第91話 女の子は髪型を変えたい。

「結愛、最近良く髪型変えてるよな」

「そうですか?」



 春休みも残り数日となり、新学年への進級を身近に感じ始める頃、いつものように平和な昼の食卓で俺は結愛にそう言った。



 今だって丁寧に編み込まれたサイドアップを披露しており、視線を奪われた。




「変えてる変えてる。昨日はツインテールやお団子とかしてたし、もう朝昼晩で結び方変えてるだろってレベル」

「ま、まあご飯終わったら髪解きますし、結び方も毎度違いますよ」

「そんなもんなのか?」

「そういうものなのです」



 結愛が言うには、料理を終える度に髪を解くから毎回髪型も異なるということらしいが、俺はそれを聞いてもあまり納得出来なかった。




「でも前まではそんな頻繁に変えてなかったろ。これまではずっと一つ結び方だった気がするんだが。最近からじゃないか?良く髪型を変えるのは」

「確かに色んな結び方をする様になったのは最近からですね」



 自分で結んだサイドアップの髪を見ながら崩さないようにそっと触れる結愛は、数秒間間を置いた後に、言葉を発した。




「私も一応は女の子なので、結べるレパートリーとかを増やしたいんですよ。言うならば挑戦中というやつです」

「一応というか結愛は普通に女子だろ。結愛ならどんな髪型でも似合いそうだけどな」

「そんな完璧な女ではないですよ私は。」



 俺は本心でどんな髪型でも似合うと言ったのだが、結愛はそれを信じる様子もなく左右に首を振る。




「いや、でも髪とか肌とか綺麗だし、顔立ちのレベルも高いんだから何でも似合うと思うけどな」

「な、なんだか今日は莉音くん褒めてくれますね。一体どんな気まぐれですか」

「気まぐれも何も事実を言っただけ」

「…………そういうことでいいですけど」



 急に褒められたことに喜びを隠しきれていない結愛は、口元を緩めながらも深呼吸を行い、元のペースへと戻す。

 


 俺の意見は客観的に見ても誰もが頷けると思うのだが、結愛は正面から受け取ろうとはしなかった。




「私は毎日人並み以上に髪のケアとスキンケアには力を入れてる自信があります。まあ髪に関しては長いから力を入れざるを得ないんですけどね。あと前までは綺麗でいれば誰かが見てくれると期待してましたし」

「つまり今の結愛は努力の賜物ってわけか」

「そうじゃないですけど、そういうことです」



 悲しい過去を匂わせる発言もあるが、結愛が気にしていないようなので俺も触れないでおく。

 ここで下手に触るのは返って逆効果になりうるし、結愛の努力ということに変わりはないので変に気を使う必要もないと思った。



 生まれつきの顔立ちもあるのだろうが、結愛はさらにそれをずっと磨いているのだから当然魅力は増す。

 俺が許嫁で良いのかと今更思わせられるくらいには、結愛は日に日に綺麗になっていく。




「だったら尚更色々な髪型が似合うと思うけどな」

「…………私は色々な髪型に挑戦してどんな髪型でも結べるようにしたいだけで、全ての髪型に似合いたいわけではないんですよ。もちろん似合うに越したことはないんですけど」

「じゃあ何でそんなに挑戦してるんだ?」



 結愛の努力や美貌を持ってしてなら本当にどんな髪型でも似合うはずだし、事実今まで見てきた髪型も全て似合っていた。



 だから色々な髪型を結べるようになったり対応できたりするために、ここ数日はたくさんの髪型にしているのだと思った。

 でも実際は違うようで、全ての髪型に似合いたいわけではないと言う。



 もちろん似合っているのなら悪い気はしないのだろうが、何か特別な一つを探しているようだった。

 誰かに見てもらうための、特別な一つを。




「…………莉音くんのせい、ですかね」



 結愛が言うには、髪型のレパートリーを増やしているのは俺のせいらしい。

 目の前にいる少女の煌びやかな眼差しと恥じらいを示す表情を見れば、あらぬ勘違いをしそうで怖い。



 もしかしたら結愛は、と。勝手な思い上がりをしそうで。

 



「…………そこで何故俺が出てくる」

「もう、、少しくらいは考えてくださいよ。バカ」

「あ、口調が変わった」

「…………ほんとにバカです」



 俺が誤魔化して言葉を発すれば、結愛は本気で呆れた顔をした。

 一度目の「バカ」は恥ずかしがる様子と甘い声での罵倒が重なって、胸の奥までずんとダメージを与えた。


 だが二度目の「バカ」は思わず溜息を吐きそうなほどで、心の底からバカと言われた気がした。




「結愛は罵倒でしかタメ口にならないのか、」

「悲しい顔しても駄目ですよ。これも莉音くんのせいですからね」



 ツンとそっぽを向いて愛想のない返事をしてみせたら、今度は結愛からの質問が行われた。




「…………ちなみに、莉音くんはどんな髪型が好きなんですか?」

「俺か?」

「はい。1人の男性としての意見を聞きたいです」



 結愛はコップに入っていたお茶を飲み、静かに机の上に置いてから俺の顔を真っ直ぐと見る。

 長いまつ毛はピクッと動き、俺の口が開くのをまだかまだかと待っている。



 頭を回してどんな髪型が結愛に似合うかを考えている間も、大きな瞳を揺らしながら待っていた。

 



(好きな髪型を聞かれたのに、何で結愛に似合う髪型を考えているんだ?)



 ふとそう気付いたが、思い出した髪型を照らし合わせるほど仲の良い友達が結愛しかいないからだと、今は自分に言い聞かせた。




「ハーフアップ?みたいなやつ好き。あと髪型ではないかもしれないけど、髪をピンで止めてるのも好き」



 この髪型は結愛が料理をする時に結んでいた髪型ではない。俺が筋トレをしている時に、隣で結んでいるのを見て、ちょっと惹かれたのだ。



 ピンは付いていると愛嬌があって可愛らしさが増すので、個人的に付いていて欲しいという願望に近い。




「どれも料理する時には向いてないですね」

「料理しやすそうな髪型を答えるべきだった?」

「あ、いえいえ。好きな髪型でいいです」



 俺の言葉にブンブンと勢いよく顔を振っているのを見てサイドアップが崩れないか心配になるが、結愛の髪型は何一つ崩れることなく綺麗な状態を保っていた。




「そうですか。ハーフアップですか……」



 1人ボソッと呟くような声を上げるが、テーブルを挟んだくらいの距離ではそれも聴こえてくる。




「まあ俺は本人が好きな髪型をするのが1番だと思うけどな。結愛も下ろしているのが1番見慣れてるし」

「そういう紳士的回答は求めてないです」



 またもプイッと冷たい反応をして見せる結愛は、今度は可笑しそうにあどけなさを全開にした笑みを俺の前でしてくれた。




「ご飯早く食べましょうか。午後からは美鈴さんと霧中さんが勉強しに来るのでしょう?」

「勉強というか宿題だけどな」

「どっちでもいいです。さ、食べて食べて」

「…………適当だな」

「これも、莉音くんのせいですよ」



 そんな悪戯な笑みを向けられては、顔に熱が上るのは俺の方だった。

 それを隠すように、平然を装って箸を取ってご飯を食べる。



 今日の夜ご飯の時に結愛な髪型がハーフアップになっているかもしれないと思うのは、少々自意識過剰過ぎるのかもしれない。







【あとがき】


・あと数話で新章へと進めます。次の章がこの物語の肝心な所ですので、それまで読んでくださると嬉しいです。



まあ、まだまだなんですけども。

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