第45話 許嫁と冬休みの終わり

「莉音くん、いよいよ冬休み終わりますね」

「早かったな」



 結愛と共に朝食をするようになってから1日、2日と日は流れ、ついに冬休み最終日が訪れた。

 今年の冬休みには色々なことがあったと感慨深さを抱きながらも、冬休み最後の朝食を迎える。



 この日ももちろん結愛が用意してくれて、俺はそれを眺めていた。夕食だけは変わらずに俺が作っていて、昼は変わらずに別々のままだ。



 まあ昼食の後にはお互いにリビングに居座ることが多かったので、実質2人で食べたと言っても等しい。



 俺が昼食を作ろうかと名乗り出ないのは、結愛がお昼も料理を練習していたからだ。

 それならいっそ結愛が作ってくれても良いのではと思ったりしたが、そんなことをお願い出来るはずなんてない。



 朝食は作ってくれているあたり、まだ昼食を提供するには未熟ということなのだろう。そう察したので、今はまだ別々だ。




「…………ところで明日からは朝食どうするんだ?いつも俺と結愛は登校する時間違うし、冬休みみたいに時間合わせられなくないか?」

「そういえばそうですね」



 結愛が作ってくれた朝食を食べてからソファに腰掛けてゆったりしながらも、明日以降のことを尋ねてみる。


 

 冬休みは結愛がのんびりしてくれているから朝食の時間を俺の起きる時間に合わせているのであって、学校が始まれば俺の起きる時間には合わない。



 そこには結愛が一緒に朝食を食べたいから待ってくれていたというのもあるだろうが、それも学校が始まれば話は変わってくる。



 俺は冬休みだからといってそこまで遅くに起きているわけではないが、起きているのは登校時間にギリギリ間に合うくらいの時刻だ。



 学校が始まれば流石にもう少し早く起きるが、それでも結愛と起きる時間に差は生じる。



 いつも学校には早くに行っている結愛なので、明日以降のことは気になった。

 もちろん今の俺は結愛に作ってもらってる側の立場なので、あくまで結愛の意思を尊重するつもりだ。




「あ、では私が莉音くんの時間まで待ってましょうか?それなら今とあんまり変わらなそうですし」



 結愛は特に顔色も変えずに、ここ数日と同じような形で朝食を作りたいと俺に提案をする。

それなら今とそこまで時間に大差があるわけではないので、比較的に楽と言える。




「俺からすれば起きる時間は変わらずに朝食まで出てくるから得しかないけど、学校に余裕を持って早くから行ってる結愛には迷惑だろ?」

「そんなこと全くないですけど」

「え、そうなのか」

「はい」



 俺なりに結愛のことを配慮をしたつもりなのだが、そんなことを気にした様子もなく、やけに単調な返しをされる。




「…………莉音くんは、私がなんでいつも早くに学校に行ってたか分かりますか?」



 もはや定位置とも呼べるソファの隣に座っている結愛は、真っ直ぐな瞳で見つめてくる。



 今の発言を読み解くに、結愛が学校に早くに行っていたのには理由があるらしかった。


 


「悪いが全然分からない」

「そうでしょうね」



 結愛の質問を頭の中に入れ、じっと考えてみる。数秒間考えてみたが、パッとした答えは浮かんでこなかった。

 そんなことを聞かれても俺が分かるはずもない。これまで基本的に朝の接触はなかったし、学校で接点なんて他人に等しい。



 だから結愛が学校早い時間から行きたい理由なんて、そもそも結論を出せるわけがないのだ。


 


「私、これまでは家にいるのが嫌だったんです。家にいた所で、どうせ一人ぼっちだったので」



 いつから増えたのか、ソファの上に置いてあるクッションをぎゅっと握りしめた結愛は、随分と見なかった悲しげのある表情を浮かべる。


 


「だから早くに学校に行って、少しでも孤独感を紛らわせたかったんです」



 結愛が学校に早く行っていたのは決して説明が長くなるような理由ではなく、ただ家にいたくなかったからだった。



 結愛のような過去の持ち主なら、そう思ってしまうのも無理はないだろう。だって家にいても孤独を自覚させられるだけなのだ。それなら学校に行って、別の事に意識を逸らした方が良いに決まってる。




「…………言ってくれれば、俺は早く起きたぞ」



 それを俺と同棲するようになった今でも行っているのは、もう習慣になっているからなのだろう。おそらく小さい頃からずっとそうしてきたのだ。



 そんな数年の習慣が身に染み付いているので、簡単には離れない。



 だからこそ俺に言って欲しかった。結愛の孤独感を完全に消すことは出来ないかも知れないが、それでも暇潰しくらいには役に立つと思うから。



 流石に一緒に登校することは出来ないが。




「莉音くんならそう言ってくれると思ってました」

「思ってたなら言えば良かったのに」

「…………言わないですよ。だって家にいるのが寂しいと感じたのは、莉音くんと同棲する前の話ですので」



 悲しげな顔をしていた結愛の表情は、俺と顔を合わせれば穏やかに戻る。瞳をとろんとさせ、優しく口元を緩めた。




「最近は、家に莉音くんがいます。朝ご飯を一緒に食べてくれる人がいます。だからもう、私が早く学校に行く必要はないんです」



 目の奥を輝かせ、温かな顔をして言葉を続ける。




「…………なのでその、莉音くんの時間に合わせるのが迷惑とかそんなの全然なくて、、、むしろ莉音くんが起きる時間に、私が合わせたいというか…」



 頬は少しずつ染まっていき、クッションで顔を隠してもなお、耳まで赤くなっている。




「そう思うのは駄目、でしょうか……?」



 クッションからチラッとこちらを覗き込むようにして、少しだけ顔を出す。そして、意図しているのか意図していないのか分からない上目遣いを向けてくる。




(もうわざとだろ……)



 もう結愛は俺が断れないのを知っているのではと疑いたくなる。あんな小動物のような可愛らしいことをされたら、断れるわけがない。



 もっとも、最初から断るつもりもなかったが。

 深呼吸を行って、精神統一と共に呼吸を整える。それでも未だに心臓はバクバクと派手に動いていた。




「…………そんな良すぎる話、むしろこっちからお願いしたいくらいだ」



 全てを聞き入れた上で、俺は結愛にそう言った。俺には得しかなかったし、結愛に寂しい思いをさせないためにも、一緒に食べるしかない。



 本当は俺自身が一番に一緒に食べたいと思ったが、それは胸の中にしまっておく。

 



「で、では明日からも私が作るってことでいいんですね?」

「そうしてくれるなら感謝しかない」



 再確認にも俺が同意の意思を示せば、結愛はパァと口元の緩みを大きくしていた。




「まあ莉音くんに恩返し出来るので、良かったです」

「本当の目的はそれか」

「当たり前です」

「これからも、恩返ししていきます」



 そんな結愛の表情は負の感情なんてものは微塵も見られず、純粋な笑顔だけが顔に残されていた。




 





【あとがき】


・こうして、莉音くんは少しずつ結愛ちゃんに堕落させられていくのであった。


その分、莉音くんもちゃんと結愛ちゃんに優しくしてあげるのでしょうね。多分。


*2人は熟年夫婦みたいなやり取りしてますが、実際は付き合ってもないです。

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