も、信一郎作のコンピュータウイルスだ。

 『郵便屋さんpostman』はハードディスク内のデータをコピーして指定先へ送信する。もちろん、追跡防止のためそれこそ地球を何周もする上で。

 『銀盤の二人ice dance』はハードディスク内のデータを2種類のウイルスが席巻し、最後はその2種類が食い合うコピーし合うという、名前の美しさにそぐわないエグい代物だ。


 その他数々のウイルスを用いてネット上で猛威を振るった悪名高いクラッカー『ゴキゲンな人smily』時代は、信一郎本人曰く黒歴史とのこと。


「それにしても、怖い御老人だよ全く。裏切り者の見当はついてたらしいし、僕に依頼する時点で偽情報混ぜつつ泳がせ始めてたし、もう吊し上げて追い払う根回しは完了してるんだってさ」


 おどける信一郎に、翠蘭スイランも肩をすくめて合わせた。


「さすがはYAMAZAKIグループの頂点、ですね」


「タダ働きさせられるしさ」


 翠蘭スイラン的に聞き捨てならない単語が出てきた。


「タダ働き? 報酬は無いのですか!?」


 怒気が吹き上がりそうになる翠蘭スイランに、信一郎が両手を挙げてさらに天を仰ぐ。


「『を返してもらう』ってさ」


 その一言に、翠蘭スイランの勢いがピタリと止む。

 それを言われるとぐうの音もでない。特に翠蘭スイランは。

 大きく、それはそれは大きく翠蘭スイランは溜息を吐いた。


「仕方ありませんね」


「全くだよ。取りあえず、かえってこのの復旧とメンテナンスをしよう」


「そうですね」


 電源を切ったアタッシュケースが、パタンと閉じられた。







 ――数日後――


『YAMAZAKIグループ経営陣、突然の人事異動』

『昨日、YAMAZAKIグループ企業の代表取締役等で構成される(株)山崎ホールディングスの取締役会で大幅な人事異動が発表された。昨今から続いていた情報漏洩疑惑に関して、その責任を取る形で取締役会の約1/3の役員が辞職・解任されることになり、新たに……』(●●新聞202●年●月●日朝刊2面記事抜粋)




(『猫は【なぜ?】倉庫で丸くなる』 了)

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