第23話 許嫁の気持ち③
*莉音くん視点に戻ります。
「どうかしたのか?」
今日、結愛が日直で帰りが遅くなるというから買い出しに向かっていれば、何故か公園で遭遇した。
そしてやけに真剣そうな顔をして。
俺に話があると言った結愛の表情は、どこか恐れているように見えた。なので深刻な話をするのだろう。俺から見たらそう感じた。
「とりあえず八幡さんが濡れてるので、まずは家に帰りましょう。ついでに体も暖めてきてください」
「分かった」
2人でそう話して公園を後にし、その後すぐに真っ直ぐ家に帰る。最近は少しずつ距離が縮まってきたと思ったが、この帰り道だけは一言も言葉を交わす事なく家に帰り着いた。
「あれ、もうお風呂洗ってありますね。今日は私が当番の日ですのに」
帰宅したら、結愛は何よりも先にお風呂場に向かった。
「あー、白咲さんが日直で遅れるって言ってたから俺が洗っておいた」
「…………そうなんですか。なら早くあったかくなってきてください」
「そうする」
少し強い言い方に戸惑いを感じつつも、濡れた体で体温が下がっているのは事実なので、着替えを用意してからとりあえずシャワーを浴びることにする。
濡れた重いシャツを脱いで、浴室に入る。体には泥がたくさんついていて、ああ結構汚れたんだなと思った。
だからといってゆっくりしている暇はないので、颯爽と体を洗い流し、その後しばらく浴びた。まだ夕食も作っていないので、結愛の話を聞く事も考えると、時間に余裕はなさそうだ。
十分に体も暖まり、汚れも落とせれば浴室を出た。用意していた服に着替えて、ドライヤーはせずにタオルドライでリビングへと進む。
「随分と早かったですけど、ちゃんと暖まったんですか?」
「まあ一応は。夕食も作らないといけないから、のんびりしてる時間ないだろ」
「それもそうですけど」
結愛はやけに改まった顔をしてソファから立ち上がり、そして下を向いた。
(そこまで重い話をするのか。)
公園からの結愛の言動と表情を見れば、中途半端な話ではないのがすぐに分かる。まさか告白なんてするわけがないし、話すとするなら自分の話だろう。
となれば、候補はいくつか浮かんだ。俺が気になったことや結愛の時折見せる悲しい顔も含めれば、候補は結構上がる。
「…………あの、やっぱりお話は夕食の後にしても良いですか?」
「俺はいつでもいいぞ。話すのは白咲さんだし」
まだあと一歩を踏み出せないのか、結愛の話は先延ばしになった。俺が夕食の話をしたから気遣ってくれたのかもしれないが、何となくまだ振り切れていないように見えた。
今日は勉強をせずに夕食を用意し、いつもの席で普段通り食べる。ただ唯一違う点があるとするなら、それは会話が一つもないことだろう。
公園からの帰り道もそうだったが、結愛が苦悩しているのが手に取るように分かる。
でも俺には眺める事しか出来なかった。
折角縮まってきた距離に亀裂が入ったようで、少しだけ勿体ないような気がする。
(俺に幸せになる資格なんてないのにな……)
沈黙が続けば、またそんな考えが頭に浮かんできた。本当の俺は弱くて脆い。ただ自分自身は幸せになってはいけないと強く思い込むことで、人に親切に接して来た。
だから今日湖に飛び込んだのも、その思い込みがあったからだ。自分の分が幸せになれない分、誰かに幸せになって欲しかったから。そんな気持ちでいないと、自ら湖に飛び込むなんて行動には移さない。
あくまで俺は後天的、後付けの取って付けたような親切心だ。
俺とは違って、結愛は心から優しいのだろう。俺が湖から上がった後、周りの人は俺に寄ってきて褒めてくれたが、結愛だけは自分の行動を悔やんでいた。
そんなことをしている人は、周りを見渡してもただの1人もいなかった。もしかしたら結愛は自分が動き出せなかったことを悔やんでいたのかもしれない。
でもこの際、動けたか動けなかったかはそこまで大きな問題ではない。行動に移さないと優しいとは言わないのか、それは違うだろう。
助けたいという意志があり、でも動けずにそれを悔やんだ。そこまで出来るなら、十分に優しい心の持ち主と言えるはずだ。
自分から逃げている俺とはわけが違う。
「…………今日は勉強出来なかったですね」
「まあこんな日があっても仕方ないだろ」
静寂とした空気に言葉が流れ、俺はすぐに返事をした。ハッキリと言って、ここ最近は放課後の2人で勉強をする時間だけが俺に取っての楽しみだった。
だってこの時だけは、何もかも忘れてありのままの自分でいられるから。亡くした両親の気を負わずに、楽でいられたから。
今日はその時間がなかったからだろう。普段よりもネガティブ思考になりつつあった。
「また明日もあるし、今日くらいは休んでも良かったかもな」
「たまには休みも必要ですもんね」
ほんの少し、昨日までのようなゆったりとした空気感が戻り、ちょっとだけ2人の距離がほんわかとした。
「…………じゃあ八幡さん、お話ししてもいいですか?」
夕食を食べ終えた皿を洗えば、まだ結愛はリビングにいた。ソファに座り後ろを向いて俺の方を見つめる。
「いつでもどうぞ」
ようやく本題に入るために、俺も結愛の隣に腰を下ろした。昨日までも隣に座っていたが、この日だけは肩と肩の距離が普段よりも近かった気がした。
【あとがき】
・結愛ちゃんは莉音くんを優しいと思い、莉音くんは結愛ちゃんを優しいと思う。そして共通する点は、お互いに自分は取って付けたような親切心だという所。
ここまで一致するなんて、もう相思相愛ですね!
また次話もなるべく早く投稿するので、応援お願いします!
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