未来家族2
龍冶
第1話 その後
イヴは崋山からあの時、地球に帰るように言われていたけれど、裁判で半年の刑期になったと聞き、崋山の両親と共にこの第7銀河の基地で帰りを待つ事にした。レインやアンは崋山の心根について、自分達とは何だか違うレベルになっている様だと感心した。そしてアンは、事あるごとに崋山を誉めちぎっていた。
今日もイヴとアンとで散歩していると、
「今日でもう二ヶ月かしら。本当にあの子のすることときたら、考えたら気が遠くなりそう。せっかく地球に帰れたものを、あの子の性分なのでしょうねえ。誰に似たのやら、考えた所で、誰も思い浮かばないのよねえ。こういう事をする人は。私の両親、兄弟、祖父母、曾祖父母に至るまで、依田の家系はいうなれば結構ドライな考え方よ。龍昂の家は言うに及ばず。鳶が鷹を生んじゃったのかしら。それとも掃きだめの鶴の様に育ったのかしら。とにかくどちらの家系にもああいう子は居ないわね。天使の生まれ変わりかしら。そう言えばカイは始めてあの子に会った時、神々しくて天使と感じたそうなのよ。そういうのも善し悪しなのよね。神様が好んで、早死にしてしまうそうよ。側に置きたくて」
「お母さま、縁起の悪いこと言うのはもう大概で止めていただけませんか。お父様だってこの間怒ってらしたでしょう」
「そうだったわね。でもあの子のことを思ったら、どうしてもそう言う結論になってしまうのよ。あんまり出来が良いのもねえ。あなたもそう思わなくって?」
「思っていますよ。ばかばかしいくらいに」
イヴが腹立たしく同意していると、珍しくソーヤさんがこちらにやって来ている。崋山が監獄星に行ってしまってからは、彼も意気消沈してイヴを避けているように思えていた。ぼんやりしているのも嫌なので、ソーヤさんにまた連合軍に入りたいと申し出ると、
「トラブルメーカーはお断りだ」
等と言われてしまった。それなのに、今日はどうやらわざわざイヴ達に用でもあるらしい。それに、なんだか陰鬱な表情である。あまりいい話ではないだろう。
「あら、ソーヤさん。やけに急いでどちら迄行かれますの」
最近アンは、皮肉っぽくなっている。イヴは、あたしらに用があるんでしょうが。と思っていると、
「龍昂達がとうとうやっちまった。脱獄したんだ。崋山も一緒だ。あいつらどういうつもりなのかな」
「ええっ、お母様良かったじゃあありませんか。何だか出来が悪くなってきたようよ」
「出来が悪いとか生易しいもんじゃないぞ。脱獄は2,30年食らうんじゃあないか。龍昂について行ったにしても」
「まあ、イヴさん。あなたそんなに待てやしないでしょう。地球に帰って双市朗さんとでも再婚なさったら」
「あいつとは何でもないんですってば。お母さま。でもそれがホントなら地球に帰って、崋山のお金で酒池肉林するわ」
「何てことおっしゃるの。冗談よねえ。でもやけ酒なら私も飲みたいわ」
「お互い結論は出たようだな。じゃあなイヴ。酒もほどほどにしとけよ。胎児には良くない」
「何言いだすのよ。ソーヤさんったら。ヤブ産婦人科医みたい」
「まだ、気が付いてないのか。此間会った時からまた一段とおっぱいがデカくなったじゃあないか」
「いつも、何処見てるのさ。あんたも殴られたいのかっ」
「おお,怖。じゃあな、イヴ。とっとと帰らないと俺が取り上げなきゃならなくなるぞ」
「なに、ソーヤさんって本当に産婦人科医なの。あたし妊娠しているの。証拠はある?」
「自分で検査してみろよ」
イヴは崋山達の脱獄も驚いたが、ソーヤさんに妊娠を指摘されたのに驚いて、アンと一緒に慌てて医局に急いだ。
おまけにアンは、
「私も何だか、イヴさんはだんだん太って来ているように思えたんだけれど、殴られたくないし、黙っていたのよねえ」
と言い出すし、ますます現実味を帯びてきてイヴは途中で立ち止まり、
「畜生、崋山。帰ってきたら只では済まないからなっ」
と叫ぶが、アンに、
「まあ、イヴさん。そんなに大声出した所で聞こえやしませんよ。テレパシーでも無理」
と呆れられてしまった。
医局で検査キットをなめると、ソーヤさんは正しかった。
「まあ、おめでとう、イヴさん。一人で地球に帰って大丈夫かしら。あたし達も付いて行こうかしら。レインに連絡しましょう。のこのこ帰ってから言う事じゃあないわね。あ、そう言えば脱獄の話が先かしら」
アンは慌ててレインに連絡している。イヴは崋山が居ないのに、どうやって育てようかなと、急に心細くなってきた。崋山の親たちは、イマイチ頼る相手には思えなかった。それに最近レインは、龍昂ほどではないが、敵の情報にいくらか通じているので、この第7銀河基地では現在、コンサルタント的な事をやっている様だ。それなのに、一緒に地球に行くとは思えない。そんな事をぼんやり考えていると、レインに連絡していたアンの様子が急に変わった。
「なんですって、そんな馬鹿な。崋山は、崋山は」
アンの言っている事にギョッとしたイヴは、話し中だが、アンに詰め寄った。
「崋山がどうしたって、何かあったの。ちょっとそれ貸してよ」
アンのシステムノートを取り上げると、レインに聞く、
「崋山がどうかしたのっ」
「イヴか。いや、崋山は戦闘機に乗っていて無事だ。第16銀河の船に救助された。アンにも言っておいてくれ。龍昂達が脱獄して乗っていた宇宙船と、敵方の本部らしい、キャプテンズーの宇宙船とで戦って、相打ちで両方とも爆発したそうだ。さっき、第20銀河から連絡が入った。どうやら、あの銀河系の人たちのテレパシーだか、遠隔透視能力だかは物凄いようだね。その後で、連合軍からの情報がこの第7銀河基地に来たんだよ。崋山は無事らしいが、第16銀河の宇宙船に救助されたので、こっちにいつ帰れるかは判らないね。だが心配はいらない。監獄星で第16銀河の要人の息子と仲良くなっていて、歓待されているらしい。あいつは何処でもやって行ける様だねえ」
「そうなんですか。お爺様、残念でしたね」
「ふん、まあ自業自得だろう。だが、相打ちなら本望だったろうさ。それから第20銀河のクーククさんだったかな。君に、崋山が子分を自由の身にしてくれて、感謝していると伝えてくれと言う事だった。結局船の爆発で子分も皆死んだんだが、監獄に入ったままで死ぬのと、脱獄ではあるが、自由の身で死ぬのとは違うらしいな。死ぬ直前に特別なコンタクトが出来るらしい、それで情報をこっちにも知らせて来た。それからキャプテンズーが死んだから敵方は総崩れらしいぞ。崋山は今回の活躍で無罪放免だ。親父も功績で罪状は相殺になり、名誉回復と言ったところだそうだ。本部からそう言われたが、大体名誉なんぞががあったかどうか」
「でも前から色んな銀河の人を助けていたんでしょう。そして自分の船に乗せていた」
「その話か。その訳は使い道があったからなんだが、君が、それが褒められると言うなら、そうなんだろうよ。それじゃあ、また帰ってから話そう、何やらこっちも慌ただしくなった」
レインと話し終わってイヴは、崋山は戦闘機に乗っていて無事だった、とアンに伝えた。
「そうでしょうね。あなたの様子で分かっていたわ。あなたの腕力には誰もかなわないでしょうね。私もまだ話したかったんだけど、とても敵わなかったわ」
「すみません、お怪我は有りませんか」
「あら、怪我になるほどじゃあなかったわよ。少し大げさだったかしら。あなたもまだ、私が分からなくなるほどでもなかったでしょ」
イヴはアンにそう言われて、自分が今、カッとなっていたのが分かった。思わぬ力が出るらしいが、赤ちゃんなど、扱えるだろうか、不安になる。崋山が早く戻ってこないとまずい。もう、ひとりで地球に帰るわけにはいかない。
「お母さま、早く崋山に帰って来てもらわないと、私このままではまずいと思うんです。でも、あたしが妊娠しただなんて個人的な事、公共電波に乗せるのもどうかと思って」
「そうねえ、崋山だって早く戻りたいと思っているわよ。しばらく様子を見ましょう。崋山もきっと何か手立てを調べると思うわ」
そんな事とはつゆ知らず、何故かムニン22さんと居ると、能天気さの出る崋山は、彼の故郷について行っていた。この惑星では、ムニン22家は長年の間には指導者がよく出ている家系で、彼は言わば良家の跡取り息子だった。その跡取り息子と懇意な関係にある崋山はかなり歓待され、地球環境の部屋まで急遽準備されていた。そうなると、直ぐに帰るとは言えなくなる崋山である。まるで浦島太郎のような状態だ。
それにしても、彼の故郷の惑星は、地球と比べても随分文化的で、精神的な完成度があるように思えた。同じ第16銀河でも、惑星間では精神レベルが違っている。科学技術的なレベルは同じだそうだが、精神レベルの違う原因は何なのだろう。それで、聞いてみる。
「ねえ、ムニン22さん。この星の人たちは、随分感じのいい人ばかりだね。でもあの船長を筆頭に性格悪い人もいるよね。どうしてかな」
「その訳って言うと、歴史的にみると、大体同じ家系のグループが、人口が増えて来るにつれて、近くの惑星に移住して行ったんだが、そこでまた人口が増えていく内に、性質とかの特徴が強くなっていったようだね。それに、教育の仕方にもよるようだ。そこの支配者の思惑で、人の思考をコントロールする教育をする。それが繰り返されると、思考能力の発達が無くなり、コントロールしやすい頭脳になる。言わば命令に従う人間兵器になるんだ。それに比べてこの星では、ひとりひとり、自由に考えさせるし、興味のある事をさせて、教育は個人個人の能力に応じている。その繰り返しで、総合的に精神が発達したんだ。根本的には支配者の思惑が原因だな」
「支配者の思惑の教育なのか、もとの原因は。それでここまで差が出るとは、教育って考えたら恐ろしくもなるね」
「うん、俺もこの星に生まれて運が良かったよ、子供の頃はこんなご時世でも、好きな事が勉強できたからな」
「じゃあ、約束通り今までの研究結果を見せてね」
「俺も機会が会ったら誰かに披露したかったんだ」
そんな訳で崋山は、ムニン22さんの研究を見せてもらっていた。
ムニン22さんの惑星に来て崋山が気付いたことは、彼の名であるムニン22は苗字と言う事だ。早くに察している人もいるだろうが、それでは生まれた時に親がつけてくれる名は有るのかと言うと、有るには有るが他の銀河の人によっては聞こえ無い波長なので、言っても無駄だと言う事なのだ。それで出来るだけ同じ苗字の人どうしは、他の銀河の宇宙船には乗せないようにしている。詰まるところ、彼の惑星の仲間同士が同じ船には乗れない、と言う事だ。
崋山は、
「それじゃあ、ムニン22さん、性格悪い人に囲まれて苦労したんだね」
「ここの生まれの奴は皆そうさ。だから別に不自由とは思っていなかったんだけど、あの船長には参ったよ。お前が監獄星にやって来て、俺はこれで助かったと思ったね。親父やお袋も、お前にはかなり感謝している様だ。第7銀河行の船が出る時にはお別れだけれど、それまでに何か欲しいものがあったら、言って欲しいらしい。かなり張り込むようなものでも、遠慮なく言ってくれってさ。違う銀河だから価値観が分からなくて、本人に決めてもらうのが一番良いと言う事になった」
「そう言われても、こっちも良く分からないんだけど、その張り込み具合が」
「これは俺の意見だが、こういう時はキャッシュが一番良いと思うな。こっちがいくらこの品は価値があるとか言っても、お前の星ではどうかな。その点、全宇宙共通のキャッシュは価値が共通だから、あと腐れなくて良い。親父らは味気ないと思っているけどね」
「キャッシュねえ」
崋山は彼の両親の気持ちは分からなくはないが、少し居こごちが悪くなってきた。そんな話をしながら、彼の収集物を眺めていると、どうやら、彼は各銀河の文化の内、言語の発達や文字の発達、文学的想像に興味があるようだった。どの惑星にも文字で記録されている歴史書らしきものがあるようで、かなり集めている。こういうのを収集するには、かなりの時間と費用が掛かるのではないかと思った。崋山は、彼の年齢と言うか、彼らの寿命を知らない事に気付いた。地球のコーナーがあった。かなり古い書物もある。
「すごい。こんなに沢山の資料、どうやって集めたの」
「ふふん、実はアンドロイドを各銀河に送って買い付けさせるんだ。ほら、俺らの仲間だった銀河に、メカの製作が発達しているとこがあっただろう。そこから買ったアンドロイドに命令したんだ。買い物をさせるくらいなら素人でも操作できる」
「と言う事は、ムニン22さんはああいうアンドロイドを、地球に行かせていたって事か。個人で」
「そうだよ。そして、組織的にも行っている。ほら、例のズーム社の社員としてね」
「やはり、ズーム社っていうのは、敵方のスパイの会社だったんだな」
「そうだね。会社の創立時点からあの敵方惑星のアンドロイドは人間に交じって、スタッフとかになっていただろうな」
「あの会社、創立はかなり前と思うな」
「そう言う事だな」
「アンドロイドって年は取らないよね。老けて行かないのによくバレなかったもんだな」
「少しずつ老けた感じのと入れ替えていた筈だ」
崋山は、思わぬところで、ズーム社の真実を知ってしまっていた。
地球では双市朗達が、もうすでにズーム社を破壊してしまっているのだろうか。崋山は地球に行って確かめたくなった。
「第7銀河行の船っていつ出るんだろうな」
「当局に聞いてみようか。もう帰りたくなったんだろう」
察しの良いムニン22さんは直ぐに彼の父親に聞いて、数日後の予定らしいのが分かった。
その話を教えてくれた後父親の方のムニン22さんに、何か欲しいものは無いか聞かれた。
崋山は教えてもらった通り、共通のキャッシュを少し頂きたいと答えた。すると多分微笑んだようで、
「利口な人だね」
と言われた。
その後、帰りの宇宙船は、数日後では無く、出発は明日だと分かり、言い出さなければ帰りそびれる所だった。そして、その宇宙船は皆の居る第7銀河の連合軍支部ではなく、連合軍の本部行で、その後地球行の宇宙船が来るときにそれに乗って、地球に帰る手筈である。
崋山はムニン22さん達一家に別れを告げ、第7銀河へと向かう事となった。
キャッシュは宇宙銀行に崋山の口座を作ってくれたそうで、顔認証で引き出せると言われた。
怪我でもして顔が変わったら、どうなるのか聞くと、ムニン22さんはこっそり、本当のところは生体反応だと教えてくれた。アンドロイドに化けられたら困るだろうと教えてくれた。どこかで、カメラでも回って、監視されているとでもいうのだろうか。
思えば不思議な銀河の事情と言えるだろう。
色々あったが、やっと崋山は皆に会う事が出来そうだと思うのだった。
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