第52話 俺の許嫁ははにかんで笑う

「本当に申し訳ございませんでした」



 その後、結愛が俺と花森さんの会話にやって来れば、俺達は素直に許嫁のことを打ち明けることにした。



 ここで嘘をついて乗り切れたとしても、変な尾びれが付く可能性もあるし、さらに変な誤解をさせてしまうかもしれない。それならいっそ、打ち明けた方が良いだろう。



 話を大事にせず、結愛本人の心配をしている花森さんになら、大丈夫だと思ったから。




「いや、花森さんが謝る事ない。俺が下心満載で寄っているように見えたのは事実なんだろうし」

「違う。それは私の誤解。ただ下心丸出しで結愛ちゃんに近付く人が多かったから、八幡くんも同じなのかなって、勝手な偏見で決めてた」



 許嫁、友達、その関係を花森さんに話したら、彼女は綺麗に腰を曲げて頭を下げた。

 行動の一つ一つに悪意のない花森さんがそれをやるからこそ、俺は見ていて胸が痛んだ。



 それは結愛も同じだったようで、申し訳なさそうにおどおどと見つめていた。




「ちゃんと考えたら、八幡くんは前も今日も手伝ってただけだったね。本当にごめんなさい」

「俺としては誤解が解けたのならそれでいい」



 花森さんにどんな事情があるにしろ、俺は謝られることよりも誤解が解けることの方が大切なので、解決したのなら俺から言うことはない。




「花森さん、ちょっと良いですか?」

「…………うん」



 それでも結愛は気になるところでもあるだろう。何故接点のない自分のために、ここまでしてくれたのかを。




「何でそんなに私のこと、気にかけてくださるんですか?これまで話した事もないですのに、、」

「それは…………」



 結愛が優しく語りかけるが、花森さんは言葉を詰まらせた。




「言いたくないならそれで良いんです。でも、そこまでしてくれたのは何でなのかなって、私には不思議で…」



 お互いによそよそしさを見せながら対面すれば、しばらく沈黙が生まれる。そして先に折れたのは、花森さんの方だった。




「本当に自分勝手な話だよ?」

「それで構いません」



 花森さんは確認のために聞き直すが、結愛は折れずに真っ直ぐ見つめた。



 その瞳に綺麗さを前に隠し事なんて出来なかったのだろう。ましてや、結愛は俺との関係という秘密を話したので、花森さんが自分だけ話さないなんて、そんなことが出来るはずもない。



 息を吐いて、それから息を吸って心を落ち着かせたら、花森さんはゆっくりと口を開いた。




「…………私、最初は結愛ちゃんのこと苦手だったの」



 開口一番、花森さんは一体何を言い出すのかと聞いていれば、まず耳を疑った。



 結愛もそれだけ聞いたら「えっ?」と言葉を口にしており、驚きを隠しきれていなかった。




「だって顔も良くて頭も良くて、おまけに性格もお淑やか。そんな女の子の理想の姿を手にしている結愛ちゃんが、とてもじゃないけど同じ世界に住んでいるとは思えなかった」



 花森さんの話に、俺はどこか共感出来る点があった。俺だって、最初は結愛が同じ世界に住んでいるとは思えなかった。



 だけど一緒に暮らすようになって、その見え方は少しずつ変わっていった。花森さんと同じように。




「でもね。それは私の勘違いだったんだ。結愛ちゃんも男の人に言い寄られたら人並みに震えていたし、怖がってた。タチの悪い人に色々な仕事を押し付けられたら、ちゃんと悲しそうな表情をしていた」

「そこまで見られてたとは……」

「そこで私は思ったの。この子も他の人と何も変わらないんだって。ただ気持ちを胸の中に隠しているだけで、周りの人より心が強いわけじゃないんだって」



 花森さんからの話を聞いていた結愛の瞳には、話を聞く以前よりも光が灯っていた。

 ほんのりと口元を緩めて、若干恥じらい混じりの顔をする。



 結愛は、自分のことをちゃんと見てくれる人には弱かった。表情も柔らかくなるし、纏っている雰囲気も和らぐ。



 それこそ普通の少女のように、温かなオーラを醸し出していた。




「そう思ったら、私が守ってあげなきゃって、勝手にだけど感じちゃったの」

「そうだったのですね……」

「結愛ちゃん、本当に迷惑かけてごめんね。……結愛ちゃんって、私が呼ぶ資格ないけど」



 一通りを話した花森さんは、しんみりとした瞳をしながらも、再び結愛のことを見つめる。その表情は、どこか勇気を振り絞ったような目つきに変わっていた。




「だからその、勝手だけど、、私と友達になって欲しいの!」

「私が、ですか?」

「ずっと言いたかったけど、中々言えなくて……」



 顔を赤くし、勢いよく思いを告げたら、花森さんは結愛から周り逸らす。

そのやり取りを見ていれば、パッと納得いくものがあった。




「あ、花森さん。もしかしてクラスメイトに結愛のことを聞いたのって、仲良くなりたかったからか?」

「や、八幡くん……。そういうのは気づいても言わないで欲しかったな」

「ごめん」



 俺の予想はズバリ当たり、花森さんの顔はより一層緊張感を増した。

 そんな彼女の表情を、結愛は逃さず正面から見つめる。




「あの、美鈴・・さん。私で良ければ……友達になりたい、です」



 結愛も結愛で、少し恥じらいを見せつつもそう返事をした。この2人は素直だけど素直じゃない。

 友達になるのにお互いに頬を染めるなんて、高校生だとはとてもじゃないけど思えなかった。




「白咲さん、ありがとう!!そしてごめんね」

「いえ、謝るようなことは何もないですよ」


 

 こうして軽いやり取りで結愛と花森さんは友達になり、早速激しめのスキンシップで結愛へと抱きついていた。




「あ、八幡くんも色々と迷惑かけたね」

「俺はおまけかよ」

「うん」

「素直だな」

「美点だと思ってる」



 前言撤回だ。やはり花森美鈴は素直な少女だ。でなければ友達の友達にこんな適当な扱いをするはずがない。



 まあ2人が幸せそうに微笑んでいるのなら、俺はそれで良いのだが。一瞬、チクリと胸に痛みが走った。




「…………美鈴さん、もう、下の名前で呼んでくれないのですか?」

「呼ぶ!結愛ちゃん!!」

「ちょっと、あの苦しいんですけど……!」



 2人のやり取りはまだ続いており、微笑ましい会話が続く。普段は名前で呼ばれないと言っていた結愛は、自分の名前を呼んでくれる新たな友達が出来たことで、嬉しそうに表情を崩していた。




「…………結愛、良かったな。友達増えて」

「はいっ!」



 俺に向けた、結愛の心から笑った笑顔がとても可愛いと感じてしまうのは、もう今に始まったことではなかった。









【あとがき】


莉音「…………俺の出番少なくね?」



莉音くん、貴方今回は完全にお父さん枠でしたね。まじウケる。いや、案外そうでもないか?



ようやくこの回から抜け出せそうです。また2人のイチャイチャに戻りますか。はい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る