第38話 許嫁とおやすみの時間

「結愛、寝てるのか?」



 体をくっつけて離さない結愛にそう言えば、腕に抱きつく力は強まる。




「…………起きて、、ます」


 

 俺の察するに、結愛は今睡魔とアルコールの酔いが重なって襲いかかっているのだろう。だから寝たように酔ってるし、酔ったように眠りそうだ。




「こんな所で寝たら風邪引くし、自分の部屋に戻った方が良いんじゃないか?」



 まだギリギリ理性が保つ範囲で忠告をし、動かぬ体で必死に抵抗を見せる。




「もう少し、莉音くんと一緒にいる……!」



 結愛は閉ざした瞼を開いて、俺の肩に顔を乗せたままそんな言葉を発する。無邪気な純粋さ溢れる表情で。




「そうは言っても、そんな状態でいられてもこっちが困るんだけど」

「…………莉音くんは、私と一緒に過ごすの、、、嫌?」

「全然嫌ではないけどよ……」



 ほんの少し揺れるたびに腕の辺りには結愛の体が当たり、ちょっとずつ俺の思考を奪っていく。

 開いた瞳はとろんっと、とろけそうな仕上がりになっていて、元々幼げの残っている顔立ちをさらに幼く見せてくる。



 華奢で小柄なのに柔らかい体。俺の事を微塵も警戒していないような無防備な顔。

 それでいて僅かにはだけたネグリジェが、ただでさえ薄い理性を容赦なく突いてくる。

 


 一緒にいるのは嫌ではない。嫌ではないが、どうも耐えられそうにない。だって俺は聖人でないのだから。




「私は、1人なのはもう嫌……」



 慌てふためきつつある俺に、結愛は何故か悲しい顔を向けていた。



 幸せそうな顔で次々と言葉を発する反面、そこには結愛の辛い過去が対比するように描かれているようだった。今日までの数日間家を出て、結愛にはまた悲しい思いをさせてしまったからかもしれない。



 付き合っているわけでもない男子がそう思うのは思い上がりが過ぎるだろうが、今の表情と言葉から可能性はゼロでは無い。

 


 俺でさえ寂しいと感じてしまっていたので、幼い頃からそんな過去が続く結愛からすれば、1人になりたくないと強く思うのは当たり前だ。




「1人になるのは、他のどんなことよりも辛い…」

「結愛、、」



 結愛はまた瞼を下ろして、体を俺に預けてくる。類い稀な経験をしている結愛が言うからこそ、その発言には説得力があった。




「だから離れないで、いなくならないで…………私を1人にしないで」



 今のはこれまでの我儘とは違い、願望のように見てとれた。俺の来ている服の袖の部分を握って、涙目になりながら強く引っ張っている。



 もしかしたら、これも酔いの一種なのかもしれない。酔ってネガティブ思考になっているとか、負の感情がどっと押し寄せてくるとか、可能性は様々だ。



 でも、これも結愛の心情のうちの1つという事実に変わりはない。




「そんなに1人が嫌なら、ずっととは言わないけど俺が相手してやるよ」



 所詮友達でしかない俺には、これ以上のことは言えなかった。まあ許嫁なので言える資格はあるが、まだその覚悟と決意はない。




「行きたい所にも行ってやるし、見たい物も飲みたい物も、全部付き合うぞ」

「莉音くん、、」



 それでもせめて、友達として出来る事はしてあげたかった。それが行き過ぎた行動なのかもしれないが、結愛の悲しむ姿はもう見たくない。



 俺の分も、しっかり幸せになって欲しい。




(俺も酔いが回ったか……?)



 きっと酔いが今になって俺にも回ってきたのだろう。だからこんなマイナス思考をしてしまうのだ。未だに過去を引きずる俺は、そう言い訳をしたかった。許して欲しかった。




「私、初詣に行きたい……。誰かと、そういうのに一緒に行ったことなくて」

「そんなのでいいなら、俺は喜んで行くよ」



 うとうとと寝落ちしそうな結愛は、その言葉を搾り出して、またパァと顔を明るく照らす。




「莉音くんっ……!」



 小さい子供のように俺に抱きついてくる結愛は、今だけは昔に戻ったのかもしれない。人に甘えたくなる、幼い頃に。



 それなら急に敬語じゃなくなったのにも納得がいくし、当然今のような行動や言動にも辻褄が合う。



 人は酔うと抑えていた理性や感情が抑えられなくなると聞くので、小さい頃から我慢していた結愛が酔うとこうなるのも割と察しがいく。



 だけども、体の発育なんかのことは考慮してほしい。結愛ももう立派な高校生なのだ。そんな結愛に抱きつかれては、理性なんて紐はすぐにでも切れてしまいそうだ。




「なぁ結愛、まじで離れた方がいいぞ。てか好きでもないやつにそんなことすんなっ!酔いと目が覚めたら絶対後悔するぞ!!!」

「今は気分がポカポカして眠たい……」



 脳内お花畑の結愛に俺の言ってる事が通じるはずもなく、結愛は今にも眠りそうな顔で、俺に全体重を寄せている。




「明日は初詣に行くんだろ?ならさっさと寝ろ!」

「もう少しだけ側に……」

「俺は結愛のために言ってるんだぞ?起きて恥ずかしくなるのは絶対結愛だから!!」



 言っても聞かないのなら最終手段に移すしかないだろう。無断で女性の体を触るのは少々気が引けるが、結愛のためにも手段を選んでいるわけにはいかない。



 俺はそう決意して、腕に絡みつく結愛の体にそっと触れた。




「んっ……」



 もうすでに眠り始めているのか、ゆっくり引き剥がそうと優しく触れれば、結愛は甘い唸り声を鳴らした。

 はだけて露わになった、普段は絶対に見ることの出来ない真っ白な太腿が視界に入れば、胸の中の俺はどんどん惨めに見えてくる。




(もう嫌だ…………)



 結愛は俺を信用して、ワンピースのネグリジェという服装を着用しているのだろうが、俺はそんな結愛を裏切るような行動を取ってしまう。



 誰であっても、女の子の絶対領域が露わになったら目で追ってしまうだろう。それを見るなという方が難しい。




「…………ねぇ莉音くん、一緒に寝よう?」

「うるせぇ馬鹿!もうここで寝てろ!!!」



 一緒に寝る。結愛はそれがどういうことが分かっているのか。年頃の男女が、一つのベットで向かい合って寝るということだ。



 流石にそんなの出来るわけがない。結愛を襲ってしまう自信しかない。だから強めに否定し、すぐさま部屋に戻ることにした。



 俺は捲れたワンピースを極力見ないように細線の注意を払って、膝よりも下までちゃんと隠れるように元に戻す。

 こっちが必死になって行動しているというのに、結愛は相変わらず無防備な寝顔をすやすやと披露していた。




(…………ったく、俺の気も知らないで!)



 もう結愛はこのままリビングに放置で良いだろう。これ以上無許可で触れるのは結愛に申し訳ないし、そもそも俺の心臓がもたない。



 別に自室に運んで寝かせてあげるのだけが正しさじゃないし、リビングのソファで寝かせるというのも、1つの経験として体感させた方が良いはずだ。


 


「…………おやすみ」


 

 それもこれも、可愛らしい人形のような結愛の寝顔を見れば、全てなかったかのように疲れが吹き飛んだ。



 結愛にそう挨拶を告げても、俺の心臓はバクバクと高鳴ったままだ。




(毛布くらい被せてやるか)



 そこから少し時間が経てば、そういえば結愛に毛布をかけていなかったことに気づく。

 今の結愛は体が熱いだろうから、毛布はやめてブランケットを被せた方が良いかもしれない。そう思って、大きめのブランケットを手にした。




「…………本当、いつ見ても防御力のない寝顔だな」



 ブランケットを掛けに再びリビングに戻ってくれば、暗闇の中で眠る結愛がソファの上にいた。ここに来るまでに目は慣れたので、ある程度の場所は分かる。

 

 


「せいぜいぐっすり寝てくれ」


 

 ブランケットを結愛に掛け、最後に一度だけ頭に触れる。柔らかな毛先が手の内をくすぐり、つい撫でてしまうくらいには、触り心地のよさを感じた。



 無防備な顔を男の前で晒したのだ。これくらいはしてしまっても仕方ないだろう。自分勝手に開き直りながらも、自室へと戻る。




「…………ありがとうございます」



 結愛に背を向けてから数歩目の時、そんな声がリビングに響くのだが、俺はすでに自分の部屋へと戻っていた。








【あとがき】



・次話は酔いと眠気の覚めた結愛ちゃんの、謝罪から始まりそうですね笑笑

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