グレース~エレノアの手記~
栗橋真縫
第1話 認めたくない現実
私、英莉奈は妹の友理奈、幼馴染の奏、そして奏の妹である沙良と百貨店に買い物に来ていた。
私と奏は幼馴染で、友理奈と沙良が私たちの3つ年下で昔から仲がよかった。
今日は友理奈と沙良が私たちと同じ大学に無事合格したので、合格祝いに姉たちから妹たちになにか買ってあげよう という話になっていた。
そのはずなのに…気付くと周囲は煙でよく見えない、あちこちに火が広がっていて本当に熱い。どこかに体を打ったのか、体のあちこちが痛い。
ご飯を食べようと飲食店の前をぐるぐるしていたのは覚えている。
そして今は奏に叩き起こされていた。
私たち4人は今にも意識を失いそうな中、入口で見た地図の記憶を頼りに非常口を求めて歩いた。
あの角を曲がったら非常出口が見えるというところで、突如、真上の天井の一部が燃え崩れた。私と奏は夢中で友理奈と沙良を突き飛ばした。
「「お姉ちゃん!!」」
直撃はしなかったものの私と奏は足を挟まれた。友理奈と沙良の二人がかりでこの崩れた天井から私たちを引きずり出すことは不可能に近い。
「友理奈! いいから行って!! そこを右に曲がれば非常口があるから 早く!!」
「沙良も行きなさい!英莉奈の言う通りよ!!」
「嫌だよ お姉ちゃん…」
友理奈は動こうとしない。
「友理奈、行きなさい!!!
沙良ちゃん、友理奈を連れてってあげて」
沙良は泣きながらも友理奈の手を掴んで走っていく。
あぁ…ゆっくり死ぬのってこんなに痛いし苦しい、辛いんだ。熱で喉が肺が焼けたのか、それとも今も煙を吸っているからか。徐々に喉を通れる空気の量が減っていくのが自分でもわかった。しかも肺は全部が火傷したような痛み。実際そうなのだと思う。
これなら、さっきの瓦礫で即死しておいた方が楽だったんじゃないか……
自分の頬を水が流れるのを感じた。横を見ると奏も苦しそうに涙を流していた。
徐々に狭まる視界の中、私は…
私は新たな世界で目を覚ました。
「……!?」
誰かが私を覗き込んでいた。
「エレノア様!! ようやくお目覚めになられましたか!
ミレーユ様~! エレノア様がお目覚めになられました!!」
そう叫びながら、私を覗き込んでいたメイドが急いで部屋を飛び出していった。
このときの私はまだ状況を把握できていなかった。病院に担ぎ込まれて一命を取り留めたそう思っていた。呼ばれた名前の違いに気づいていなかった。
私はゆっくりと体を起こした。倦怠感はあったが大した痛みはなかった。瓦礫に挟まれたはずの足も痛くない。
しかし、ふと思った。
さっき出ていった女性の格好は…メイド。
普通、病院にメイドなんているものか?
そう思ったのも束の間、すぐに先ほどのメイドが別の女性を連れて戻ってきた。
その女性もメイドも大急ぎで来たのか肩で息をしていた。
ブロンズの髪色がよく映える美しい女性、そんな初印象を与える人だった。しかし、私の記憶にそんな顔はなかった。彼女は私に駆け寄ってきた。
「エリー!! よかった、目が覚めたのね。熱はない? すぐに先生が来るから!」
勢いに圧されてなんとなく頷いてしまった。
そんなことよりも、そもそもあなたは誰?
これはどういう?
私はそう問いたかったが、そう言うのは何か違う気がして黙っていた。
女性が言葉を続けた。
「あなた数日前から熱が下がらなくて、2日前に意識を失って、目を覚まさなかったのよ!」
怪我じゃなくて熱? もしや怪我が化膿したのか?
それでもこの状況はよくわからない…
しばらくして、医者と思われる人が入ってきた。医者といっても白衣を着ていない。先程の女性に医者だと紹介されたからわかっただけだ。
「熱はほとんど下がったようですが、記憶に混乱が見られるようです。記憶の混乱も一時的なものでしょうから、すぐに回復するでしょう。」
脈を測ったり少しの問答をしたりした後、そう言って医者は部屋を出ていった。
「よかったわ… 本当によかった… 本当に……」
メイドが連れてきた女性は私の手を取って泣きながら喜んでいた。
結局、何がなんだか全くわからないまま、私は襲ってきた睡魔に負けて意識を失った。
“私”が目を覚ましてから1週間が経った。しばらくの間あった体のだるさも無くなり、体調はすっかり良くなった。それと同時にこの世界での今までの記憶も思い出し、今の状況もわかってきた。
私、英莉奈はやはりあの火災で死んだらしい。 そして、エストリア王国のルミナリア子爵家の次女として生まれ変わったらしい。ただし私のこっちでの本名はエリーではなくエレノア・フォン・ルミナリア。愛称がエリーとのこと。
家族についてまとめるとこんな感じだ。
ルイス・フォン・ルミナリア
(ヴィクトルの父親、エレノアの祖父にあたる、既に引退しており、ほとんど領地にいないヴィクトルに代わって領地の運営を行っている)
アーリア・フォン・ルミナリア
(ヴィクトルの母親、エレノアの祖母にあたる)
ヴィクトル・フォン・ルミナリア
(父親 宰相補佐)
ミレーユ・フォン・ルミナリア (母親、始めにメイドと一緒に入ってきた女性)
バチスト・フォン・ルミナリア(長男)
クラリス・フォン・ルミナリア(長女)
モリス・フォン・ルミナリア(次男)
ロラン・フォン・ルミナリア(三男)
エレノア・フォン・ルミナリア(次女)
(兄弟は年齢順)
ついでに、私が目を覚ましたときにすぐ側にいたメイドはルイーシャという私のお世話係だった。
はじめは受け入れられなかった転生したという事実も徐々に受け入れられてきた。
メイドたちの存在も、この状況も、何かの冗談かと思ったが、いや思いたかったが、それだけでなく自分の身体が幼い身体になってしまっているのだから受け入れざるを得なかった。
そういえば奏はどうなったのだろうか? 私が死んでしまっているであろうことを考慮すると奏も一緒に…
そう考えるのが妥当だろう。
せめて友理奈たちだけは助かっていてほしい、心からそう思った。
私の体調も良くなったので久々の家族揃っての夕食となった。お祖父様とお祖母様は領地にいらっしゃるのでそれ以外の家族である。それでも"新しい"家族と一緒に食事をとるなんて、こっちで転生前の記憶を思い出してからは初めてだ。
「熱を出して倒れたと聞いたときは本当に心配したんだぞ。」
そう言ってるのはお父様のヴィクトル。
「ヴィクトルの言う通りよ、エリー。 でも無事に元気になって良かったわ。」
そう言うお母様もまだ少し泣いているようにも見える。
「私とお兄様が学院から帰ってきたとたん、お母様が"貴族らしい振る舞いはどこに行きましたの?"ってほど慌てて駆け寄って来るんですもの。本当に何事かと思ったのよ。 エリー、本当に無事で…」
お姉さまも安堵した表情で言った。
それほどまでに私は心配されていたようだ…
「姉上の言う通りですよ。僕もロランもとても心配したんだし。 それに…」
「それに?」
私はモリスお兄様に訊ねた。
「それに顔には出してないけど、兄上もとても心配しててな。おかげで、兄上との剣術訓練もいつもよりとても厳しくてね。
そうだったよね? ロラン」
「は、はい バチスト兄上の訓練はいつもよりも大変でした…」
「…うるさい、モリス! ロランまで巻き込むな 明日のお前の訓練は2倍だな。」
「そんな!! 兄上お許しを~」
モリスは悲観的だが楽しそうな表情を浮かべた。
モリスお兄様頑張ってください…
「顔に出していたか、いなかったかはともかく。普通に心配していたんだからな。
無事に回復してよかった。」
「ご心配をおかけしました。 バチストお兄様」
「やっぱり心配していたのは事実じゃないですか、兄上。訓練2倍はこれで…」
「ん? 5倍にして欲しいと?」
「いえ、何でもありません!」
仲のよい家族で皆いい人たち…
私はこの家族との接し方も徐々に慣れてきた。
「ところでエリー。もうすぐあなたのお披露目会があるけれど大丈夫かしら? 覚えてる?」
「お披露目会ですか? お母様。」
「あなたももうすぐ10歳でしょ?」
そういえば、そんなのがあった気がする。
この世界では医療技術が発達していない。そのため、お抱えの医者がいる貴族でさえ子供のうちに命を落とすことも少なくない。だから、子供が産まれても10歳までは正式に公表しないのだ。
このお披露目会が対外的に子供の存在を伝える場となっている。
こういう経験はないので
「そこまで気負わなくとも、アルジエル派、それと懇意にしている商人たちぐらいしか来ない。
それにアルジエル派でも全員は来られないだろうしな。」
「お父様、アルジエル派とはなんでしょう?」
「そうか、お前はまだ知らなかったな。」
「そうね、私が説明するわね。
今この国にはアルジエル派とコーリアス派の主に二つの派閥があるの。詳しい説明は今度、教育担当から授業で聞くでしょうから、今は簡単に説明するわね。
先代王には、当時の第2王子が選ばれたの。第1王子が亡くなったというわけではないんだけどね。
第1王子からしたらそんなことは面白くなかったでしょうね。その例の第1王子がコーリアス派筆頭のコーリアス侯爵夫人の父親よ。そして、第2王子派にいたものたちの派閥が今のアルジエル派よ。 ちなみにこのルミナリア子爵家もアルジエル派よ。
そういうわけで、コーリアス派とは今でも本当に仲が悪いのよね。」
お姉様の説明で何となくの派閥構成は理解した。
「エリー。
お披露目会には敵対している者はもちろん来ないし、同派閥でも特に親しい者しか来ないわけだ。
そこまで気負おう必要もないからな。
ただし、お前の社交界の仮デビューとなるのだから それなりに頑張れよ。」
「はい、お父様!」
とは言ったものの、もちろん私は前世で正式なパーティーなんて参加したことない。
かろうじて、親戚の結婚式に参列した程度だ。
初めてなら少しくらい失敗しても怒られないだろう。そう楽観的に考えつつ、楽しい夕食を後にして部屋に戻った。
部屋に戻って一人になった瞬間無性に涙が溢れてきた。私はこの世界で一人ぼっちだ。
確かにこの家の人達は皆優しい人たちだ。だから余計に悲しい。
私が自分のことを話しても、相槌を打って話を聞いてくれると思う。でも本当に私の話を理解してくれることはない。
私はそのまま泣き疲れて寝てしまった。
しばらく寝ているとルイーシャが私を寝間着に着替えさせようと部屋に入ってきた。その音で私は目を覚ました。
「エレノア様。どうかなさいました?」
ルイーシャが私の顔を覗き込んで言った。
「え?どうして?」
「目元が赤くなっていますよ。」
「あのね、ちゃんとお披露目会出来るのか少し不安で。私何日も寝てたなら、その分色々と出来なくなっているんじゃないかって…」
私は嘘をついた。
細かな私の変化に気付いてくれるルイーシャに。
「大丈夫ですよ。エレノア様賢いですから。」
優しいルイーシャはそう言ってくれた。
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