第3話・・・お見合いなんてしたくない

 ピピピピピピ……………!

 ガシャン。


 目覚ましがうるさく響いた朝。

 疲れた頭を抱えながらゆっくり体を起こし、携帯電話を手にとって寝ている間にメール着信がないかをチェックした。ついでに日付と時間も確認する。

 11月3日土曜日。 普段なら土曜日は仕事があるけど、今日は文化の日。友達とは滅多に会えない生活が続く中、久々にとれた一緒の休み。出来ればずっと寝ていたい気もするけど、次の日も休みなので頑張って出かけることにした。



「千沙子ー久しぶり! ……また痩せたんじゃない?」

 改めて自己紹介をすると、私は堀井千沙子。29歳。

 会社は特に大手ではなくごく平凡な一般企業の、事務職をしています。


「痩せたかなぁ。残業続きで大変だよ」

 友人とは街のカフェで待ち合わせて、しばらくお互いの近況報告をした。

 私は、まぁ、仕事が大変すぎてそれ以外に何もないけどね……!!

 食事もかなり偏って、身体が心配だけどね……!!


 だからお昼ご飯に選んだのは自然食品のバイキング。オープン前から行列でなかなか入れなかったけど、友達と話してる時間は特に苦にならない。

 なるべく野菜をたくさんとって、デザートまでしっかり食べて、お腹は大満足。


「ねぇ、それより、朝から気になってたんだけど」

 友人は食事する手を止めて、私のほうを見た。


「なんか良いことあったの? それかエステでも行った?」

「え? エステなんか行ってないよ? そんな時間ないし!」

 行けるものなら行ってみたい。

 この仕事でボロボロになった身体、綺麗になおしたい。

「良いことなんか、何もないよ。本当に人の仕事ばっかりで自分の仕事できないし、いつも終電だし、こないだなんか、寝過して終点まで行っちゃったんだよ?」

「うわ、それは……、って、終電で終点まで行っちゃって……どうしたの?」

「え? 駅で一晩過ごしたけど」



 ──ショウジさんと寄り添って、ずっとベンチに座っていた。

 座っていただけじゃない。

 あの夜のことを思い出すと、今でも恥ずかしい。どうしてあそこまで軽くなったのか、自分でもわからない。


「ついにやっちゃったか。嫁入り前の娘が野宿?」

「別に、野宿ってわけじゃ……他にも、乗り過ごした人がいて……一緒に始発まで待ったよ」


 激しく求めあったあとは触れるだけのを繰り返し、私はやがて、ショウジさんの腕の中で眠っていた。

 始発前に気がついて崩れた化粧を軽く直し、始発に乗って家に帰った。

 日曜の朝、田舎の駅から始発電車に乗る人は、私とショウジさんだけだった。私が先に電車を降りて、ホームから見えなくなるまで、彼を見送った。



 その一部始終を聞いて、友人は「それでか」と言った。

「その人と、どうなったの? 上手くいってんの?」

「……何もないよ」



 あれ以来、ショウジさんとは会っていない。

 私はずっと、相変わらず終電の日々が続いたけど、ショウジさんはどこにもいなかった。

 いつもと同じ車両なのに、彼は電車で見てたと言ってたのに。


 本当にいないのか気になって、全部の車両を見て回った日もあった。

 でも、ショウジさんとは会えないまま、半月が過ぎた。



「あのとき、連絡先、聞いてれば良かったな」

「そうだねー。惜しいことしたねー。そういえば千沙子、もうタイムリミット近いんじゃない? 30までに彼氏が出来なかったら、実家に帰ってお見合いするってやつ」

「それは、言わないで……」


 私はもうすぐ30歳になる。

『それまでに彼氏を作って結婚まで話を進める!!』

 というのを条件にして、ひとり暮らしを始めて10年。

 彼氏がいた時期はもちろんあったけど、結婚まで考えた人はほとんどいなかった。

 若い頃は、相手がその気ゼロだったり、お金がなかったり。

 最近は、仕事が忙しくてそういう状況じゃなかったり、相手に逃げられたり。


 30歳までに相手が見つからなかったら、私は実家に戻され、親が決めた人とお見合い結婚することになっている。

 どこの誰かは知らないけど、お見合いなんてしたくない。

 ずっと一緒に過ごす相手は、絶対に自分で選びたい。



「でももし、その人がかっこ良かったら、良いんじゃない? 家の人が決めるんなら、娘に嫌な想いはさせたくないだろうし、少なくとも、超ブサイクとか貧乏はないと思うよ」


 それを信じたい。

「あと、性格も、良い人じゃないと……背も、高い方がいいな」

「千沙子って、高望みしすぎるからなかなか見つからないんだよ」


 それは、分かってますから……。

 自分のことくらい、何回も、元彼から別れ際に指摘されてますから……。



 お昼御飯を食べたあとはちょっとだけ買い物をして、早い時間に帰宅。

 仕事の帰りはコンビニに寄るけど、今日はスーパーに寄りました。

 時間がある時じゃないと料理はできないから、連休初日は出来るだけ自炊する。

 ご飯も炊いて、おかずは出来るだけ和食にして、カロリーも低くして、栄養バランスも考えて。

 そんな日はもちろん、お風呂だって入れる。

 滅多にゆっくり入れないから、こんな時だけの私の贅沢。

 皮がふやけたり、上せたりしなかったら、何時間でも入っていたい……。


 お風呂の鏡の前に立って、自分の身体をチェックしてみた。

「……このへん、出てきたかも……そろそろ限界かなぁ」

 こんな身体じゃ、誰も貰ってくれないかもしれない──。


 ショウジさんは、本当に私のことが好きだったんですか?

 私はただ、その場の空気に流されただけですか?


 考えれば考えるほどわからなくなって、自分の気持ちもわからなくなった。

 ショウジさんは本当にかっこ良かったし、キスしたことも後悔していない。

 それに、あの場所で──暗いところで2人きりであの距離で、迫られなかったら、私、女として失格な気がします……。

 でも、ただそれだけで。たまたまいたから。好みだったから。したかったから。

 それ以外の理由が思いつかなくて、ショウジさんが好きだとは、言いきれなかった。



 それからも彼と会うことはなく、時々しか思い出さなくなった。


 やっぱり彼は、なんとなく、だったんだ。

 私も、流されただけなんだ。


 私から離れ、ホームの端でタバコを吸っていた彼。

 でも私の近くでは遠慮してくれて、何もすることがなくて、遊んだだけなんだ──。




 彼のことは、忘れよう。

 そう気持ちを切り替えて、迎えた11月下旬。


 日曜のお昼に電話を掛けてきたのは、実家のお母さん。

「やっぱり、相手は見つからなかったんでしょ? お正月にお見合いするように向こうの人と話つけてあるから。ちゃんと帰ってきなさいよ」


 私にはそんな道しかないのかな。

 自分のことは出来なくて、人からいろいろ押し付けられるだけ。

 でも、その人がお金持ちなら、今の仕事、辞められるかも?


「うん。大みそかには帰るよ」


 ショウジさん──さようなら。

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