第66話 許嫁のお弁当の話

「莉音の弁当、いつも美味そうだよな」



 結愛からお弁当を作ってもらうようになってから数日が経ち、修馬と共に教室で弁当を食べる。

 彩り豊かな食材が俺の弁当箱には入っており、今日も今日とて食欲をそそらせた。



 目の前で祖母からの弁当を頬張っている修馬は、結愛の手作り弁当に興味を示していた。




「まあ結愛が作ってくれてるからな。当たり前だが美味い」



 修馬には結愛から弁当を作ってもらったということを話し、その時はまあニヤニヤとした眼差しを向けられた。



 俺が弁当の感想を伝えていれば、修馬は俺の顔を覗き込むようにして、体を前へと突き出した。




「何か、さらに莉音の顔が明るくなってきた気がするんだが、気のせいか?」

「…………気のせい、じゃないかもな」



 修馬に弁当のことは話したが、俺が少しだけ過去と向き合おうと思った話は、まだしていない。

 伝えるべきかすら迷っている。



 修馬は中学の時に唯一ずっと友達でいることを選んでくれた人なので、これ以上は迷惑をかけたくない。

 俺は修馬に恩があるからこそ、余計な心配はさせたくなかった。




「おっ、その反応を見せるってことは何かあったんだな?」

「仮にあったとしても、教えるつもりはない」

「はぁー、つまんねぇやつ」

「それで結構ですー」



 修馬はこちらの心を読むようにして真っ直ぐな瞳を向け、口元をぐいっと緩める。




「ま、言わなくても大体分かるけど」

「だろうな」



 察しの良い修馬のことだ。俺が過去の自分を見つめ直したことは、数日前から気づいていだろう。

 



「何にせよ俺は嬉しいわ。お前の理解者が増えたみたいで」

「誰目線なんだよ」

「友達目線」



 中学の時から見守っていてくれた修馬だ。そんな修馬だからこそ、顔には喜ばしい表情をしていた。




「いやー、俺はずっと勿体無いなと思ってたんだよ。お前って割とスペック良いのに理解者が少ないから」

「俺はそこまでだから。修馬の方がスペック的には良いだろ」

「それは俺らで決めることじゃないけどな」



 修馬は背は俺よりも低いものの、決して低い方ではない。平均身長よりも少し上くらいで、顔立ちも良い。



 それでいて気遣いが出来て運動も出来るので、女子からは声を掛けられることも多かった。

 もっとも根本的な部分は面倒くさがる所があるので、他人との付き合いはあまり広範囲とは言えなかった。

 


 

「莉音とかも、もっと明るい顔で過ごしてたら結構モテそうなのに」

「そんな物好きいないだろ」

「どうだかね。俺が断言出来るのは0じゃないってことくらいか」

「何で断言出来るんだよ」



 修馬はやけに自信満々な口調で話し、じーっと俺を見つめてきた。

 何で修馬がそんなに断言出来るのか、俺には見当もつかない。



「…………そういう所、やっぱお前は枯れてるわ」

「何でだ」

「少しは自分に聞いてみろ」



 バシッと背中を叩かれてから弁当をを食べ終え、スタミナの回復した状態で、午後からの授業の準備に取り掛かる。



 修馬の言う通りに自分に問いかけてみるが、やはり良い答えは思い浮かばなかった。




「ただいま」

「おかえりなさい」



 放課後はすぐに家に帰ってきて、先にソファに座ってゆったりとしている結愛の隣に腰を下ろした。




「今日のお弁当はどうでした?」

「今日も安定に美味かったわ」

「そうですか。良かったです」



 放課後はまずこのやり取りから入り、俺が弁当の感想を述べる。結愛は安心しながらも、どこかソワソワとした雰囲気を出していた。




「今日は卵焼きの隠し味にマヨネーズを入れてみたんですが、気付きました?」

「だからか。いつもよりもふわふわしてた」

「そうなんです。お弁当でも固くなりにくいそうなので、試しにやってみました」



 結愛は俺からの感想を待っていたからか、緊張感のある表情をしてじっと見つめてくる。




「それに気付くとは、莉音くん中々良い舌を持ってますね」

「俺だって夕食は作ってるわけだしな。ある程度は分かる」


 

 こう見えても結愛よりも料理歴は長いので、経験だけは負けない。結愛はここ数ヶ月でたくさん練習しているので、料理の腕自体は凄い勢いで上達していた。




「あ、明日の弁当で何か食べたいものとかあります?リクエストがあるなら一応聞きますけど」


 

 隠し味の話をしていれば、結愛は途中で思い出したと言わんばかりに、あっ!と体を震わせた。




「…………何でも良いの?」

「朝から作れるものなら何でもいいですよ。でも栄養バランスも考えますので、全てを聞き入れるのは難しいですけど」

「なるほど」

「ないなら無理に探さなくていいですからね」



 作ってもらう側の俺からしたらこれは凄くありがたい提案で、頭の隅から隅までを回して答えを探る。



 朝から作れるもので、俺の好きな食べ物といえば、今は一つしか思い浮かばなかった。




「…………タケノコ食べたい」

「タケノコ、ですか?」

「そう」



 ちょうどこの前スーパーでタケノコを見かけたので、その時から食べたくなった。

 それを夕食で出そうか迷ったのは、結愛が苦手だった時のことを考慮したからだ。


 


「確かにこの時期が旬でしたよね」

「そうなんだよ」



 結愛もそれは知っているようで、平然とした顔で言う。




「莉音くんはタケノコの炊き込みご飯が食べたいのですか?あるいはタケノコのおかか炒めとかが食べたいのですかか?」

「どっちもめっちゃ美味そうだな」



 結愛からはどちらが好きという質問だったが、それに対して、ついついどっちも美味しそうと答えてしまうくらいには、そのタケノコ料理には興味を引かれた。

 



「…………そういえば結愛、タケノコ料理とか作れるのか?タケノコを使う機会なかったと思うんだけど」



 弁当にタケノコが入るかどうかはさておき、果たして結愛はタケノコを使って調理が出来るのか。

 結愛は料理を始めてから数ヶ月と少し前からだ。



 そんな少女がこれまでにタケノコを使った料理を作る機会なんて、おそらくないだろう。

 少し我儘が過ぎたかなと、今更反省した。

 



「作れますよ。この前スーパーに行った時に莉音くんが無言でタケノコを見てたので、もしかしたらと思い、密かに練習しました」

「バレてたのか」

「バレますよ。2人きりなので」



 結愛は目を細め、表情を柔らかくする。

 結愛がやけにタケノコ料理に詳しかったのは、どうやら俺がスーパーで眺めていたのを見ていたかららしい。


 

 むず痒い気持ちになりながらも、結愛へと視線を向けた。




「なのでその二つだけなら作れますね。それ以外は作ったことないので、保証しません」

「作らないという選択がないのは強気だな」

「お弁当も練習の一環です」



 胸を張ってそう言う結愛は、挑戦心に溢れた面をする。




「それで、どっちがいいんですか?」

「ちなみに聞くけど、どっちも食べるという選択肢は?」

「1日の弁当にどれだけタケノコ入れるつもりですか」

「俺は全部でもいいけど」

「私も同じ弁当なので、全部は嫌ですよ」



 よく考えれば結愛と俺の弁当は同じなので、俺が一方的に食べたいものをリクエストするのは良くないかもしれない。



 結愛が好き嫌いしているところは見た事がないが、まだ食べたことのない食材ではどうなるか分からない。



 まあ前に練習したと言っていたので、口に合わないということはないのだろうけど。




「あ、ではこうしましょうか。明日はタケノコの炊き込みご飯にして、明後日はおかか炒めにします。それでいいですか?」



 結愛はパァと何か思い浮かんだように目を大きく開き、合いの手を打つ。




「俺は嬉しいけど、結愛は2日連続でも大丈夫なのか?」

「はい。私は構いませんよ」

「それならいいんだけど」



 そんな俺でしか得でしかない提案、受ける以外の選択肢はない。

 結愛も嫌な顔はせず、むしろ良い提案が出来たと満足げなオーラすら身に纏っているので、俺としても余計な心配はしないで良さそうだった。




「明日の弁当は、いつもよりもしっかりと保冷しなきゃですね」

「結愛も、弁当を日に当てすぎないように気を付けろよ」

「分かってます」



 まだ夕食すら食べていないのに、明日の弁当の話で盛り上がる。

 俺はもう今から楽しみにしていて、早く明日が来ないかとすら思っている。



 結愛は朝から大変な作業が増えたのだが、不思議と顔の奥には喜ぶ様子が見て取れた。




「じゃ、俺は夕食の用意するわ」

「用意が終わったら皿運びますので、呼んでくださいね」

「了解」



 俺はソファを立ち上がり、キッチンへと足を運ぶ。自分の表情が緩んでしまっているのは、鏡を見たわけではないが自覚があった。




(…………今日は結愛の好きなクリームパスタにしよう)



 胸にそう思い浮かべながらも、調理器具の準備を始めるのだった。

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