第16話 マーガレット 2

 崋山が戻り、皆を居住棟に案内した後一段落して、司令官室に戻ると、戸田さんに言われた。

「崋山、あのマーガレットはこの基地に逃げて来た時に入れ替わったようだな。学校で爆発した」

「何だって、最近まで本物だったのか。じゃあじゃあ、助けに行かなければならなかったのに。どうしよう」

 崋山は顔面蒼白になった。そこにまだ居たマナミは、

「戸田さんが、あの子クローンだったって言うのを聞いて思い出したの。ごめんなさい。あたしってバカなの。あの日、崋山に助けられてここに来た時、気付かなければならなかったの。あたしの所為。マーガレットの着ている服が違っていたのよ。逃げて行く時とはね。あの時、自分の事で頭がいっぱいだった。ワンピ着て買い物していたのに、ここに居たマーガレットはTシャツとジーンズ着ていたのに。着替えなんてできる筈なかったのに。うっかりしていた。そうよね。助けに行かなければならなかったのに。あたしが気が付かなかったばっかりに。あの時はあの子此処のどこかしらに、まだ居たはずなのに」

「いや、マナミの責任じゃあない。親の俺が気付くのが普通だ。俺の責任だ。本当に愛してはいなかったんだ。きっとね」

 崋山はそう呟くように言うと、翻って司令官室を出て行った。

 イヴは、司令官室から出て来る崋山の様子の変化を見て、崋山を追いかけた。

「どうしたの。何があったっていうのよ。崋山」

 虚ろな目をイヴに向けると、崋山は、

「マーガレットはあの時にさらわれたんだ。基地に逃げて来た時,入れ替わっていた。助けに行かなければならなかったのに。酷い親だ。気付かなかった。いや、最初会った時すぐ、DNA検査しておくべきだった。変な遠慮してさ。そしたらこんなへまはしていなかった。何もかも手遅れだし、判断ミス」

「そうだったの。ずっと前からクローンだったと思ったのよね。仕方ないよ。あの子リリーの奴と暮らして、子供らしくなかったし。残念だけど。仕方ないって」

 イヴと抱き合って崋山は声も無く泣いた。イブの胸がぐしょぐしょになったころ。戸田さんが司令官室から出て来て、遠慮がちに、

「今、連絡が入ってな、崋山。イワノフ船長の船が地球に戻って来るそうだ。三日後だ。彼らが来たらかなり楽になるな。元気出せ。後ろ振り返ってもどうにもならないぞ」

 そう言ったものの、これ以上言う言葉を思いつかないらしい戸田さんは、早々に司令官室に引き上げる事にした。引き上げながら、

「明日からお前と交代だからな。頼むぞ・・・」

 と小声で言いドアを閉めた。



     *   *   *



 年老いたゲルダは、自分の部屋から、最近は第2の地球と呼ばれている惑星を眺めていた。最近まではそこに居たセイン。いつも彼の存在を感じて慰められていたのだが、今はもう存在してはいない。又、絶望感が襲ってきた。

『ミアは、一人だけ側に残ってくれていたセインを失ってしまった。これで家族は皆、ミアの側には居なくなったわ。あたしがいけなかったのかしらね。やはりそうでしょうね。ミアもあたしの所為だと思っているわね。そうかもしれない。でもあいつが最後にあたしに言った事を、その通りにしたかったの。どうしても。そうしないと、苦しくてたまらなかったの。あの人はもう、戻って来やしないって分かったから。戻っては来やしないって分かっていたけど、あの人を感じたかった。あの人の言ったとおりの事をして居たかった。馬鹿なあたし。あの人が去ってしまったって言うのに。未練たらしいったらありゃしない。それにルークに酷い事をしてしまった。悔やんでも手遅れね。あの子にテレパシー能力が無かったから、あの子が何だか普通の人間みたいで、見ていられなかった。何考えているか分からなくなって、怖くなってしまった。言葉を教えていないんだもの。考えが分かる訳ないじゃない。自分の馬鹿さ加減にも嫌になるわね。おまけに、第7銀河のDNA調べは以前は正確じゃあなかったなんて言い出すし。それって、あたしの責任になるのかしら。それにしても、あの人は死んでしまったから、何もかも、どうでも良い事よね。馬鹿みたいな、あたし』

 ゲルダは立ち上がり、これっきりになりたくて、締め切った窓を開け放とうとした。ここを開ければ、第7銀河人の環境になって、あたしはお終い。

 ところが、ゲルダは窓に手を掛けた時、あの人の気配を感じた気がした。一緒に暮らして居た頃は、戻って来ている時、彼の気配を、彼がまだ基地に付く前から感じていた。何故か今、あの頃のような気配を感じた。

「まさか、死んだんじゃあなかったの。あたしの所に戻って来たの」

 ゲルダは数十年ぶりに叫んだ。

「龍昂、あなたなの」

 しかし、間違いに気付いた。あの人の気配じゃあない。似ていたけど。凄く似ている。でも、小さな女の子だ。

 その時、ゲルダは思い出した。彼のリツさんとの子供の存在を。

「彼じゃあなければ、きっと孫?いや小さすぎる。ひ孫みたい。きっと第2の地球に来たわ。でもどうして、こんな所に」

 ゲルダはまだ、頭の回転の速さは衰えてはいなかった。その女の子の様子に異変を感じていた。

 ゲルダは、第7銀河司令官室に行った。

 年老いたゲルダの登場に、最近赴任してきた司令官は驚いた。

「これは一体どうされたのでしょう、ゲルダさん」

「あなた、司令官なの。ここに居るからにはそうなんでしょうね。あたしの能力の事は知っているんでしょうね。最近、あの第2の地球は治安が良くないのよ。知っていて?知らないんでしょう、フン」

 司令官は、噂では家に閉じこもって誰とも話などしないはずの元龍昂夫人が、自分からやって来てぺらぺらしゃべっているのに驚いていると、

「バカみたいな顔していないで、あたしの言う事を聞くのですよ。龍昂のひ孫があの第2の地球に居るわ。親も親類も側には居ない、きっと無理に連れて来られている。誘拐ね。分かっていないみたいね。最近あそこには敵だった奴らのアジトがあるの。あんたらは気付いていないようだけど。目と鼻の先なのに、間抜けな事よね。今まであたしも気にしていなかったけど、あの人のひ孫が連れて来られているの。さっさと助けに行ってね。それくらいの義理はあるでしょ」

 そう言われると第7銀河司令官も、龍昂には大いに義理がある事は代々引き継がれている事であり、行動に移さない訳にはいかない。何せ元夫人の命令なのだから。彼女の能力の事も同じく情報として引き継がれていた。彼女の情報により急遽、救助部隊は結成され、龍昂のひ孫救出に出発した。

 ゲルダが場所を教えると言って、付いて来た。それで迅速に対応できる。



 第2の地球にはゲルダの娘、ミアが以前からセインと暮らして居たのだが、セインが仕事から帰って来ず、敵に連れ去られたと判明したのは、数カ月前の事である。分かれた夫の方に行ってしまっていた兄、ルークとカイは直ぐに状況を把握し、セインを追って行ってくれたはずなのだが、状況は最悪の結果となってしまっていた。今日はとうとう、セインの兄たちや別れた夫と共に、セインの葬式をすることになっていた。

 もう、何もする気になれなくなっているミアだが、セインの葬式だけは済ませなければならないと、重い体を起こし支度を始めた。セインの部屋には彼のわずかな名残、カプセルに入っている彼の血液を、置いている。彼がいつも使って居たデスクに小さなそれは有り、ミアの部屋から見える位置にあった。身支度の為立ち上がると、嫌でもその小さな存在に目が行く。思わず涙に暮れそうになったミアであるが、その時異変に気付いた。パパかしら、パパの気配が僅かにした気が・・・。いや、パパは亡くなったと聞いている。誤情報だったのかしら。それと同時に、ママが第7銀河基地の船に乗って、ここに到着したのが分かった。

「やっぱり、パパは生きていた」

 叫んだ瞬間、ママからテレパシーで、

『お馬鹿さん、あいつは死んだって聞いているでしょ。ミアにも感じられるのね。あの気配を。あれはあんたの甥の娘の気配よ。誘拐されて、この辺のアジトに来ているの。あたし達の住む場所の近くに連れて来るなんて、敵の奴らはオツムが良くないね。皆と今助けに行っているところ。あんたも来るならおいで』

『今日はセインの葬式なの。カイやルークもここに到着しているの』

『そんなことわかっているわ。御多忙なら来なくていいわ。せいぜい死んだ子と、構ってくれない子に付き合っていなさい。あたしは生きている子に構うつもり』

 そう言って、ママはコンタクトを切った。ママが言う事はもっともな気がして来たミアは、パパに似た気配の子の所に行くべきだと思え、居る場所を探していると、カイやルーク、それにあの人もそこへ向かっているのが分かった。ミアは、

「あたしって、本当にセインの事でどうかしちゃっている」

 と、呟いた。急いで小さな女の子の元へ行こうと思った。


 最初に到着したのは、やはり近場のカイ達である。

『ルーク、俺が奴らを引き付けるから、あの子を連れて逃げろ』

『気安く言うな。あの子何か体に入っている。よく見ろ。いつか崋山が言っていた、核爆弾と違うか』

『それを入れるカプセルだな。まだ中身は入っていない。今日入れるつもりだ。横の部屋でごそごそ動きがあるだろう。あれをここで爆発されても不味いな』

 そうこう言っている所へ、イワノフがやって来て、

『お前ら、勝手な動きするよな。俺を加えないつもりか』

 ルークは、

『ずっと元気が無いから、置いて来たんだ。ママの所へ行けばって言っただろ』

 とコンタクトすると、そこへ、

『ルークじゃないの。あなたやっぱりイワノフが言っていたように、能力の開花が遅いだけだったのね。それなのにあたしったら、酷いバーバ。謝ったって遅いけど』

 と言いながら、ゲルダバーバ登場である。

 驚いた三人は振り向くと、

『ふふ、驚いたのね。あたしって、気配も消せるのよ。あんた達みたいに気配ダダ洩れの子は引っ込んでなさい。かえって邪魔。第7銀河の軍隊も連れて来たから、誘拐犯達の相手は彼らにさせるつもり。あたしはあの子を連れて来るわ』

 ゲルダは後ろからやって来た軍隊が、アジトの敵に気付かれ、戦闘になるのが分かって、

「せいぜい暴れてみんな表に出しといてね」

 としゃべっている。三人は又驚く事となった。そろって、

『しゃべってら』

 と話し合う。そんな三人をほっておき、ゲルダは敵の居ない通路を巡り、女の子のいる所へ進んでいった。三人も後ろから続く。

 マーガレットは、麻酔を掛けられ、手術室に居た。胸にカプセルを入れられている所だった。

 後ろから気付かれずに近付いたゲルダは、あっさり手術中の敵をのばし、眠っているマーガレットの様子を注意深く見た。

「もおっ、こんな小さな子に麻酔が多すぎるわ。困ったわね」

 イワノフをじろっと見て、

「あんた、ちっとは癒しの能力あったかしらねえ」

 というので、イワノフは、

「崋山ほどではありませんが、ちっとばかりあります」

 と言って、マーガレットが少し危険になりそうだったので治した。

「治しましたよ。どうぞ、連れて行って大丈夫です」

 と、ゲルダに後を任せる事にした。

「分かっている様ね。この子あの人みたいな気配をしているの。あたしが世話するつもり。心配しなくても、昔の様な馬鹿はしないの。学習しているのよ、これでも。あんたはまだ学習が足りないわね。あたしが言うのも何だけど」

 そう言いながら、崋山そっくりの小さな女の子を、そっと抱き上げた。女の子を見ながら、ルークやカイは、

「崋山そっくりだね。可愛いね。でも、崋山よりもっと苦労しているみたいだね」

 と感想を言った。ゲルダは、

「あんた達にもわかるのね。同類って事かしら。あんたたちの苦労は愚かな婆さんのせいだけど、この子は、実の母親に愛されていなかったし、義理の父親にも酷く扱われていた。おまけに実の父親には、期待していたほどには構われなくってね。愛されていないんだよ。だからあたしが、今からうんと可愛がるつもりよ」

 そこへ、表の喧騒は片付いたようで、ミアがやって来た。

「ルークの事は、母親のあたしが一番悪かったの。親の癖にバカだったのよ。産んでおきながら親の自覚が無かった。ママが何と言おうと、あたしの我が子だったのに。でも、親が育てるより、他人の方がうまく行く事もあるのが分かったわ。ママ、あたし達、今度はちゃんと世話しましょうよ」

 と、マーガレットをのぞき込んだ。イワノフは、

「おやおや、あなた方、やる気のあるのは良い事だが、崋山が心配している、実の親が居るんだからね」

 と、彼女らの決心に意見を言うと、ゲルダは、

「崋山って子は良い子だけど、この子は訳ありの子でしょう。奥さんだって妊娠しているんだから、あっちで暮らしたって、この子はつらい思いをするのよ。他人の方が良い場合もあるのよ」

 ルークは、

「でも、皆で地球に行って、崋山に意向を聞くべきだよ。こういう事は」

 と、意見を言っておいた。

 カイも賛成するしで、ゲルダは仕方なく故郷の地球へ行く事にした。しかし、この家族、地球のピンチ、分かっているのかどうか・・・


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