無常あるいは無情にも時は流れる

 彼女にとって、死活問題であっても。

 そう、恋人である『彼』にとっては、非常に、そして非情な問題であった。

 何気ない、屈託と退屈の隙間に位置した午後十時すぎ。風呂上りな彼に、その夜に限ってコール音。わざわざ TEL するなんて、ヒジョー事態と勘ぐるのも当然。

 他愛ないヤリトリは、ヤキトリよりも一般的で。さっきまでの逢瀬の余韻以前の、違う屋根の下でランデブー。

 彼女は言った。


 あたしのような死体

     と

 死体のようなあたし

 どっちが良いか?


 女性の『突拍子無き返答に困る質問』は、昨今、ある程度のテンプレ対応が出揃っているが。彼、穏やかではない。

 正解無き設問に対して、誠心誠意真心こめて、正解を導く必要なぞ、不要なのだ。ただ、ひたすらに無駄で不毛な時間に、その人生を費やす姿勢を見せれば良いのである。

 乳房その他に対する対価的なもの、と割り切る者も散見される。

 畢竟、恋愛は暇つぶし、なのだ。

 彼は『なにをばかなこといってんだ、はやくねろ、それともおれのそいねがひつようか』みたいなゼンザイ色のトーク。

 だが、今宵の彼女は、ちと怪しい。

 執拗なほど、同じ言葉を繰り返す。

 良い、悪いの話でもあるまいし。

 しかしながら、彼もまた一筋縄ではいかぬ。

 彼は、答えた。

 誠心誠意、真心こめて、真剣に、真面目に、可能な限りの熟考の果てに。

『……と……と、が良い』


 あたしのような死体

     と ←これ

 死体のようなあたし


 いわば & の部分を是としたのである。

 この返に、彼女はケラケラ笑った。

 ハロウィン仮装じゃあるまいし。

 死体に用はない。


 彼は一言、付け加える。

「遺体だったら話は別だ」

 今度は、彼女が悩む番である。

 そして、通話中であっても、呻くように呟いた。


 あなたの、そーゆーところが、わかんないよね。

 

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