第25話 許嫁と友達になったら。
「今更だけど、結愛って呼んでいいんだよな?」
俺と結愛が友達という関係性になってから数日が経ち、この日も2人で家のリビングで話していた。
「先に友達になろうと提案したのは莉音くんですよ。友達なら下の名前で呼ぶのが当たり前です」
「そうだけどよ」
すでに結愛は俺の名字ではなく名前で呼ぶようになっていて、段々と聞き慣れてきた。俺は未だに呼び慣れず、こうして本人に確認までしているしまつだ。
「なんか女子を下の名前で呼ぶのって抵抗あるんだが」
「別に呼び捨てじゃなくてもいいんですよ。下の名前で呼ぶことに意味があると思いますので」
名字を呼び捨てにするか名前を呼び捨てにするかでは、名前を呼び捨てにした方が遥かに親しさがアップして聞こえる。
そういう意味では友達になったら下の名前で呼んだ方が良いのかもしれない。
「…………まあ下の名前で呼ぶように意識はするけど、呼び捨てだと馴れ馴れしいとか思わないよな」
俺はこの事だけを心配していた。別に呼び捨てに抵抗があるわけではない。ただ呼び捨てして変な誤解をされるんじゃないかと心配になるので、名前呼びには抵抗があるのだ。
「莉音くんって、意外と乙女な所ありますよね」
「仕方ないだろ。女子の友達なんて今までいなかったから、どう接すればいいか分からないし」
隣に座る結愛は、俺の方に向けていた顔を少しだけ下に向けた。
「…………そういうのずるいです」
「何がだよ」
「何でもないです」
揶揄ってきたと思ったら今度は素っ気ない対応をする。結愛が感情をより表に出してくれるのは友達としては嬉しいが、経験が乏しい俺には理解できない事もある。
「…………下の名前で呼ばれることなんて滅多にないので、ちょっと嬉しいです」
ほんのりと頬を赤らめてそう言うのだから、隣で見ている俺としては何とも心臓に悪い。結愛の場合は小さい頃からの家庭環境もあり、ほとんど呼ばれなかったのが想像出来てしまう。
学校でも基本的には名字で呼ばれているので、名前で呼ばれる機会は本当にないのかもしれない。
その虚しさを俺が呼ぶだけで少しでも埋められるのなら、呼ぶほかに選択肢はないだろう。
「まあ友達なんだし、名前くらいいつでも呼んでやるよ」
「…………莉音くんは本当に女の子の友達いないんですよね?」
それがどういう意図で放った言葉なのか、俺が分かるはずもない。
「生憎と1人もいない。女子に限らず男子も指で数えられる程度しかいない」
「…………意外ですね」
「まああんまり交友関係を多く持つのは好きじゃないから」
俺は人との過度な接触は避けていたので、友達と呼べる人物は限られているだろう。そもそも根っから人との交流を好む性格ではないし、得意というわけでもない。
自分だけが幸せになったらいけないという気持ちも少なからずあるが、それ以上に人付き合い自体が苦手だった。
「…………じゃあ女の子の友達は私だけってことですか?」
「まあそうなるな」
「そうですか」
これは何かの拷問なのだろうか。誰が悲しくて友人の少なさを他人に説明しなければならないのか。
「…………私も男の人の友達は莉音くんだけですね」
「そうなのか。結構モテるだろうに」
「好意を抱かれだからといって仲良くなるわけではないですし」
この日はやけに話が続いた。それこそ結愛と友達について話すくらいには、会話が途切れることはなかった。
もうすぐ冬休みだからだろうか。俺と結愛も気分的に少し浮かれていたのかもしれない。
「名前で呼んでくれる友達も、莉音くんだけですね」
「友達は数より質って言うし、そこまで気にしなくて良いだろ」
「その言い方だと自分は質が良いみたいになってますよ」
「これから作るとしたらの話な」
そう話をし終えたら、続いていた会話が途切れた。お互いに体を向かい合わせたまま、無音の時が流れる。
こうして見つめ合えば、目の前にいるのは美少女なんだと再確認させられた。
「ところで白咲さ……結愛。クリスマスとかどうするんだ?」
まだ名前呼びになれず一瞬名字で呼びかけたが、気付いて言い直す。もうすぐ冬休みが来て、そしたらクリスマスがあるので、割と早い段階で予定を聞いておいた。
「クリスマスですか。特に予定はないですよ。クラスメイトから誘われはしましたけど、全部断ってるので」
結愛はキョトンとした顔で、俺の質問に答える。結愛も俺と同じで、多数の人物とは過度に親しくなろうとしていなかった。
自分の誕生日ですら誘いを断ろうとしていたのだから、本当に無駄な馴れ合いを良しとしないのだろう。まあそれには理由もあったが。
結愛は多くの男性から想いを寄せられているので、自分の身を守る為にも距離感には気をつけているようだった。
結愛自体、元々そこまで明るくない大人しいキャラなので、大勢が得意ではない。だからこそ、クラスメイトからの誘いも断っているのだろう。
「そっか。じゃあその日は家で過ごすのか」
「まあそうなると思いますね」
結愛がわざわざ実家に帰るとは思わないし、クラスメイトからの誘いも断っているのであれば、ここで過ごすしかないだろう。
まさかここに来て彼氏がいるなんてカミングアウトもないはずだし、その予定は確定に近いはずだ。
「…………莉音くんはどうするんですか?」
俺が結愛に聞いたからか、次は結愛がクリスマスの予定を聞いてきた。ちょっと目線を逸らしながら。
「俺もここで過ごすつもりだ。本当は修馬とどこか飯食べに行く約束してたけど、あいつ地元に帰るらしいし」
「そうなんですか」
「一緒に帰ろうって言われたけど帰りたくないよな。帰ってもどうせ1人みたいなもんだし」
「そうですよね」
やはり結愛も実家に帰る予定はないようで、俺に共感をしていた。親に利用された子供なんてそんなものだろう。
わざわざ1人になるために実家に戻るなんて、そんな馬鹿な話があるわけがない。
「だからまあ俺の夕食も食べ飽きただろうし、たまには外で食べるか?」
「え……?」
別に下心があって誘ったわけではない。
ただどうせ家にいるなら2人で家で食べることになるだろうし、それならクリスマスくらい外で食べようかなと思っただけだ。
「…………食べ飽きる事はないですけど、私もご一緒していいんですか?」
「だって気まずいだろ。結愛を1人家に残して俺だけ飯食べに行くの」
結愛は急に瞳を輝かして俺の方に顔を向け、純粋さ溢れる表情を浮かべた。まるで子供のようなあどけなさのあるその表情は、無性に保護欲を刺激した。
つい無防備な頭を撫でたくなるくらいには、薄っぺらい男子高校生の理性をくすぐった。
「それが理由ですか?」
「そうだな」
そして結愛は、一瞬何故か表情を暗くした。
「友達になったから誘ったが、嫌なら断ってくれていいからな」
「莉音くんからの誘いは、、、友達からの誘いは嫌じゃないです。私も行きます。ご飯は2人で食べた方が美味しいので」
俺は自分だけが調子にのるまいと結愛が断る道も用意するが、良く考えれば凄く断りづらいなと気づいた。それでも結愛は了承してくれたので、ほっと胸を撫で下ろして安心する。
友達になったとはいえ、結愛はクラスメイトからの誘いを断っているのだ。俺からの誘いを断る可能性もありえなくはない。
仮に断った所で同じ家で共に夕食を食べるのだから、断ったしてもあまり意味ない気もするが。
「とは言っても、クリスマスまではまだあるな」
「あと1週間ちょっとですよ?すぐ来ますよ」
「それもそうだな」
冬休みまではあとちょうど1週間で、クリスマスはそこから数十経った日だ。決してすぐ来るとは言わないが、もうすぐではある。
これまでずっと1人のクリスマスだったからか、誰かと共に過ごせるというのは、年甲斐にもなく少しワクワクした。
「何か暖かい飲み物でも入れてきますね」
「助かる」
ちょうど約束を終えれば、結愛は立ち上がってキッチンに行く。修馬から貰ったお揃いのマグカップを取り出して、そこにココアを入れていた。
それを持ってきてテーブルの上に乗せれば、今度はきちんと勉強に取り掛かった。
ソファに座る結愛の位置は、この前よりもちょっとだけ近くなっているような気がした。
【あとがき】
・ちなみに、第1章は年越しまでです。
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