第97話 もう1人じゃない許嫁
「いっちゃ、、、や。1人にしないで……」
結愛の口から溢れたその言葉に、莉音は体を静止させられた。寂しさからか、少し震えている結愛の声は、いつもよりもどこか色っぽく、莉音の思考を大幅に停止させる。
「結愛は、俺がここにいた方がいいのか?」
今の発言は、わざわざ結愛に聞く必要はなかったと思う。病人なら隣にいてほしいと思うのは当たり前だし、弱っている分人に甘えたくなる。
現に返事が返ってくる前に、結愛は綺麗な髪を上下に揺らしながら、数回頷いてみせた。
「い、いないと駄目……。1人にしたら、泣く、、、」
上半身を起こし、莉音の服をちょこんと指先で掴んでいる結愛は、さっきよりもずっと潤いのある瞳を浮かべる。
唇を少しだけ尖らせて、拗ねたような顔付きで我儘を述べた。
「分かった。ここにいる」
「…………ほんとう?」
「本当本当。結愛が満足するまで、ここにいるよ」
「えへへ。今日は1人じゃないんだー」
「ああ、ずっと見守ってる」
今日は1人じゃない。そんな結愛の言葉が、莉音の胸には深くまで刺さった。
だって、ただ莉音が隣にいるだけだ。結愛はたったそれだけで満足そうな表情をするのだ。
結愛からすれば、それだけ、なんてものではないのかもしれないが、莉音からすればそれだけだと思ってしまう。
「床、座るぞ?部屋に長居することに関しては大目に見てくれよ」
「うん!莉音くんがいてくれるのは嬉しい!」
結愛の脳内では、もしかしたらここが夢の世界という認識にでもなっているのかもしれない。
近くで見守る莉音がそう思うくらいには、今の結愛はとろけた幸せそうな顔をしていた。
莉音は結愛を見守るためにも、綺麗なフローリングの床に腰をつける。
莉音が座った時には結愛も体をまた横たわらせており、眠気からなのか、顔にはより一層緩みが増していた。
「…………りおくん、ここにすわって?かお、みえないの、、、かなしい」
床に臀部を置いた莉音を見た結愛は、眠気まなこのとろけた瞳を莉音に見せながら、ベットの上をぽんっと叩いた。
「ここに座れば、結愛は悲しくないのか?」
「…………うん。でも、すわらないと、ないちゃいます」
「分かりましたよ。座ります座ります。……これで満足ですか?か弱いお嬢さん?」
「んふふー、まんぞくー」
ほんのりと赤面した顔に、滲んだ瞳。そんな少女から誘惑されては、拒むものも拒まない。
変わらず幸せそうな、ゆるゆるに解けてとろけそうな表情を浮かべて、莉音の顔を覗き込んだ。
ただでさえ可愛い寝顔をしている結愛なのに、今は子供のような愛らしさのある反応と、全身全霊で甘えようとしている表情をしている。
「うん、りおくんのかおみれて、ほっとする」
そんな無垢で可愛い結愛に正面から直接的に伝えられれば、莉音の顔も赤くなる。
「はいはい。良い子だから早く寝てくれよ。そして風邪なんて治して、また俺に料理を作ってくれ」
莉音は何とか平静を装って結愛に返事をするが、内心心臓はばくばくと鼓動が治ることをしらない。
今でも、鼓動の音が胸の外に漏れているかもしれない。そう思うくらいには、結愛に翻弄されていた。
莉音はすぅと深呼吸をしながらも、自らの思考なんかを整える。
もう疲労と眠気の限界に達しているのか、ほとんど瞳を閉じている結愛が、重たそうに口を開いた。
「…………りおくんは、またわたしのごはんたべたい?」
「当たり前だろ。毎日の楽しみだ。だから早く治してくれないと、俺が困る」
「わかった。りおくんのためなら、なおす」
「その意気その意気」
流石の結愛も過度な眠気には勝てないようで、甘えるモードからお眠りモードに切り替わる。
結愛の声は途中で強弱がついていたので、今でもかなり眠いのかもしれない。
まあおそらくだが、結愛が体調を悪くしたのは毎日の頑張り過ぎが原因だと思うので、体に疲れが溜まっているのも頷ける話だ。
「はやくなおすから、て、ぎゅってして?…………じゃないと、なおらない」
布団に入り、今にも消え入りそうな声を上げる縛り出す結愛は、仰向けになっていた体を莉音の方へと向けて、そっと手を伸ばした。
まるで覆い被せてと言わんばかりに、手の平を天井に向けて。
「これでいいのか?」
「うん」
「…………どうせなら反対側も握っとくか?その方がもっと早く治るんじゃないか?」
「…………そうする」
莉音の見える位置に片方の手を出した結愛は、上から重ねられた感触でも伝わったのか、口元を緩める。
どうせなら。莉音はそう思ったのでもう片方の手も握ろうかと提案してみれば、結愛は断る素振りなんて見せずに、そっともう片方の手も布団の中から出した。
その手も上から覆うようにして握ってしまえば、結愛は心から幸せそうな表情を、顔全体で表した。
「りおくんのて、ちょっとぬるいけど、あったかい……」
「そりゃ俺より結愛の方が体温高いしな。ぬるいのも当たり前だよ」
結愛は重なった莉音の手を自分の顔の近くまで持っていき、そして頬の上に乗せた。
結愛の頬に触れた手の平には、柔らかな感触と共にじんわりと熱が伝わってくる。
莉音が結愛の言葉に返事をした頃には、結愛の瞳は完全に閉ざしきっていた。
「結愛?寝た?」
「んぅ……ん、」
莉音は結愛の頬に触れたままの手で、顔を包むように優しく撫でる。結愛からは喉を鳴らすような甘い声が漏れて、それが莉音の男のタガを刺激する。
「本当、弱った時はとことん弱るんだな。そういう所が可愛いんだけど」
莉音は結愛の頬を撫でながら素直な感想を呟やけば「ん、」と喉を鳴らす結愛が、寝ぼけながら自ら頬擦りをする。
「明日からもそんな風に頼ってくれてもいいんだぞ?…………手の甲を噛まれるのは少し痛いけど」
頬擦りをし始めたかと思えば、結愛の手は再び動き出し、莉音の手を自分の口にまで運ぶ。
そうすれば、「がぶっ」と小さな効果音を鳴らしながら、結愛の唇は莉音の手に吸い付いた。
その猫のような見た目と光景をしっかりと脳裏に焼き付けながら、莉音はぼそっと言葉を溢す。
「…………本当、幸せにしてあげたい」
自分がこの可愛い少女を幸せにしたい。莉音にそこまで大きく発言させるくらいには、今の結愛には保護欲をそそる無防備さと、男心に火をつける可愛らしさがあった。
「…………もう、充分に幸せですよ?」
莉音は結愛は寝ているからと油断していれば、まるで起きていたかのような返事が返ってきてびくんと身体を震わせる。
「ね、寝言、、、だよな?」
そう信じたくなるのは、莉音覗き込んだ中にある結愛への想いが、まだしっかりと確立しかいないからなのか。
莉音の頬には、結愛並みの熱が昇っていた。
【あとがき】
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