海のあなた
かおりさん
第1話
『海のあなた』
外国へ行った時、海辺の街に宿泊していた。
歩いてビーチまで行き、広大な海と太陽の日差しと外国の人達の開放的な姿に、まるで映画の中のワンシーンみたいだなと、海外旅行を満喫していた。
日本の海水浴場のような、この先は禁止とロープやブイも何もなく、私は泳ぎはあまり自信がないので、日本から持ってきた浮き輪をして海に入った。
海面が日の光を受けてキラキラ輝いて、穏やかな波に身を任せ浮き輪と浮いていた。泳ぎに自信のある人達は、海のその先の海面に頭を出して浮いていて、さらに沖を目指して泳いでいく。
私は、この海の海中はどう見えるのだろう?と思い浮き輪からするりと出て、浮き輪に付けてあるロープを手首に巻いて海に潜った。
ほんのり薄明かりの海中は、日本の綺麗な海のように透き通って見えた。もう少し、もう少しと潜っていくと、海の碧が濃くなり手首に巻いていた浮き輪のロープがほどけてしまった。
海面にあがらなきゃ、と上を向くとすぐ隣に男性が潜って泳いでいた。私は浮上して海面に顔を出して浮き輪を探すと、沖の方へと流されていた。
男性も海面に上がってきて、浮き輪を見ながら、何か喋ったがよく聞き取れず、私の方を向いて笑顔で「大丈夫?」と聞いた。
私は浮き輪が無くて少し困って「多分、大丈夫」と言うと、「一緒にビーチまで戻ろう」と言ってくれて、私の左手を握りながら引っ張って泳ぎ出した。私は右手で平泳ぎをしながら(結構遠くまで来てしまっていたんだ)と、脚に力を込めてバタバタ泳いだ。
足が着くところまで戻っても、その男性は手を繋いだままビーチの砂浜まで連れて行ってくれた。外国の男性は、優しくエスコートしてくれるんだな、と思いながら隣を歩いた。
砂の上をしばらく歩いて男性は立ち止まり、私の方を振り向いて笑った。背は高く顔の彫りが深くて、まるで美術館にあるローマの彫刻のようだな、と思った。
「あなたの親切をありがとう、あなたの名前は?」と聞くと、「ポセイドン」と言って笑い「あなたはここにいなさい」と言って海に戻って行った。
あぁ本当に海の神様ポセイドンみだいた、と波打ち際を海へ歩いていく男性の後ろ姿を見送りながら、これは、私の海の物語だと思った。
流されて行った浮き輪を、沖まで泳いでいた人達が持ってきてくれた。だけど私は海へは再び入らずに、遠くへ波の合間に泳ぎ去っていく男性を見つめていた。
ポセイドンの言う通り、私はここにいます。
砂浜に座り波音の中に、ポセイドンの言葉を一つひとつ思い出す。打ち寄せる波が白くレース編みのように、波打ち際へと広がっていく。もしかしたら、ポセイドンは海の中へ潜って行く私を見ていて、心配して海の中の私へ来てくれたのかな?
もう少し丁寧にお礼を言えば良かったな。
帰り際に海を振り返り、もう一度海にお礼を言った。
「ポセイドン、ありがとう」
滞在中、ポセイドンに再び会うことはなかった。ポセイドンを思い出すと、今でも胸に暖かい想いがほんわり包まれる。出逢いが海の中だった人は、ポセイドンの他にはいない。私の特別な海のあなた。
私はあなたの海を思い出しています。
いつかまた海のあなたに会いにいきます。
海のあなた かおりさん @kaorisan
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