英雄の物語

久田高一

英雄の物語

 三郎は、特別なことなど何一つおきない平凡な人生を送っていた。ただ、三郎には小説家になりたいという夢があった。自分の作った物語で人々を楽しませたかった。だから休日になると、鞄にありったけの原稿を詰め、出版社を訪ね歩いた。しかし、三郎の小説に興味を示してくれる出版社はなかった。

 「今日もダメだったなぁ…。」

とぼとぼと歩く土曜日の夕暮れ。三郎の足は、自然と丘の上にある公園へと向かっていた。その公園は住宅地の外れにあったため訪れる人は少なく、静かだった。公園からは街を一望することができ、辺りが暗くなるにつれて夕日が街へと潜り混み、家々をぽつぽつと照らして回る様を見ることができた。その光景を眺めていると、三郎の頭で一つのストーリーが生まれた。三郎はいてもたっても居られなくなり、外灯のふもとに腰を降ろし、鞄を下敷きに小説を書き始めた。

 「おい。」

三郎は熱中していた。だから、いつのまにか自分の目の前に誰かいたことに気が付かなかった。小さな悲鳴を上げる。そして声の主を見て、今度は大きな悲鳴を上げた。

「うるさいぞ、わめくな。私はザガン星からやってきた。貴様らが言う、宇宙人ということだ。」

 ザガン星人は、ぼつぼつとした突起のある暗い緑色をした大柄な身体に、銀色のぴったりとした潜水スーツの様なものを着ていた。また、顔と思われる部位は醜く歪んでいて、顔を背けたくなるような悪臭を放っていた。突然ザガン星人は光線銃を取り出し、三郎の近くの外灯に向けて発射した。外灯はどろどろに溶けてしまった。

「私は、その気になればこの星を滅ぼすことができる。」

「そ、そんな。ひどすぎる。あまりに不公平だ…。」

「そう、不公平だな。だからお前にチャンスをやる。私はいささか退屈していてな。貴様が私を楽しませることができれば、この星を滅ぼさないでおいてやろう。」

「ど、どうして僕なのですか…。楽しみたいならクラブにでも行けばいい…。」

するとザガン星人は口と思われる器官の端を片方だけちょっと上げて、愉快そうな声で言った。

「そんなこと決まっておろう。慣れないやつがどうにかして人を楽しませようとする姿、それが最も面白いからだ。」

 三郎は今にも泣きだしそうだった。しかし、腰が抜けて立ち上がることができない。やるしかない。でも何を?迷った挙げ句、一か八か、三郎は自分の小説を読ませることにした。原稿を差し出す。

「なんだ?ははあ、文学というやつだな。だが、私はこの星の言葉を話したり聞いたりすることはできても、文字が読めない。お前が読んで聞かせろ。」

 こうして三郎は、地球の命運を懸けての読み聞かせに挑むことになった。1作目を読み終える。

「つまらん。」

「ま、待ってください。では、こちらはどうでしょうか…。」

 そうして三郎は手持ちの原稿すべてを読み切った。さっき書き始めたばかりのものも、結末をその場で考えながら話してみた。しかし一つとして、ザガン星人を楽しませることはできなかった。時間の経過とともに少し落ち着いた三郎にとって、地球を滅ぼされてしまう恐怖よりも、宇宙人から見ても自分の小説は面白くなかったという屈辱のほうが耐えがたかった。

「もう、いいだろうか。私は飽きてしまった。この星も外れだったようだ…。」

「さ、最後のチャンスをください。すぐに終わりますので…。」

三郎はもう、やけくそだった。もし、話している間にコメディアンが近くを通るような奇跡が起きなければ諦めよう。三郎は、残された唯一の物語、自分のこれまでの人生を話して聞かせた。だが、期待はしていなかった。こんな平凡な人生が面白い訳がない…。

 「なんと驚いた!最後の最後にとっておきを用意しているではないか!特に出版社すべてに断られるシーンの滑稽さといったらないぞ!傑作だ!」

 三郎は、言うが早いか星空を駆けていった侵略者が残した悪臭に、思わず顔をしかめた。

 気にするな三郎。屈辱を知らぬ英雄などいない。君は確かに英雄なのだ。

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英雄の物語 久田高一 @kouichikuda

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