第12話 試練の日々 その2

 基地に残った崋山は休憩する内に、何だか気分は塞ぎこむばかりである。イヴ達は崋山の様子が変なのに気が付いていた。

 イヴは崋山の様子を気遣って、

「どうしたの、何だか元気無くなったじゃない」

 と聞いてみた。崋山はチラッとイヴを見て、

「俺、段々嫌な感じがして来たんだ。鍾乳洞に行ってマナミを助けるとき、アンドロイド達と撃ち合いになって、直ぐあいつ等を倒したけど、その中に双市朗のアンドロイドが居たんだけど、奴がこと切れる前にお互いに目が合ってな。その眼つきが何だか本物っぽかったんだ。もちろんあの眼鏡を付けていたから神経は青く浮き出ていた。アンドロイドで間違いないはずなんだが、あの眼つきは、意思に反してお前を殺そうとして済まない。だけどお前に殺されて本望だと言っているような感じだった。一瞬だったけどね」

 それを聞いたイヴは、

「嫌だ。変な事言わないでよ。写真を送ったら、写真だけでアンドロイドだって分かったと言っていたじゃあない。実物を見たら、もっとはっきりアンドロイドだって分かるものじゃあないの。それに青い神経になっていたんでしょ。崋山、あんた疲れて見間違えたんじゃあないの」

 するとマナミが、又、崋山が悩むような事を言い出した。

「でもさ、あたしてっきり彼に捕まえられた時、彼が人間だって思っていたのよ。だって、アンドロイドだったら手加減しないと思うの。捕まえるときの力の加減なんかさ。きっと痛くされると思うのよ。だけど彼はそっと捕まえていたんだよ。人間の男が女を捕まえているみたいにね。あたしが振りほどけない位の力しか入れていなかった。だからあの時、崋山が皆、殺したので驚いたのよ」

 そこで、シオンが忠告した。

「アンドロイドは殺したとか言わないのよ、初めから生き物じゃあないから。倒したと言ってよね。頑張った崋山に失礼でしょ。人殺しとは違うのよ。マナミだって、前にそう言っていたでしょ。生きていない者は死ねないって」

 マナミは不味い事を言ったと反省した。

「ごめん、青い神経があったなら、アンドロイドで間違いないから。崋山は双市朗と同じ顔のアンドロイドだったから、きっと神経質になっているのよ。気のせいよ。こういう時は、メカの反応が一番正確よ」

 皆が慰めてくれたが、崋山はあの眼つきに引っかかるものを感じ、塞ぎ込んだままだった。

 その内に、戸田さんから電話で、通信システムはやはり乗っ取られていたが、リセットして、今の所はハッキングされてはいないと連絡してきた。今の所と言うのがつらいが、又傍受される可能性は捨てきれないと言う所である。

 崋山はレインパパに連絡してみた。レインは、

「ああ、崋山か。何とも難しい状態になっているな。火炎放射器は少し手に入ったが、こっちには虫は居ない。お前らの近場だけに現れている。シールドはきっと有効なのだろうから、まあ頑張って設置してくれ。こっちは気にするな。それからホテルの近くで、リリーを拾ってね。双市朗とはぐれたと言って、さっきまで興奮していてね。イヴやマーガレットがそっちに居て良かったよ。鎮静剤を飲ませないとどうにもならなかったな。ところで、お前が連合軍から貰って来た眼鏡をかけたら、アンドロイドと人間の区別がつくそうだね。戸田さんからも連絡があって、こっち来ると言っている。だから、リリーを戸田さん達に見てもらう事にしたよ。しばらく会っていなかったからね。大丈夫だったら良いがな。それから、戸田さんがこっちの皆も基地に連れて行くそうだ。お前が安心して仕事に打ち込めるようにすると言う事だからね。リリーは人間だったら飛行機の最終便で、シャーロットの所に戻すよ。ここに置いておく訳にはいかないから安心しろ。どうかしたのか。疲れているのかな」

 崋山がぼそぼそと相槌を打っていると、レインパパも心配し出した。何でもないと電話を切る崋山だった。その後崋山は、レインの電話の内容を皆に教えた。リリーの眼鏡越しのチェックの事もである。

 その時、イヴに小突かれたので、マーガレットにも聞かれているので、配慮が足りないと言う事だろうが、そもそも、リリーの安否はマーガレットには分かるんじゃあないだろうか。

 崋山は目を瞬いて、マーガレットの様子を窺うと、

「ママは本当の所、死んじゃったわね。こっちに来て直ぐかしら。」

 と、事も無げに言ってのけた。そして、衝撃の事実を言った。

「ママは青い糸みたいなのを、機械みたいな人から体に入れられたのよ。そしたら、前よりもっと怖くなったわ。だからあたしあの時逃げたんだけど、ママ、足の速さは少し早くなったから捕まるかなと思って怖かったけど、でも、あたしの方がもっと早かった。だから、逃げきれたの」

 崋山はそれを聞いて納得し、

「やっぱり、あいつはあいつ自身だったんだな。だが、もうどうしようもなかった。俺が始末して、結果、あいつにとっても良かったんだ。マーガレット。お前の能力のおかげで、パパは納得できた。悩まなくて良い事が分かって助かったよ。ありがとう。良い子だね」

 崋山はマーガレットを抱きしめたのだった。

 イヴは、

「と言う事は、奴らは生身の人間をいじくる技術が出来たんだね。でもあたしらは割り切って始末できるけど、この基地の兵士の家族や知人がそう言う風に変えられたら、彼らは始末することが出来るかな。あの眼鏡を家に持って帰って、『これで見たらアンドロイドが分かるんだよ』とか言いながらかけてみて、話している相手に青い神経が見えたらどうなるのかな」

 と、心配し出した。崋山も、

「そうなったら、修羅場だな」

 と、呟いた。

 そして、修羅場はすでに、崋山の家族に起こっていた。

 崋山がレインパパにリリーの事を教えておこうかと思ったが、シオンにアンドロイドだったらリリーに感づかれたら危ないと止められて、内心ひやひやしていると、レインパパから電話が来た。

「崋山、リリーはアンドロイドだった」

「うん、マーガレットがさっき、そう言っていてけど。感付かれたらかえって不味いから成り行きに任せていた。で、どうなった」

 と、聞くと、

「怪我人が出た。戸田さんは爆風で火傷をしたが、病院に行こうと言うのに行きたがらない。あいつらには爆破装置が付いていたんだね。おばあちゃんがすがりついていたから、引き離して窓から放り出すのに、ちょっと手間取ってね。戸田さんに付いて来ていた兵士に女性陣はそっちへ連れて行ってもらうが、依田さんと私や戸田さんは病院に寄ってからそっちに行くから」

「どうしたの、三人とも怪我したの。大丈夫なの」

「まあ、大したことは無い。リリーは戸田さん達が来たら直ぐ豹変して、側に居たお婆ちゃんを人質にしたが、腕のいい兵士が居て、リリーを撃ったよ。だが、リリーにおばあちゃんがすがりつくもんだから、一瞬外に放り出すのが遅れた。それで私と戸田さんが火傷や飛んで来たガラスで怪我をしたが、依田さんに病院に連れて行ってもらう。病院はホテルのすぐ隣だから三人で行って来る。詳しい話はそっちで又、しよう。切るぞ」

 崋山はレインパパと話し終わって、

「パパは大した事ないと言うけど、どうも歯切れが悪かったな」

「何よ」

「どういう事」

「どうしたの」

 イヴ達が聞くので、

「パパや、伯父さんや、戸田さんは病院に寄ってから、こっちに来るそうだよ。他の皆は先に来るって言うんだけどね。どうも奥歯になんか挟まったような感じだな。こっちに来たら俺が治してやるのに、どうして来ないんだろうな」

 と崋山が言うと、マーガレットは、

「パパのパパは、入院かも知れない。ガラスで手を切って血が止まらないの。病気なのよ、きっと」

「何だって。じゃあ、パパはちょっと様子を見に行って来ようかな」

 崋山はそんな事じゃあないかと思っていたので、立ち上がった。

「皆、ここは封鎖してあるから安全だからね。マーガレット、良い子でお留守番していてね」

 と言って、病院に行ってみる事にした。丁度出かけようとしている時。そこへ、隣室からセレイスが来て、

「部屋の準備が出来たそうです。ホテルのご家族もじきに来られるんでしょ。隣の棟が司令官用の公邸です。今晩からそっちを使えるようにしています。ご案内しましょう。司令官は出かけられるんですか。一応点検とかするんでしょ」

「・・・、虫がいないかどうかとか」

「虫はいないと思いますけど、司令官は点検しそうな気がしたんですけど」

「するよ。良く分かったね」

 崋山は、この部下って穿ったことを言うなと感心した。実の所はさっさと出かけるつもりで、セイレスに言われて思い立ったのである。

 たぶん大丈夫じゃあないかとは思ったが、崋山は現在、司令官室の隣に残っていた部下三人と家族皆で公邸に移った。皆を玄関先の客間に残し、セイレスと崋山とで公邸の見回りをすることにした。最上階から下に降る事にし、階段を上がっていると、道々、セイレスが、

「さっき、戸田さんが怪我をしたとか話されていましたね」

「うん、アンドロイドの爆発で、火傷したそうだ。大したことは無いと、戸田さんは病院に行きたがらなかったけど、俺の親父も怪我していて、病院に寄ってから来るそうだよ。俺が治すのに、と思ったけれど、多分親父、俺に負担をかけたくないんだろうな」

「それはそうでしょうね。戸田さんも司令官に負担をかけたくはないでしょうが、病院に行きたがらないのはちょっと訳ありで、あは、病院に行ったら大事になりそうだな」

「どういう事」

「実はですね、きっと戸田さんは黙っているつもりだったでしょうけど、戸田さんの御父上は、先々代の王様の弟君ですよ」

「ええっ、戸田さん水臭いな。この国が故郷だとかは聞いていたけど、名前が俺らの国の名だから、母親がこっちの人かと思っていた」

「戸田さんには私がしゃべったとか言わないで下さいね。この話は内緒ですから」

「分かったから早く言ってね。俺も病院に行きたいし」

「はいはい、実はですね。戸田さんの父君カルル様は、えーと、先々代の弟で、王太子では無いんですけど、王太子よりもかなり優れていて、えーと当時、先々代のそのまた先々代の、つまり皇太后様、平たく言えばお婆様、カルル様は皇太后さまの孫って事なんですけど。その皇太后様が戸田さんの父君カルル様を気に入っていて、王太子よりも国王にふさわしいと言い、段々後継者争いになり始めていたんです。カルル様はそれを良しとはされてなくて、そんな時、丁度この国に戸田家の方々が来ていたんです。商談でカルル様と会う事になっていた戸田優子様のお父様と、お父様のお仕事に付いて来られていた優子様に、カルル様は会われました。カルル様は戸田家のお二人に会った時、優子様と気が合ってお付き合いを始め、恋人になられたそうです。優子様は一人娘だったそうで、婚約は戸田家への婿養子になると言う事で話が進んだのです。カルル様は後継者争いもお気に召されず、優子さんと結婚する機会に、この国を出て行く御つもりになられたんですが。皇太后様は大反対されたんです。無理も無いですよね。将来は国王にとまで思われるほど、お気に入りだったんですから。その頃は、皇太后様の夫の先代の国王も亡くなって居り、カルル様の父親である王様も病で床に付かれ、実権は皇太后様が握っておられたそうです。それで次期国王はカルル様にと言う皇太后様の意向は、もう少しで叶えられそうになっていたんですけどね。結婚を反対して引き留める皇太后様の言う事を、カルル様は聞くつもりが無いと悟った皇太后様は、それなら結婚はしても良いし、国王にはならなくて良いから、せめて国を出る事は止めてくれと折れたんですけどね。それもカルル様は嫌がって、戸田家の婿養子になってこの国を出ると言い張ったそうです。それで皇太后さまは泣いて引き留められ、終いにはハンストもどきになられたそうです。そうなると優子様が折れて、カルル様を説得して、この国で暮らそうと言い出して、カルル様も皇太后様が生きている間は側に居て暮らそうと言う気持ちになり、それでも婿養子になって苗字は戸田になったそうです。それで、王族では無いので、もう近衛兵が付いてカルル様達を守る訳にはいかなくなったんですよ。それで、皇太后様はアンドロイドを手に入れる事を思いつき、新人類の強烈に頭の良い、ほら、龍昂さんが化けたあの人、本物の方に注文して、戸田さんを護衛するアンドロイドのアランをプレゼントしたんです。だから元々、アランは戸田さん一家のアンドロイドだったんです。ですが、例の戦争でカルル様は亡くなり、優子様と、御二人のお子さんである戸田さんは、この国を去り故郷の国に戻る事となりました。アランは、連れて行くにはこの国の男の風体なので、世間から新しい彼ではないかと誤解されそうで、連れて戻るには無理なので、王様の護衛に設定を変えたそうです。所が今回の騒動で、リセットされたでしょう。そしたら最初の設定に戻って、戸田さんの護衛だとアランが言い出したんです。連絡を受けた戸田さんは先ほど城に行って、アランに必死の命令をして、王様の所に置いて帰ったんですよ。さっき。だけどアランは戸田さんに危険が及んだら、絶対に戸田さんの護衛をすると言ったそうです。だから、病院で戸田さんの治療のデータが入れば、それを感知したアランは戸田さんの所に護衛するために行くでしょうね。だから今頃はアランは病院に向っていると思いますよ。戸田さんが病院に行きたがらなかったのは、そう言う理由です」

 崋山は、

「長い説明だったけれど、戸田さんの困り様は良く分かったね。きっと今頃は又アランの説得をしているんだろうな。ははは」

 しゃべりながら、最上階から一階までつらつらと見て回り、次は地下である。セイレスが、

「地下は主に食糧倉庫です」

 と言いながら、地下に行くには別階段のドアから行くと言う事で、移動してそのドアを開けた。割と重くて頑丈である。開けた瞬間、例の虫が飛び出してきた。

「わあっ、閉めろ、閉めろ」

 二人がかりで慌てて閉めていると、数十匹がそれでも入って来て、皆の方へ飛んで行きだした。ピンチである。

「イヴ、虫がそっちに行った」

 崋山は大声で、イヴに教えた。

 そして扉を閉め終ると、慌てて二人で虫を追いかける事となった。

 イヴが、

「何だって、ぎゃあっ」

 と叫びながら、何かを虫にぶつける大きな音がした。銃で撃っているのは一緒に居た兵士達だろう。必死で急ぎ二人が行ってみると、そこに置いてあったはずの大理石のテーブルがひっくり返っていて、大半の虫はその下敷きになって居り、残りの数匹を、兵士が打ち終わった所だった。荒い息をしているイヴを見て、

「この重いテーブル、投げたのはひょっとしてイヴ?」

 崋山が聞くと、皆が声も無く頷いた。

「妊婦さんにかなり負担掛けちゃったわね」

 シオンが呟いていた。

 イヴが泣きだしたので、崋山はよしよしと、頭を撫でて慰めた。

「大丈夫?お腹痛くなってない」

「うん」

 すかさず、マーガレットも崋山の空いた方の側にくっついている。

 だが、地下が気になる所である。丈夫そうな扉だがいずれ食われるだろうし。崋山はまた一仕事する必要が出来たなと思っていると、外の兵舎から騒ぎが起こった。

「兵舎に出て来たみたいだな。ここは封鎖したはずなのに、どういう事かな」

 崋山が不思議がると、セイレスが言いにくそうに、

「多分地下通路からだと思います。封鎖になればもちろん通路も電流が通る扉で封鎖されますけれど、騒いでいると言う事は、封鎖される前に来ていたと思います」

 崋山は呆れて、

「何だか俺の知らない事が、沢山ありそうだな。セイレス。俺の知ら無さそうな事全部言ってみろよ。そうだ、セイレスに限らず、お前ら三人頭の中にある、知っている事全部言え。地下の虫は扉を食いたいだけ食わせておこう。出て来てから始末しよう」

 そう言うと、部下の一人、ズーイが、

「でも、地下室には外から入るドアも有って、そっちはあまり頑丈ではありませんけど」

 と言うので、

「何だと、だったら、外の虫はそこから出て来たんじゃあないか」

 と言ってみると、

 もう一人の部下、ビーが、

「私は井戸からと思います。井戸は以前から時々枯れるときがあって、その都度掘り直すんですけど、枯れ井戸からも地下通路に行ける道を作った事がありました。通路の行先は鍾乳洞です。それから、戦争の時色々工夫して、ここから城に外を通らず、地下通路から兵士たちが行き来できるようにしたんですよ。つまりだいぶ遠いですけど、地下通路は城にも鍾乳洞にも行ける道があります。あちこち交差しています」

 崋山はぞっとした。

「お前、今、虫が地下から城に行けると言ったんだよな」

 ビーは、

「そうだった」

 と叫んだ。

 そして、崋山は、

「さっきセイレスは、アランは戸田さんの所に行ったはず。とか言わなかったかな」

 と指摘した。セイレスは力なく、

「大変だあ」

 と言い出した。

 崋山は今日はまだまだ終わらないと思った。

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