第17話 許嫁と看病③とプチハプニング

「…………また寝たのか俺は」


 

 俺が昼食前に寝てから、また数時間が経った。今日は1日の半分以上を寝た気がする。まあ実際、すでに半分以上はすでに寝ている。

 流石にそれだけなればある程度は体調も落ち着きを取り戻すし、どちらかと言えば寝過ぎで体が痛かった。




「白咲さんは、いないな」



 体を起こして部屋を見渡すが、結愛の姿は見当たらない。午前中もこの部屋でずっと見ていてくれたから、午後は部屋に戻ったのかも知れない。

 そう思ったが違った。




『また買い出しに行ってきます。起きたら冷蔵庫にあるプリンでも食べておいてください』



 机の上をみればそんな書き置きがあり、外出したのだとすぐに納得した。俺はその手紙を読み終えれば、何か口に含みにキッチンへと向かった。

 午前中はそこまで空腹は感じなかったが、夕方にもなれば少しくらいは食欲が戻ってきた。



 キッチンに着けば冷蔵庫を開き、中にあるものを覗く。そこにはプリンとゼリー、さらにスポーツドリンクも保冷されていた。

 しっかりと俺の体調を配慮して食べ易いものを買っており、弱った体に効率良く栄養を補給出来るような飲み物もあった。




「プリン食お。飲み物はお茶だな」



 俺は1人口に出しながらも、冷蔵庫からプリンを取る。そしてそこから緑茶も取り出して、棚からコップも出す。

 別にスポーツドリンクが飲めないわけではない。でもあまり好みの味ではないので、飲もうとは思わなかった。


 

 家にそれしかないならスポーツドリンクを飲むが、お茶があるならそっちの方が飲みたかった。




「…………やっぱこっちにするか、」



 それでも俺が最終的に選んだのはスポーツドリンクだった。一瞬お茶を飲もうとはしたものの、やはり親切心を無下には出来ない。

 それにいつまでも冷蔵庫の中に保管しておくわけにもいかない。



 それらをソファの前にあるダイニングテーブルよりも低めのテーブルに置いて、腰掛けた。




「いただきます」



 久しぶりに一人で挨拶をしながらも、蓋を開けてスプーンを握る。プリンの何とも言えない甘さが口の中に広がり、そこにスポーツドリンクを流す。その合わない組み合わせを繰り返せば、プリンはあっという間に底をついた。




『ピンポーン』



 俺がちょうど食べ終われば、部屋の中にはインターホンが鳴り響いた。




「はーい」



 てっきり宅配便かと思っていた俺は、何の準備もせずに平然な声色でインターホンを覗く。




「げっ!修馬?」

「何だよ!げって!」



 そこには修馬が立っていて、辺りを見渡しながらエントランスで待っていた。




「何しに来たんだよ」

「お見舞いだよ。流石に一人暮らしの男を放っておけないし」



 インターホン越しでも大きく聞こえる声は、当然心配してくれる気持ちが漏れ出ていた。

 修馬には許嫁のことは未だに話しておらず、高校の途中から引っ越したのも一人暮らしと説明していた。


 

 家の場所だけは仕方なく教えたが、中には入れていない。だから中に入られるのはまずいのだ。結愛と同棲しているのがバレるから。




「もう元気だよ」

「だとしても病み上がりだろ?」



 遠回しに帰れって言うが、伝わるはずもない。直接帰れと言うなんてもってのほかだし、これまた難しい。




「パッと食べれそうな物だけ買って持ってきたから、やるよ」

「渡しに来ただけか?」

「俺この後用事あるからな。…………もしかして看病して欲しいのか?」

「そんなわけないだろ」

「ははは。冗談」



 不幸中の幸いか、修馬は買ってきた商品を渡すだけらしかった。それなら大した時間はかからないので、まだ良い方だろう。

 買い物に行った結愛がいつ帰ってくるか分からないので、なるべく早くしなければならない。




「だからまあ早く開けてくれ」

「分かった。鍵も開けとくから、勝手に入ってきてくれ」

「セキュリティガバガバだな」

「いつもは閉めてる。ただお前が上がってくるのを待ってから開けるのはだるい」

「すぐ行く」



 数秒でも時間短縮をするために、エントランスの扉を開いたら、鍵は開けておいた。これなら荷物を受け取ってすぐに閉めることが出来る。


 

 流石にそんなことはしないが。




「…………あれ?八幡さん起きたんですね。そんな所でどうかされたんですか?」



 鍵を開けて玄関の前に立っていれば、聞こえてくるはずのない声が後方から聞こえてきた。




「…………何で白咲さんがここにいるんだ?」

「何でと言われても、自分の家ですし」

「いや、買い出しに行くんじゃなかったのか?」

「えぇ行きましたよ?」



 結愛は物音に気づいたのか、自分の部屋からゆっくりと出てきて、俺と近づき過ぎないくらいの距離で止まった。

 いまいち状況が読み込めていないのは俺だけなのか、結愛はポカンとこちらを見つめていた。




「…………でも机の上に置き手紙あったぞ?」

「そういえば置きっぱなしでした」



 終わった。そう自覚するのに時間はかからなかった。確かにいつも置き手紙は結愛が取りに来ることはない。俺が保管して、それでおしまいだった。

 だからだろう。帰ってきても尚、置き手紙が机の上に置きっぱなしだったのは。




「…………ここに修馬来るぞ?」

「…………修馬?」

「俺の友達」



 俺の言葉を聞いた結愛は、分かりやすく顔が青ざめた。結愛も他人に許婿がいるとは話していないようで、これまで隠してきたらしい。

 



「なっ、何故ですか?」

「俺はてっきり白咲さんが買い出しに行ってるのかと思ってたから、置き手紙もあったし」



 修馬を通した理由を述べるが、結愛は余計慌ただしくなる。




「だ、だからって入れますか!?」

「だって俺のために何か買って来てくれたって言うから断れないだろ!」

「それは……仕方ないですね」



 修馬の親切な行動には、結愛も文句を言えなかった。自分も似たようなことをしていたからこそ、修馬の行動に共感するほかないのだ。

 



「ど、どうします?」

「多分すぐ帰るから、部屋に戻ればいいと思う。渡すだけって言ってたから、そこまで中にも入らないだろうし」

「そうですか、、そうですね」



 俺の話を聞いた結愛は、数回首を上下に振る。

そして一回転して体の向きを変えた。今からならまだ、部屋に戻る時間は十分にあるだろう。




「もし入ってきたとしても、極力近づけないようにするわ」

「助かります」



 お互いに背を向けた状態で話せば、結愛が小走りで自室に戻っていった。一歩、二歩と足音が聞こえてくる。


 そして三歩目が聞こえたら、その次の足音は途絶えた。




「あっ……」



 気の抜けた少しトーンの高い声が、鼓膜に伝わった。俺は反射的に後ろを振り向き、腕を伸ばす。見てみれば結愛は足を滑らせており、重心を後ろの方に傾けていた。



 きっとロングスカートに靴下を履いていたため、歩きづらかったのだろう。黒髪が宙に靡きながらも、体は少しずつ降下している。



 俺はそんな結愛の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。きっと体調が万全じゃないからだろう。

体制は俺が結愛を抱くような形になっていて、そのまま落下した。

 なんとかギリギリの所で下の方へと潜り込み、上にいる結愛の体重が俺を床と強打させた。



 

(この間もこんなことあったぞ……)



 この前とは体制が逆になり、今は結愛が俺を押し倒す構図になっている。「ドスン」と大きな音を立てて床に尻をつけ、2人の間に沈黙を生んだ。




「すっ、すみません!」

「大丈夫、、か?」



 体のあちこちが触れ、俺は口以外の身動きが取れない。結愛のロングヘアーの髪も床に乱れていて、俺の視界にカーテンを作っていた。なので今は真上しか光がなく、結愛の顔しか見えない。

 そんな結愛の顔を見てみれば、また前のような悲しげな表情が浮かんでいた。

 



「わ、私は平気ですけど」

「平気ならいい。まじで気をつけろよ」

「は、はい」

「ほら、修馬くるから早く戻って」



 だからといって、今は結愛の表情に詳しく気にしている場合ではない。ひとまず上に乗った結愛を部屋に向かわせて、俺は修馬を迎え入れる準備をした。



 鼓動が高まる心臓を抑えるために深呼吸をして。




『ガチャッ』



 家の扉はその後すぐに開いた。そして、1日ぶりの懐かしい男の姿が視界に入る。




「おい莉音、持ってきたぞ?」

「…………ありがと」



 修馬は玄関の扉を開けたら、すぐにレジ袋を差し出した。




「やっぱまだ顔赤くね?」

「あー、まだ熱あるかも、、」



 これが今また再沸騰したとは、とてもじゃないけど言えない。




「俺もう行くけど、一人で大丈夫か?」

「普通に平気だし、移すと悪い。それより用事あるんだろ?そっち行った方がいいぞ」

「…………分かった」



 俺は焦りからか、若干修馬を早く帰らせようとする口調で接してしまった。これは友人としては最低な行為だろう。その自覚があった。

 


 折角お見舞いに来てくれた人にする態度ではなかったと、すぐに後悔した。でも隠したいものがあったら少々荒くなってしまうなんて、人なら1度か2度はあるだろう。



 

「夜とか、何かあったら連絡していいからな」

「何かあったらそうさせてもらうわ」



 それでも紳士な対応をしてくるのだから、修馬という男は憎めない。




(今度お詫びをしよう。)



 人間関係で上手くいくことなんてない。でも上手くいこうと努力するから、もっと良い人間関係を結ぶことが出来るのだ。

 修馬の優しさが悪いように感化したのか、そう開き直りつつも、俺は修馬を玄関から見送った。



 修馬がエレベーターに乗って下に降りたのを確認すれば、俺は受け取った物を冷蔵に入れるために、キッチンへと行こう後ろを振り向いた。




『今後こういう勘違いを避けるために、連絡先交換しませんか?』



 そこには、文字の書かれた紙で顔を隠し、スマホにQRコードを表示して差し出している結愛が立っていた。



 正直、その提案は俺からすればありがたいものだった。だってそれさえすれば、何時に出掛けたか分かるし、何か用事が出来た時に夕食の時間をずらしたりも出来る。



 ただ女子高生的にそれで連絡先の交換してをするのはどうなのかとも思うのだ。




でも一つだけ言いたい。今はそんなことは一旦置いておいて、一つだけ言いたい事がある。




(…………紙は透ける)



 本人は顔を隠せているつもりなのかもしれないが、俺からは薄らと見えていた。目を閉じて恥ずかしそうに顔を晒す結愛の表情が。



 その背徳感を味わいながら、俺は自分のスマホを取り出すのだった。

 




 





【あとがき】


・その後、連絡先交換してしました。熱再発少女結愛ちゃんめ……やるな。てか莉音くんの体調良くなるの早すぎだろ。



毎度文字数多くなってしまい申し訳ないです。これでも減らしている方なんですが、どうしても長くなってしまいます。



まだまだ至らない所ばかりですが、よろしくお願いします!


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