第37話 許嫁と酔い
「明けましておめでとうございます」
「おめでとう」
薄らと聞こえる除夜の鐘を聞きながら、今度はそう言葉を交わす。
昨年までのクリスマスなんて、年明けにこういった挨拶をしてこなかったので、今年は同時にちょっとだけ嬉しさも感じた。
「年明けたな」
「明けましたね」
高校生とは思えないやり取りを行い、お互いにスマホが音を立てて振動する。俺はこういう連絡を自らするタイプではないが、少なからず新年の挨拶が届いていた。
結愛もずっと話していたので自分からは送っておらず、それでも連絡が来るようだった。
「結愛、めっちゃ通知来るな」
「そうですね。こういう連絡は毎年来ますよ」
俺なんかは友人も数少ないし、そもそも連絡先を交換している人数もそこまでいないので、通知はすぐに止まる。
だが結愛はしばらく止まりそうになく、スマホを手にした今も通知音が鳴り止まなかった。
「クラスの連絡グループに入ったのは失敗ですね。全く親しくない人から連絡先の交換が来て、断るに断れないです」
「モテるっていうのも割と困るんだな」
「そうかもですね。なんかクラス外でも私の連絡先が勝手に拡散されてるらしいので、それは流石に迷惑です」
断りきれずにクラスの連絡グループに入れられ、そこから勝手に追加されたり拡散されたりと、プライバシーの欠片もない。
結愛は困ったような顔で一つ一つの連絡を律儀に打ち返していて、その苦労には見ていて同情した。
「そういえばお菓子持ってきたから、それ食うか?食べながらやってたら、そのうち返し終わるんじゃね?」
「まあのんびりやるしかないですし、いただきます」
「持ってくるわ」
もう親しくない人からの連絡は無視してと良いのではないかと思いつつあるが、結愛の性格上はそんなこと出来ないのだろう。というよりも、毎年同じような現象が起きているのか、どこか慣れたようにも見える。
何とも言えない感情を胸に抱きながらも、養親の家から持ち帰ったお菓子をいくつかリビングへと持って行った。
「また随分と高そうなお菓子ですね」
「あー、なんか一応会社のお偉いさんらしいし、同じような立場の人から貰ったりしたんじゃないか?」
「なるほど。通りで」
ああ見えても上流階級の人間だ。貰ってくるお菓子なんかもそれなりに値のするものなのだろう。包装から高級感が伝わってくるので、見れば分かる。
「…………なんだか申し訳なさがあります」
「食べないと腐らせるだけだし、それなら食べた方が良いだろ?」
「それはそうですが……」
「結愛は今は自分の作業に集中すれば良いだよ。お菓子のことまで気にしてたら、返信終わらないぞ」
俺は是非とも食べて欲しいし、なんなら結愛に食べて欲しいから持ち帰ったと言ってもいい。どうせ腐るなら、という本来の目的に付け加えたにすぎないが。
「やっぱりいただくことにします」
「そうしてくれ」
結愛もここで俺と話をして、無駄な手間を長引かせたくなかったのかもしれない。先に折れて、食べると言葉を口にしてから俺と目を合わせた。
「ほい、食べていいぞ」
「そんなの言われなくても食べますよ」
何故か冷たい言葉を返されながらも、一度手を止めて体を前に傾ける。俺が今包装を破いたのはチョコのお菓子で、味が濃そうなのが第一印象だった。
「…………苦いっ、、、」
先にチョコを口に入れた結愛は、可愛らしい声と顔をしてそう言う。
「…………確かにちょっと苦いな」
「ちょっとじゃなくて普通に苦いんですけど」
これが大人のチョコというやつなのか、結愛みたいに顔を
「ココアでも用意するか」
「わ、私がします」
「先に返事をしてからな」
「うぅ……」
俺が立ち上がってキッチンへ行こうとすれば、隣で悔しそうな顔をした結愛が俺を見上げる。美少女の上目遣いというのは、意図せずとも破壊力があるのだから恐ろしい。
そんな空気に当てられたのか、少しだけ頬に熱が昇るのを感じながらも、キッチンへと向かった。
「これと一緒に食べたら案外美味いかもな」
甘さのあるココアを2つ用意すれば、リビングのソファに腰掛ける結愛の元へと運ぶ。
「ここに置いとくぞ」
「ありがとうございます」
用意したココアの机の上に置き、俺は元いた場所に座る。
「ふわぁ……」
重たい腰を下ろして、置いたマグカップを手に取れば、隣で引き続き返信をしている結愛は大きなあくびをした。
「眠いのか?眠いなら今日はもう寝た方がいいんじゃないか?」
「まだ大丈夫です。それに今ココア淹れてもらったばかりですし」
「それは別に無理して飲まなくていいけどな」
普段から優良児の結愛は、0時を過ぎると少しずつ眠気を感じ始めているようだった。それプラス慣れない料理もかなりしているので、疲れは限界に達しているはずだ。
そんな結愛を無理して起こさせるわけにはいかない。だからといって無理に寝かせるわけにもいかない。
「寝たくなったらいつでも寝ていいからな」
「寝たくなったらそうします」
なのでそこら辺の判断は結愛に任せることにした。それなら俺に非はない。まあこの雰囲気で寝たいですとは申告し難いだろうけど。
「莉音くん!ココアと一緒に食べたら、苦いの後に甘いがきて美味しいですよ!」
「まじ?」
「まじです」
連絡を返すのにも一段落ついたのか、チョコとココアを食べる結愛は、一瞬顰め面を浮かべるものの、その後にはパァと瞳を大きく開いた。
「本当だ。結構いけるな」
「はい。私ハマりそうです!」
明るい表情でチョコを口に入れる結愛は、どうやら気に入ってくれたらしい。苦い味が来てから甘いものを注ぎ込む。そういうのは割と癖になって食べたくなるは、何となく理解した。
「…………結愛?」
しばらく休息を挟んで些細な会話をし、結愛が残りの連絡を返していれば、俺の肩には何かが当たった。いや、乗ったというべきかもしれない。
ふんわりと良い匂いが、流れるように鼻まで届く。ぶつかったとはいえ、そこまで衝撃は大きくなく、痛くもなかった。
「んっ……、うぅ、、ん」
自分の肩を見てみれば、瞼を閉じた結愛が寄りかかるようにして頭を乗せており、体全体を脱力して、眠ったように甘い声を漏らした。
だらんと伸びた髪を降ろし、無防備な顔と姿を曝け出している。
「だから言ったのに、眠いなら遠慮せず寝て良かったのによ」
申し出難いのは重々分かっているが、こうも近くまで接近されるとこっちだって困る。
(起こさないようにそっと離れよう)
そう思って体を動かそうとするが、その行動はすぐに塞がれた。
「莉音くんっ…………!」
「はぁ!?!?!?」
てっきり寝たかと思った結愛は、次の瞬間に俺の腕をぎゅっと抱きしめた。
肩に乗っけた頭を、猫のように擦り付けて動かしている。とろりと緩んだ、幸せそうな顔で。
まさか思いもしないだろう。まさかお酒入りのチョコだったなんて。
「んっ……」
良い感じに酔いが回ってきた結愛は、どんどん深くまで体を近づけてくる。
腕には何やら柔らかい感触が当たり、俺の思考を一時停止させるのだった。
【あとがき】
・ようやくデレデレが書き始められるぜ!ちょっと飛ばし過ぎた感はありますね……。はい。
コメント等の応援お願いします!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます