44.記憶の裏側Ⅴ -side 伸尋-

 そんなすれ違いを続けているうちに、一ヶ月が経った。ある朝、田礼がやってきて、放課後に職員室に行くように言った。昼休みにその話題になった。

「ラジオのことって言ってるくらいやから、叶依も関係あるんやろ? でも叶依、来てないし……」

「──来た」

 采が呟いた。

「え?」

「叶依来た……後ろ……」

 ドアに背を向けて弁当を食べていた伸尋は気付かなかったけれど。

 彼と向かい合って座っていた采は、息を切らして入って来る叶依の姿をしっかり捉えていた。

「ほんまや、叶依来た、どうしよう、叶依、早く──」

「落ち着けって。この時間に走って来るくらいやから、今日は帰らんやろ」

 伸尋は食べかけの弁当よりも、叶依といつ話すかのほうが気になって、自分の席で急に落ち着かなくなった。対照的に史は、ものすごく冷静だった。

「そうかな……今日は、おるんかな……」

 伸尋が何とか落ち着こうとしているとき。

『あーっ! お弁当……作ってないんやった……。食堂行ってパン買ってくるわー……って百円しか入ってないやん!』

 教室に響き渡ったのは、叶依の叫び声。

「叶依ってさ……ちゃんとやってそうで、実は抜けてるよな」

 采が呟いた一言に、史は思わず笑った。

「采、それ、伸尋に悪い……」

 笑うということは、つまり認めているのだけれど。

「別に、良いで……そのへん俺カバーするから」

 またそんなことをさらっと言い流しながら、伸尋が鞄の中から取り出したのはコンビニの袋だった。

「何それ?」

「あいつにやってくる。クラブで食べるのに買って来たけど、行けそうにないし」

 伸尋は無事にそれを叶依に渡し、そのまま席に戻ったけれど。

 それだけで充分だった。

 もっと大切なことは、田礼と話した後に言うと決めていた──。


 放課後に職員室を出た後、二人の足はピロティに向いていた。

 何時にどこで待ち合わせて、という話をしばらく続けてから、叶依はなぜか伸尋に謝った。

「え? なに? なんで謝るん?」

「その、前……海輝のこと……ごめん……」

「──気にすんなよ、別に叶依が悪いんじゃないし」

「でも、私が……」

「もう良いから。俺だって、叶依には何も言ってなかった」

 言葉の意味が分かったのか、叶依はハッと顔を上げた。

 伸尋はまだ、叶依に何も伝えていない。

「史に聞いたと思うけど、俺、ずっと……」

 絶対言うと決めていたのに、緊張しすぎてなかなか言えなくて。

 続けられずに困っていたら、叶依が笑いながら手を握っていた。

「……言うまで待った方が良い?」

「えっ、と、あの……。俺は、兄貴と全然違うし、叶依を引っ張ってく力もないけど、共通してるものの中で、兄貴に勝てるのが一個だけある」

「伸尋と海輝の共通点? なに?」

「どれだけ、叶依が好きか。これだけは自信ある。俺の、彼女になってほしい。です」

 伸尋はちゃんと、叶依のほうを見て言った。既に手は繋がれているのでふられる予感はしなかったけれど、それでも返事をもらうまでは緊張が解けなかった。

 しばらく叶依は考えてから、はは、と笑った。

「いいよ。私も、伸尋が好き」

 今度こそ叶依を自分のものにしてみせると、伸尋は固く決意した。

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