11.総合体育館
翌日、三人は総合体育館の客席ではなく、ベンチのほうに陣取って伸尋の試合を観戦していた。前半戦はもうすぐ終わろうとしていて、伸尋側のチームがリードしている。伸尋は学校外のチームにも所属していて、今日はその試合だ。
「なぁ海帆ー、さっきから気になっててんけど、あっちで座ってるスーツ着た人、誰?」
体育館の入り口付近に、五十代くらいの男が一人いた。腕組みをして考え事をしているのだろうか、じっと試合を見ている。
「さぁ……史、あれ誰?」
「どれ? あ、あれな……山野芳明。JBL会長」
「会長? ってもしかして、まだ伸尋追われてたん? そんな伸尋ばっか見てたら伸尋集中できへんのちゃん?」
「あいつすごいらしいで。前に聞いてんけど、会長も若い時はトップレベルの選手やったらしくて、そのとき戦ったどの選手より、伸尋のほうがレベル高いらしい」
「ふぅん」
海帆と叶依は伸尋を目で追っていた。
味方からボールを受け取って……ドリブルして……
「おっしゃー!」
史は立ち上がって叫んだ。
シュートが決まったのだ。
その直後の一瞬、叶依は伸尋に見られたような気がした。
(確かに、すごい……)
前半戦が終了し、選手たちはベンチに戻った。伸尋はもちろん、三人のところにやってくる。
「おまえやっぱすごいわ」
「楽勝楽勝。こんだけ点離してたら追いつけんやろ。俺に勝てる奴はおらんで」
少しだけ話をして、伸尋はコートへ戻った。それと同時に、史も「すぐ戻る」と言ってどこかへ消えた。
「伸尋ってさぁ」
史が完全に見えなくなってから海帆が口を開いた。
「かっこいいでなぁ」
「え? 海帆って──史と付き合ってんじゃなかったっけ?」
叶依は驚いた。確かそのはずだ。
「え……あ……知ってた?」
「うん。だって」
「じゃなくってー! 気づいてないん?」
「ん? 何に?」
「何って、伸尋が……」
叶依の頭の中では、クエスチョンが飛んでいる。
「叶依のこと好きって」
「へ?」
叶依の声は裏返っていた。そんなこと、考えたこともなかった。
「史に言ったらしいで。うちらが出会ったのは今年やから今の伸尋しか知らんけど、史によれば去年までと全然様子違うらしいし」
「それって……始業式からってこと?」
「うん。今までは、特に仲良くしてる女の子はいなかったんやって」
ふと見ると、伸尋は真剣な顔でバスケをしていた。球技大会で焦っていた時と同じくらい真剣な顔だ。
(始業式からって……えー? でも……)
「伸尋……かっこいいとは思うけど、別に好きではないなぁ……」
「なんで?」
史が三人分のジュースを買って戻ってきた。
「俺、もうおまえもあいつ好きなんかと思ってたけど。ま、俺らが首突っ込んでもしゃーないけどな。はい、これ」
史は二人にジュースを渡して、自分も飲んだ。
後半戦も気づけば残り数分だった。けれどスコアボードの表示は、前半戦と全く変わっていない。
伸尋は――ボールを持ってゴールの下でシュート体勢に入っていた。けれど、何故かそこから動くことが出来ず、シュートできていない。
ピーッ。
試合終了。
伸尋のチームが勝ったけれど、後半で得点できなかった伸尋はあまり嬉しそうではなかった。
「史ー」
もらったジュースを開けずに持ったまま、叶依は立ち上がった。
「これさぁ、折角くれたけど……伸尋にあげていい?」
「いいけど……なんで? さっきの話するん?」
「ううん。そうじゃなくって……なんとなく」
「ええよ」
「ゴメンな」
叶依はゆっくりと、伸尋のほうへ向かって歩き出した。
伸尋は座ってタオルで汗を拭いていた。表情はさっきと変わっていない。近付いてくる叶依に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。
「これ――あげる。史にもらったんやけど、喉乾いてないから」
叶依は伸尋の隣に腰掛け、ジュースを渡した。
「あ──サンキュー……」
伸尋は少しだけ微笑んだ。
「今日は調子悪かったわ」
「――後半?」
「うん……」
「でも──いいやん。結果良かってんから。カッコよかったで」
さっきよりは大きめに、伸尋は笑った。
「でもやっぱり――伸尋としては点取りたかったんよなぁ」
伸尋はジュースを一口飲んで、大きな溜息をついた。
「気持ちはわかるけどさぁ、終わったこと言っても仕方ないやん。伸尋らしくないで。元気出してよ。いつもの伸尋みたいに」
叶依は伸尋の背中をポンと叩いた。もちろん、ユニフォームは汗で濡れていた──けれど、そんなことは気にならなかった。
「そやな……よし。次に備えて鍛え直すわ」
元気になった伸尋を見て、叶依はちょっと嬉しくなった。
「じゃ、私行くわ」
叶依が伸尋に背を向けて歩き出すと、
「あ、叶依」
「ん?」
「あ――なんでもない。これ、サンキュー」
にっこり笑って伸尋に手を振り、叶依は再び歩き出した。
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