第56話 許嫁との帰り道は和やか

『今日の6時くらいに帰ります』



 翌日、朝に目が覚めてスマホを見てみれば、結愛からそんなメッセージが届いていた。

昨日はお泊まりをし、今日もまた一日中遊ぶらしいので、今週の土日はほとんど家にいない事になる。



 結愛がそれほどに楽しんでいるのなら、俺としては喜ばしい事だった。




「莉音……お前起きるの早いな」

「まあこの時間に慣れたしな」



 俺が朝食の用意をしようと立ち上がれば、その物音で修馬も目を覚ます。まだ眠そうに瞼を閉ざしているが、それでも意識はだんだんとはっきりして来たようだった。




「いつもこの時間に起きてんのか」

「結愛が朝食を作ってくれるからな。遅れるわけにはいかないだろ」



 俺は別にずば抜けて早く起きたわけじゃないし、平日は俺よりも早くから学校にいる修馬の方が、起きる時間は早いはずだ。



 結愛の朝食を食べることが習慣化してきた今、俺の体はアラームなしでもその時間に目覚めるようになった。




「へぇー白咲さんがいつも作ってんだ」

「…………その分、夜は俺が作ってるから」



 朝食を作ってもらっていることだけを話せば誤解を生みそうなので、夕食は俺が作っていることを話す。



 念のために話したのだが、修馬はその辺のことに関してはあまり興味を持っていないようだった。




「朝食も昨日の夜みたいに適当でいいか?」

「俺は食わせてもらってる立場だし、我儘は言わない」

「じゃあすぐ用意するわ」



 適当とは言っても、食べて満足するくらいのものは作る。ただその過程が少し雑になるが、メニュー自体を大きく変えることはない。



 久しぶりに自分で朝食を用意しながらも、日曜日の始まりを実感するのであった。




「莉音、また明日な」

「おう気を付けて帰れよ」



 日曜日なんてものは、友人と過ごしていればあっという間に時間が過ぎていく。この日も修馬と同じ時を過ごしていれば、別れの時間はすぐにやって来た。



 6時過ぎになって修馬を見送りながらも、まだ帰ってきていない結愛のことが少し心配になった。




「まだ掛かりそうか?」



 友達と遊んで、ついつい帰るのが遅くなってしまうというのは別に大した問題じゃないが、それでも同棲する立場としては多少は不安にもなる。



 今の状況を確認するためにも、俺は結愛にそうメッセージを送った。




『すみません。一つ前の電車に乗り遅れてしまって、帰るの遅くなりそうです。もうすぐ次の電車が来るので、7時ちょっと過ぎくらいに帰り着くかもです』

「了解」



 返信はすぐに返ってきて、送られてきた文の節々から申し訳なさが滲み出ていた。

 結愛が何か事件に巻き込まれたわけではないことにホッとしつつも、すぐさま俺が今取るべき行動に移した。




「り、莉音くん……?どうしてここに?」

「どうしてって、もう辺りは暗いし、迎えに来た」


 

 俺がこの日に結愛と言葉を交わしたのは、家ではなく駅だった。結愛は俺が駅まで迎えに来る事を予想していなかったようで、顔には驚きが隠し切れていなかった。



 まだ6時前なら明るさがあるので安心できるが、それでも一月だと辺りは暗い。それが7時前となったら尚更だろう。


 

 そんな暗い家路を、結愛1人で辿らせるわけにはいかない。




「こんな暗い中だと、結愛みたいな小柄な女の子は連れ去られるかもしれないだろ?」

「子供扱いですか?」

「違う。結愛は女の子なんだから、そういう危険もあるってこと」

「…………お気遣いどうもです」



 俺が迎えに来た理由を結愛に告げたら、そっと照れたような顔をして感謝を述べられた。今度は驚きではなく、嬉しさが結愛の顔一杯に表現されていた。




「ほい、荷物持つぞ。」



 結愛と出逢えれば駅に用はないので、結愛の持つ荷物を受け取ったら帰ろうと思った。

 



「え、でも……」

「こういうのは男に任せてくれ。結愛も遊び疲れてるだろうし、それくらいはする」

「…………ありがとうございます」



 良くも悪くも俺の両手は空いているので、結愛の荷物を持つのに適している。

 受け取った荷物は大して重たくはないが、電車が来るのを外で待っていた結愛に少しでも楽をさせてあげようと、俺なりの気遣いを働かせた。




「これからも、連絡くれればいつでも迎えに行くから」

「……では、これからはそうさせてもらいます」

「そうしてくれ」



 俺はただ結愛が心配なだけだ。

 こんな暗い中を1人で歩かせるわけにはいかないし、女の子が1人で荷物を持って帰ろうとしているのが、何となく良心が痛む。



 だからちょっとした親切心でそう言ったのであって、下心があるわけではない。





 そこ邪推な考えは、一切抱いていなかった。

 とは一概には言えないか。




「結愛、ちょっとコンビニ寄らないか?」



 その後、駅を出て真っ直ぐ帰宅していれば、コンビニの前で美味しそうな物を食べている人達の姿が瞳に映った。



 時間的にもお腹が空いていたので、小腹を埋めるにはちょうど良い。




「コンビニですか?私は構いませんが……。何か買いたいものでとあるんですか?」

「あぁ、ちょっと寒いし、肉まんとかその辺りを買おうかなと」



 結愛は手袋とマフラーを身につけていたが、俺はマフラーは巻いてるものの手には何の防寒具もつけていない。だからなのか、指先の寒さは簡単には消えてくれなかった。




「あと、結愛が前に寄り道とかしてみたいって言ってたしな。今は学校じゃないけど、帰宅途中の寄り道と考えればほとんど一緒だろ」



 まあ、寒いしお腹が空いたという理由は全部どうでも良くて、本当は結愛と寄り道をしようと思った。



 以前、そんな事を言っていたから。



「覚えていてくれたんですね」

「結愛が期待してるって言ってたからな」

「嬉しいです」



 どこか消えそうな儚げのある笑みを浮かべる結愛は、隠す事なく自分の気持ちを表面に出す。

 その姿が眩しいというのは、一々言う必要もないだろう。




「…………莉音くん、私はピザまん食べたいです」

「おっ、いいなピザまん。こういうのってどれを買うか迷うよな」

「そうですね」



 そんなゆったりとした雰囲気でコンビニの中に入り、レジの側にあるホットショーケースを2人で眺める。

 まだ何を買うか決まっていないが、結愛はにこやかな顔をして店内に笑顔を振りまいていた。



 そんなの当然人目を集めるので、俺が死角になるように位置を変える。



 その姿を隠したいと思うのは、結愛が人目を集めて言い寄られないか心配だからなのか、はたまた独占欲でも芽生えているのか、どちらなのかは分からなかった。




「…………どれにするか決まらないのなら、半分こ、しますか?」

「そうだな。それなら二つの味を楽しめるしな」

「そ、そうです……」



 暖房の効いた店内が暑かったのか、結愛は顔を赤らめていた。それが暖房のせいではないというのは、必死に迷っている莉音の脳内には考えが行き届かない。

 


 結局お互いに違う味のものを購入して、店を後にした。




「結愛、熱いから気をつけろよ」

「それくらい分かってますよ」



 俺は片手に結愛の荷物、もう片方にはコンビニで買った肉まんと、両手の塞がった状態で食べる。


 

 歩きながら食べるのは良くないかもしれないが、この方が高校生の放課後感が良い感じに演出されるだろう。

 



「美味しいか?」

「美味しいです」



 結愛と些細な会話を行いつつも、家までの距離を縮めていく。




「…………莉音くん、肉まんのパンの部分が口に付いてますよ?」

「まじ」

「まじです」



 特に何かを気にすることなく黙々と食べ続けていたら、結愛が俺の口に付いた饅頭に気づく。

俺はマフラーを下にずらして食べていたが、それでもまだ食べ難さは残っていたので、おそらくそれが原因だろう。



 きちんとマフラーを取ってから食べれば良かったと、今更後悔した。

 

 


「はい、しゃがんでください」

「え、何で」

「しゃがまないと私の腕が届かないんですけど。それとも口周りを汚したまま街を歩きますか?」

「…………拭いてください」

「承りました」



 別に結愛の荷物を一度預かってもらえれば自分で取れるのだが、すでにやる気満々の結愛を見たらそう切り出すのも難しい。



 いつになく包容力のある結愛の瞳を見ながらも、俺は大人しくしゃがみこんだ。




「これでよしですかね」

「ありがと」

「いえいえ」



 今は亡き母のことをちょっぴり思い出しつつも、その姿を結愛に重ねてしまわないように、思考を変えるためにも話題を絞り出す。




「…………結愛、今日の夕食はカレーでいいか?」

「はい。莉音くんの作るカレー好きです」

「そう言うと思って、下準備はしてある」

「流石ですね」



 ここに来る前に軽く用意したのを思い出して、それを結愛に伝えた。


 カレーが今日の夜ご飯だと知ってからパァと顔を明るくするあたり、俺には幼い子供のようにしか見えない。




「…………早く家に帰りたいです」

「そうだな」



 そう言葉を交わしながらと、残り僅かとなってきた今までの道をゆっくりと歩む。

 前回一緒に帰った時の反省を生かし、今度は俺が車道側を歩いていた。









【あとがき】


・何というか、夫婦のようなやり取りを書くのは楽しいし好きです。



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