第29話 エルセース教~3~
今までのグレースの願いの形
ただこれは……
この宗教、エルセース教の価値観そのものが崩壊しかねない話だ。
私のことをすでに話してあるリースやリアナの護衛としての同行を拒否したのも当然だ。例え、この話を外に漏らそうとはしなくても、今までエルセース教を中心とした倫理観で生きてきたのだから。
「この話は外に漏らさないでくださいね。」
「…わかっています。」
「この話を心の内に秘めておくのはしんどいと思います。それに対する悩みなどがあればフレール大司教にでも話してください。司教以上の地位の聖職者であればこの話を知っていますから。ただ、シスターや牧師はこの話を知りませんのでそこだけはくれぐれも。重ね重ねお願いします。」
司教以上しか知らないとなると、シスターや牧師はもちろん、司祭レベルの人間まで知らないのか…
当然といえば当然だ。知っている人間が多ければ多いほど話が漏れる可能性はどんどん増える。この様子だと、このことを告発しようとした人間を抹殺する部署もあるかもしれない。
「ここでしか話せないことはもう話せましたので一度戻りましょうか。貴女の従者の方々も心配しそうですし。」
「わかりました。二人とも悪気はないので許してください。」
「はは、わかっておりますよ。いい従者をお持ちになったようですな。彼女たちを信じて頑張りなさってください。」
もと来た道を戻り始める。
やっぱり途中で迷いそうになる道だ。いや、迷いそうというより絶対迷う。関係のない人がたどり着けないように、例えたどり着いても出られないように。そんな目的のためな気がする。
最初に通った扉を開け、教皇様の部屋に戻ってきた。誰もいなかった。リアナもリースも外にいるのだろう。
思った通り馬車のところにいた。寄付品の積み降ろしはもう終わっていて、片付けの最中だった。
「二人ともありがとう。お疲れ様。」
「エレノア様。戻られたんですね。」
「お帰りなさいませ。エレノア様。
もうここを発たれるのですか?」
「まだだけど、ここからは二人もいて大丈夫らしいから。」
「わかりました。
リース。あなたはエレノア様に付いていきなさい。私はこちらが一段落着いたらすぐに行きます。」
「わかりました。」
リースはしていた作業を止める。
「リアナ。さっきの教皇様の部屋ね。」
「かしこまりました。」
教皇様の部屋に戻ってすぐ、聖職者の一人が紅茶とお菓子を持って入ってきた。
リースが私の前に置かれた紅茶を横からスッと取り、一口含んだ。自分の口の付いた部分を拭き、ソーサーの上に戻した。そのまま置かれたお菓子の一つを口に入れた。
「リース!!
失礼しました、教皇様。他意はございません。」
主が食べる前に従者が毒味をするという意味ではリースの行動は間違っていない正しい行動である。実際、収穫祭の時もリースやリアナが食べてから私やお姉さまは食べ物を口にしている。
ただ、こういう場では普通、お茶を出してくれた主人がお茶を運んできた従者を軽く労うために少し視線を外したときに行うものである。今回のように相手主人が見ている状況で行ってしまうと、相手主人が信用できないという意思表示になってしまうからだ。
「かまいませんよ。お気になさらんでください。」
「ありがとうございます。本当にすみませんでした。
リース!あなたも謝りなさい。」
「…申し訳ありませんでした。」
リースは何が問題だったのかわからず、混乱しつつ頭を下げた。
コンコンとドアがノックされた。
「すみません。結構時間がかかりました。」
ドアを開けて、作業を終えたリアナが入ってきた。
「…これは……何があったのですか?」
私とリースが頭を下げている状況に驚くリアナに何があったかを説明した。
「……そういうことですか…
私の教育不足です。エレノア様、申し訳ありません。
教皇様、不愉快な気分にさせてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、誰にでも間違いはあるものですよ。次にいかせればいいんです。それに、主を思っての行動ですから責める気はありませんよ。
エレノア様、こういう方たちを大事になさってください。」
「お心遣いに感謝します。」
「さて、そろそろ本題に移りましょう。
まず、リースさん、リアナさん。お二人はグレースについてエレノア様から色々と話を聞いていると思います。それについて、聖典に載っている話以上のことは黙っておいてほしいのですよ。これはグレースを守るため、グレースを騙る人間が現れることを防ぐためであることをご理解お願いします。必然的にグレースであることを隠したいエレノア様を守ることにも繋がると思います。」
これはたちが悪い……
私がむやみやたらに(それでも本当に信用できる人にだけだが)話してしまったせいでもあるのだが。
いくらグレースの存在が下手に露呈すると不味いといっても、グレースの存在をグレースが本来どのようなものかを隠すために私のことを本当に優先してくれるリアナたちの良心に漬け込むのは…
こういうことが必要であることもわかる。そのおかげで今のエルセース教があるのだから。でもやはり、自分が信用している人間の良心を利用しようとしているのはあまり気分のよいものではない。だからといって、私が文句を言えるわけもなく、私としても黙っておいて欲しいわけだが。
「私からもお願いするわ。とはいえ、二人とも話したりしないわよね。」
「もちろんですよ。」
「エレノア様もそうおっしゃるのであれば当然です。」
リースは特に気にも止めていないがリアナは少しイラついているようだった。リアナからしたら自分の主を脅迫材料に強要されたように思ったのだろう。
そんな私とリアナの様子を見て教皇様は少し慌てたようだった。
「ご気分を害されたのであれば、誠に申し訳ございません。ですが、エルセース教、そしてグレースのためにどうかよろしくお願いします。」
教皇様はそう言って深々と頭を下げた。
上に立つ人間としてはあまりに傲っていない、そう思えた。だから、私もリアナも教皇様の気持ちを受け入れることが出来た。
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