第15話 泥沼

 彼女はどう思っていたのだろう。

 俺はティアラの気持ちを確かめようとすらしなかった。自分の思いをぶつけることも。

 だからか、俺が悪いんだ。あんな試運転、やめておけば良かったのだ。

 一言言ったら、俺が代わりになれたのに。

 死んだ。

 代わりに死んでやれたら良かったのに。

 希死念慮きしねんりょ

 俺はここにいる意味があるのか? あの華やいだ笑顔はもう見られない。

 彼女とつながりを持つことはできない。

 俺は。俺は、なんのために生きている。

 AnDと平和のことを考えていればいい。

 父の残した言葉が残響し、俺を苦しめる。

 死を間近に経験し、俺は言葉を失う。こんな喪失感の中、何をやってもうまく行くわけがない。

「な……とう、ん?」

 俺が死ねば、ティアラの待つ天国にいけるのだろうか。

 それとも俺は地獄行きか。彼女を守れなかった俺は。

「内藤くん!」

「は、はい!」

 耳元で発せられた言葉に思わず立ち上がる。

 座学の勉強中だった。

 先生が悲しそうに呟く。

「憂いでいても何も代わらない。が、今は休むときだ。誰か保健室へつれていってやってくれ」

 先生が嘆息まじりのため息を吐き、クラス全体に呼びかける。

 立ち上がった音がする。そちらを向くと火月が立っていた。が、その手前にいた神住が立ち上がる。

「私が連れていきます」

 神住が憂いを帯びた目で近寄ってくる。

 俺の肩を叩き、手を引かれて出ていく。

 火月が小さくうめいたが、俺の耳には届かなかった。


 保健室に入る。

 消毒液の匂いが漂う空間。

「午後も休みなよ」

 神住はどこか冷たく言い放つように呟く。

「なんで俺を助けた」

「なにが?」

「保健室まで連れてきたクセに、冷たいんだな」

 俺は甘えたいのかもしれない。

「私だってショックなのよ! 妹のように思っていたティアラがなくなったんだから!」

 葬式は親族だけで執り行われた。死因は圧迫死。胸部を潰されたことによる事故死と断定された。

 学校からは和解のための謝罪費が支払われた。

 この事件により、Xシステムは封印された。

 もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。全十個あるうちの三個がテロリストの手に落ちた。でも、テロリストも使えなければ意味がない。

 あれは危険すぎる。

 俺は震える手を押さえ込むと、保健室のベッドに横たわった。

「まったく、内藤君は抱え込みすぎるよ」

 青ざめた俺の顔がガラスに反射する。

 そうか。まるで幽霊みたいな顔をしているな、俺。

 それでか。先生が保健室に誘導したのは。

 得心いくと、俺はゆっくりとベッドに身体を預ける。

「私もサボっちゃおうかな」

 隣のベッドに横たわる神住。

「授業をサボるなよ」

「私もショックなのよ。何度も言わせないで」

 確かに以前に比べ血色が悪い気がする。神住もか。

 でも、だって。

 俺、こんなに弱かったんだな。

 ティアラがいなくなっただけで、こんなにもショックを受けるなんて。

 出会ったのはAnDのシミュレーションだったか。

 最初はうっとうしい奴と思っていたが、だんだん彼女の本心に触れていくたびに心がほだされていった。

 不思議なオーラを持った明るい少女だった。

 口調も柔らかく、ニコッと笑う笑顔が素敵な少女だった。

 陰キャな俺なんかとは釣り合いがとれない。そんな気持ちになるくらいには劣等感を覚えた。

 でもそんな俺でも優しく包み込んでくれる。そんな包容力のある少女だった。

 そんな彼女がもういない。どこを探してもいない。

 俺が世界から突き放されたような気分になるくらいには大きな存在だった。

 彼女なしの世界を想像できなかったのだ。

 ティアラという少女はそんな存在だったのだ。

 俺はどうすればいい?

 これからどう生きていけばいい?

 泥沼に浸かったように、俺はじわじわと落ちていく。

 そんな気がする。

 俺はもう立ち上がれないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る