森からの手紙

@88chama

第1話

 深い森のずっと奥に、大きな湖がありました。その湖の先には、地球のずっとずっと底から長い年月をかけて、きれいな水がこんこんと湧き出てくる泉がありました。その水はそれはそれは透き通って清らかで、いつも途絶えることなく湖へと流れていました。

湖の周りには一年じゅう花々が咲き乱れ、静かな水面がその花々を映しだすと、まるでお花を散らしたテーブルのように見えました。


この豊かな森の中にはたくさんの動物たちが、みなこの湖を囲むように暮していました。朝早くにはカッコーがみんなを起こしてまわると、あちらこちらからこの森の住人たちが現れて、湖のほとりで顔を洗ったり、朝食の準備をしたりします    「いやぁ、朝はやっぱりこのおいしい一杯の水から始まるねぇ。何と言っても健康の源はこれだよ。」

「ほんとですわねぇ、泉のきれいな水がなくならない限り、わたくし達の幸せはいつまでも続くというものですわ。」

 あらいぐまのおじいさんと猫のおばさんが話しています。この二匹は毎日、決まったようにこの会話で一日が始まるのです。本当に一日だって欠かしたことがないのは、それだけおじいさんにとって、この水が健康に一番いいものと信じていることだし、またおばさんにとっては、自慢のふわふわの白く輝く毛並がいつも見事でいられるのは、この水のお蔭だと感謝しているからなのです。

 なにしろ、おじいさんは百歳になっても二百歳になっても、若々しく元気でいたいとそればかり考えている人ですし、おばさんは自分が森で一番の美人だと、うぬぼれている人なのですからね・・。


 

 「毎日顔を洗うなんてめんどうなことだ。」

  「昨日も洗ったから、今日は休みたいな。」

 冷たい水をピシャッと顔にかけただけで帰ろうとする、リスの三兄弟を呼び止めておばさんが言いました。

 「しっかり歯磨きをしなきゃダメ。あなた達は自分のキュートな前歯が、どんなに魅力的なのか分かってないようね。その前歯は堅いクルミをかじる為だけにあるんじゃないのよ。」

 「じゃぁ他には何の為だね?」

 おじいさんは不思議そうに聞きました。

 「入れ歯のあなたには関係ないでしょうけれど、あの子たちの前歯、ニッコリ笑うとチャーミングなんですもの。だから虫歯にならないように気をつけなくっちゃ・・」

 少しずつ住人が集まりだして、朝の挨拶やらこんなおしゃべりやらで、湖の回りはとても賑やかになりました。



 でもそのおしゃべりを、急に止めてしまうほどの事件が起きました。

大変です!きれいな湖の表面に、一筋の濁った水が流れて来たのでした。誰かがどこかで絵筆でも洗ったのでしょうか。いいえ、この森にはそんな不心得者は一人もいないはずです。だってこんなにすばらしい水を下さった神様に、誰も感謝のお祈りを欠かしたりはしないのですから。どんなに気分のすぐれない日だって、どんなに学校に遅刻しそうになったって、水の神様への御参りを欠かせない規則だってあるくらいなのですから。

 緊急事態の発生に、みんなは何もかも止めて集まりました。森の一番偉い教授に質問が集中しましたが、何しろこんなへんてこな筋のような水の流れなど、長生きのおじいさんだっていまだ見たことがなかったのですから、わかる筈がありません。

そのうち一筋の水はゆらゆら流れて、丸い輪をえがき止まりました。そしてしばらくすると、今度はまた見たこともない白い船のような、四角い箱のような物体が音もなくすーっと流れて来ました。


 みんなは初めて見るこの物体に、不安な気持ちでいっぱいになりました。

 「これが何かわかる者はいないかな。」

やぎの村長さんが聞きました。

 「わたくしペルーシャは、長く外国暮らしをいたしておりましたけれど、こーんなもの、まったく存じあげませんわぁ。」

 猫のおばさんは外国暮らしという言葉のところを、ちょっと意識しながら言いました。

 「教授や長老でさえ見たこともない・・外国にも存在しなかったもの・・」

 「はてさて・?・。何であろうのう、そうじゃ、いいことを考えた。この汚い水や箱のようなものが流れて来た方向に向かって、調査隊を送ってみようではないかな。誰か行ってくれる者は・・? いないかのう。」

 いざと言う時には、進んで手を挙げる人なんてなかなかいませんね。

                

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